1-1 無能令嬢と呪い公爵
※本作はアルファポリスに掲載している作品を加筆修正しています。
※カクヨムにも投稿しています。
【登場人物】
エリサ・アルヴィナ・アンベール…アンベール公爵夫人。ポーション作りのスキルがある転生者。
アベル・アンベール…公爵。エリサの夫。『青炎の死神』として恐れられている。
ウィルフレッド・ジーベルト…アベルの執事。
イヴリン・ゲルマー…エリサの侍女。
庭に生えた柔らかい緑の葉がゆらゆらと手招きするように揺れた。光の粒が舞い、キラキラして見える。
つまんで優しく摘むと、その葉は朝露のような光を散らした。
これを一目で薬草だと見抜き、手のひらをかざして息を吹くように力をこめる。
すると、薬草はみるみるうちに柔らかく瑞々しい回復薬となって、手のひらから溢れ出した。
『これ、もしかしてポーション作りのスキルかしら』
あどけない少女、エリサ・アルヴィナは目の前で起きた現象に目を輝かせた。
(この能力があれば、きっとお父様もお母様も私を見てくれる!)
そう思ったのも束の間。立ち上がった拍子に、エリサの脳内にさまざまな記憶の濁流が渦巻いた。
ふらつく足。暗がり。路上。突然の強い光──衝突。
『……思い出した。私、あのとき、死んだんだ』
エリサ、八歳。前世の記憶を取り戻した瞬間だった。
時間は飛んで十二年後。
「というのが、あのときの記憶でございます。アベル様」
薬草と草花が咲き乱れる春のガーデンに、ぽつんと佇む大理石の東屋がある。
そこで優雅に茶を飲みながら、エリサは目の前に座る夫、アベル・アンベール公爵に語った。
「あぁ、あのころのエリサは本当に愛らしくて、健気で、可憐な一輪の花だった」
うっとりと微笑む夫の甘やかな言葉に、すかさずエリサは片眉をピクリと動かす。
「そのたとえ、やめていただけません?」
「やめない。だって事実だから」
「虚実です。いい加減、目をお覚ましになったらいかがです?」
「いいや、覚めるものか。君はそのとき俺に魔法をかけたんだ。愛に溢れた優しく美しい魔法を……」
「はいはいはい、もういいですから。そういうの、本当に、恥ずかしいから」
エリサは顔をムッとさせる。
これにアベルは拗ねたように口をへの字に曲げた。
「……たびたび、こういうやり取りをしていると、結婚した当時のことを思い出すよ。君はあれからずっとこうだ。そして俺は、そのたびに自信がなくなる」
(『青炎の死神』が何を言ってるんだろうか……)
エリサは内心、夫のこの自信のなさに辟易していた。
「どうしてアベル様は、そんなに自信がないのでしょうか。こうして私も嫌々ながら、ずっとあなたに付き合っているではありませんか」
「嫌々? 今、嫌々と言ったか!?」
妻の不用意な発言に、アベルが驚愕に目を見開く。
しかし、この応酬ももう何度目か。
こうなると、決まってアベルは落ち込み、いじけ、テーブルに突っ伏してしまう。
はっきり言って、情けない。
エリサは深い溜め息をついた。
そして、頬をムニムニつまみ、完璧な笑顔をつくると、椅子から立ち上がってアベルの横に立った。
「アベル様」
呼ぶと、アベルはチラッと顔を上げる。
そんな彼の頬を両手で持ち上げ、顔を近づけた。
「ほんの戯れじゃないですか。アベル様が調子に乗るので、すこし意地悪をしたまでです」
アベルの美しい顔。その青く揺らめく炎のような眼にうっすらと涙が溜まる。
「エリサ!」
ギュッとエリサに抱きつくアベル。
そんな彼の頭を、エリサは優しくなでなでする。
(狼を手懐けたらこんな感じなのかなー……)
心の内では、ロマンティックのかけらもない思いを浮かばせていたが。
すぐに考えを彼方へ吹っ飛ばし、思い出話の続きに切り替える。
「そう言えば、いつの間にやら、アベル様の暴走がなくなりましたね。出会った当初は、ずっと私に触れられずにいたのに」
そう言うも、アベルはエリサに甘えるのに夢中で反応しなかった。
(こうして甘えられるようになるのも随分時間がかかったもんね……ま、いっか)
本当はまだこうして甘えられることにかすかな抵抗はあるが、悪い気はしない。
出会った当時に比べれば──
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