4-2 執着愛を止めて
それからウィルフレッドは絶対に口を割らず、二人でアベルの部屋をあとにする。
その瞬間から、それまでの雰囲気を消し、互いに無表情を作った。
「では、くれぐれも」
「わかったわよ。さよなら!」
(家でも仮面をかぶっていなきゃいけないなんて、息が詰まって嫌だなぁ……)
エリサは部屋に戻り、ベッドに身を投げだした。
「あーーーーーー! 疲れる!」
(実家にいるより疲れる。無反応で無関心な態度が心地よかったくらいだわ)
実家、アルヴィナ家でのことを思い返す。アベルとの婚約が決まったとき、エリサは外で薬草採取をしていた。
外では馴染みの冒険者がおり、一緒にポーションを作ることがしばしばあったが、そのときも同じように過ごしていた。
やがて、作ったポーションを知り合いの名義で売って、そのお金で少しの贅沢をするのがささやかな幸せになり……転生前と日常はあまり変わらない。
「私は根っからの庶民派よねぇ。じっとお人形さんに徹するよりも自立して動くほうが性に合ってる」
そうして次第に「気楽に一人で過ごせたらいいな」とか「私も実家を出て冒険者になろうかな」など考えていたが、突然実家の使用人が探しにきて、あれよあれよという間にマシな服に着替えさせられ、両親と対峙させられたのだった。
思い出すと気が重くなるが、脳は容赦なく記憶を掘り出してくる。
『お前に縁談がきている』
父はそう言いつつもエリサの顔を見なかった。母も同様で無関心そうな顔をしていた。そしてエリサは自分に縁談が来ようなどと思ってもみなかった。
『まぁ、お父様、私のことを覚えてくださったんですね』
茶化すつもりはなかったが、本心から出た言葉だった。
『黙れ。とにかく縁談だ』
あっけなく封じられ、エリサは彼らの表情を読み取る。
いろいろとあれこれ言葉を並べていたが、そのどうにも不服そうな様子から、彼らは本気でエリサを良家に嫁がせる気はなく、もともと政略結婚の道具としても使う気がなかったのだと分かった。
どこぞの老貴族の後妻でも考えていたのだろうか、それとも家出していなくなるのを待っていたのだろうか。どちらにしても、エリサがいなくなって心配する家族ではない。
『とにかく、お相手がお前をたいそう気に入っている。我が家への支援も手厚く、お前の兄上や妹の将来も約束していただいた。そういうことだ』
『物好きな方がいらっしゃるんですね』
最後まであっけらかんとしていたエリサだった。思いのほか薄い回想だったので、エリサは寝返りを打って天井を仰いだ。
「うーん。私も愛とか恋とか、そういうのはもう関心がないからなぁ……アベル様の不器用を責められないわね」
(でもあれを不器用と言ってもいいものか)
悩みは尽きなかった。それからしばらくうだうだ考えながらうたた寝していると、やけに部屋の外が騒がしくなった。
気づけば夜も更けて、皆が寝静まる頃だが。
不審に思い、部屋の扉をそっと開けるとメイドたちが右往左往していた。
「何かあったの?」
「あぁ、奥様! あの、旦那様が……」
「シッ! だめよ、奥様には伝えるなってきつく言われてるでしょ」
「でも」
メイドたちは何やら揉める。エリサはアベルが帰ってきたことを悟り、部屋を出た。
「アベル様がお帰りなら、私も挨拶くらいはしないと」
「あ、奥様! お待ちください!」
メイドたちの制止も聞かず、エリサは慌ただしい声が聞こえる方向へ向かった。
どうもホールから居間にかけて人々が行き来しており、叩き起こされたあとのような寝間着姿ばかりだった。
大きな洗面器と湯が入ったバケツを持つメイドたちの中に、イヴリンの姿があったので「どうしたの」と声をかける。
「あ、奥様!」
イヴリンは「しまった」という顔をしており、他のメイド含めて居間の出入り口を塞いだ。
「な、なんでもございませんよ!」
「ダメよ。何かあったんでしょ。アベル様に何か……」
メイドたちをくぐり抜け、居間の中へ飛び込む。すると、暖炉のそばに椅子を置き、執事服のままのウィルフレッドが血相を変えて立っていた。椅子に座るのはアベルだろう。すぐさま駆け込むと、ウィルフレッドが気まずそうな顔をして前に立ちはだかった。
「エリサ様、いけません」
「何言ってるのよ! アベル様、お怪我なさったんでしょう? 見てれば分かるわよ」
そう言ってアベルの前に立つ。彼はぐったりと椅子の背にもたれており、腕や足、顔に包帯を巻き付けていた。それでも血が滲んでおり、大怪我だと分かる。
「こんな状態で自力でお帰りに……だから、早急に手当が必要で」
近くにいたメイドがあえぐように言う。ウィルフレッドも顔をしかめ、手短に説明した。
「このような姿をエリサ様に見せたくないと、そう仰せでして」
目をつむっていたアベルはまぶたをゆっくりこじ開け、ウィルフレッドをギロリと睨んだ。
「こんなもの、魔法でなんとかなる。少し休めば、問題ない……」
しかし、声には力がない。立ちすくむエリサの後ろから、メイドたちがなだれ込み、湯と大量のタオルを用意しはじめた。
アベルはすぐに目を閉じるが、なんとかまだ意識がある。
意識があるうちは魔法で出血を止められるのだろうが、そんなことをしていては彼の命が危うい。
魔力は生命力の一部だと聞いたことがある程度のエリサは、すぐに回れ右し、居間を飛び出した。
屋敷を飛び出し、迷路のガーデンへ走る。しかし、夢中で飛び出したせいで真っ暗な庭で怪我に効く薬草を見つけるのは困難だった。
「あぁもう、なんで明かりを持ってこなかったの!」
自分自身に腹を立てる。すると、スッと上からランプの明かりが灯った。
「ホルスト、あなた……」
「奥様には何かお考えがあるのでしょう」
優しい目つきの老爺に、エリサは大きく頷いた。ホルストを伴い、扁平の薬草をいくつか見繕うと「ありがとう!」と素早く礼を言って、屋敷に戻る。再び居間へ飛び込んだ。
「旦那様! もう少しの辛抱です!」
そう声掛けをするメイドたち。ウィルフレッドが回復魔法を使うが、それでも間に合わない。
「みんな、どいて。私がなんとかするわ」
薬草を抱えたエリサに、皆が動きを止める。エリサはメイドたちに指示を出した。
「消毒した薬瓶を持ってきて。なければグラスでもいいわ。とにかく、しっかりお湯で消毒してちょうだい。あと、清潔なタオルをもっと持ってきて。早く!」
「はい!」
メイドたちは声を揃えて、慌てて居間を出ていく。
「ウィルフレッド、あなたはそのまま回復魔法を続けて」
「承知しました」
エリサは薬草を持ったままアベルの怪我をくまなく調べた。
「獣の爪痕が多いわね。野生の獣だと傷口に菌が繁殖してどんんどん化膿していって、死に至る場合もあるわ。熱もある。これが全身だと治療が間に合わないわね」
「魔獣だと、魔力もあります。これのせいで怪我の治りが遅くなるんです」
ウィルフレッドの補足に、エリサは「なるほど」と冷静につぶやいた。
「奥様! お持ちしました!」
「ありがとう」
メイドから熱湯消毒したグラスを受け取る。エリサは湯で手と薬草を洗うと、グラスに薬草を千切って入れ、手のひらで蓋をした。
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