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世界に二度殺された俺は、“悪”として全部ぶっ壊す 〜自分以外のクラス全員光の使徒になったので、魔王軍の幹部になりました〜  作者: 安威要


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第9話 新魔将、突破口をこじ開ける

――血と、光と、焦げた匂い。


 森の斜面。その中腹に突き出した岩場の上から、俺は眼下を見下ろしていた。


 細い獣道の先で、魔力の爆ぜる音が連続している。

 その先頭にいるのが、ドルガが言っていた“はぐれ小隊”――レア隊だ。


「隊長! もう持ちません!」

「いいから前へ出ろ! ここで止めなければ、本隊が飲まれる!」


 悲鳴と怒号。

 聖属性の光が木々をえぐり、黒く焦げた幹が次々と倒れていく。


 その少し手前、崖下の獣道で、灰銀の髪が揺れた。


(レア隊、確定だな)


 ドルガから聞いた編成と、グルドから渡された簡易地図。

 それと、目の前の現実を重ね合わせる。


 前線からはぐれ、殿として撤退戦を続けてきた小隊。

 指揮官は、ダークエルフの血を引いていると噂される弓兵――レア・シルバ。


 焦げ跡だらけの地面で、彼女は片膝をつきながらも弓を引き絞り、矢をつがえていた。

 その周囲には、立っているのか立たされているのか分からないほどボロボロの魔族兵が十数名。


「レア殿、もう矢が――!」

「いい、近づけさえしなければいい! 魔力で散弾に変換する!」


 矢を放つと同時に、レアの指先が暗く輝く。

 一本の矢が途中で炸裂し、黒い細片となって広がった。


 聖騎士たちの盾に当たり、火花のように散る。


 だが――押し返すには足りない。


 獣道の正面には、白銀の鎧をまとった聖騎士たち。

盾と槍で壁を作りながら、じりじりと距離を詰めてくる。


 その先頭、ひときわ装飾過多な鎧を着た男が、列の先頭で剣を掲げていた。

 輝く紋章、聖属性の光。

 あれが、この辺りを任されている聖騎士隊の隊長か。


 ……勇者本人じゃない。

 だが、その匂いには覚えがあった。


(“勇者様”の加護付き、か)


 剣にまとわりつく光の質が、あの日の教室で感じたものに似ている。


 クラスが消えたときの、あの光。

 向こうの世界で、“勇者様”がどれだけ楽しそうに俺の味方を焼いてるのか――

 ちゃんと、この目で見届けなきゃならない。


 そのためには、ここでレアたちが死ぬわけにはいかない。


 聖騎士隊長が剣を頭上に掲げる。


「悪しき魔に連なる者どもよ! 光の名のもとに、ここで――」


 その瞬間、俺は岩場から飛んだ。


     ◇


 崖の縁から、聖騎士隊長の頭上めがけて落下する。


 落下の勢いに、自分の脚力を足す。

 空中で身体をひねり、両足を揃えて――


「――おはよう、“光”さん」


 白銀の鎧の胸部――飾り立てられた胸甲めがけて、全力で叩き込んだ。


 ドガァッ、と鈍い音。

 胸甲が大きく内側にひしゃげ、隊長の身体がぐらりと折れ曲がる。


 その光景を見た瞬間、敵の前衛の動きが完全に止まった。


「な、なにっ――!?」


 鎧の装飾が割れ、金属片が地面に散らばる。

 隊長はその場で崩れ落ち、呻き声すら出せない様子だ。


```

俺はその脇を軽く跳ねて着地し、レア隊と聖騎士たちのちょうど間に立つ。

```


 崖の上から落ちてきた俺の背中だけが、レア隊の視界に入っているはずだ。


 ローブの下で、グルドにもらった軽鎧が軋む。

 腰には片手剣。

 背には、黒塗りの弓と矢筒。


 聖騎士たちの間に、ざわめきが走る。


「誰だ、貴様は!」

「魔族……? いや、耳が――」


 俺は指先で、自分の長い耳を軽く弾いた。

 褐色の肌に伸びた耳。ダークエルフの証。


「通りすがりの、“魔王軍の新入り”だよ」


 聖騎士たちの視線が刺さる。

 その中に、ほんの少しだけ混ざっている。


 ――恐怖。


 さっきドロップキックを食らわせた隊長の鎧が、べこっと凹んでいるのを見て、ようやく事態を理解し始めたらしい。


「た、隊長!?」

「おのれ……卑劣な奇襲を!」


「奇襲ってのは、奇襲される側の油断込みで完成するんだろ?」


 肩をすくめながら、背中の弓に手をかける。


「魔に襲われてんのに、余裕かまして上も見てない時点で――お前らの負けだ」


     ◇


「み、味方……?」


 背後、レア隊のほうから、かすれた声がした。


 振り返らずに、俺は答える。


「ああ。魔王軍の味方だ。ショウマだ、よろしくな」


 レアの灰銀の髪が、視界の端でわずかに揺れる。

 けれど俺は、あえて振り向かない。

 今見せるのは、“後ろ姿”だけでいい。


「ひるむな! 相手は一人だ!」


 聖騎士のひとりが声を張り上げる。

 それに呼応するように、光の紋章がいくつも浮かび上がった。


 聖属性の加護。

 筋力強化、耐性強化、連携補正――

 どれもこれも、見慣れた光だ。


(またかよ、“正義”)


 ぞわりと、胸の奥に黒いものが浮かぶ。


「前衛、突撃! 後衛は光弾を準備! 殲滅するぞ!」


 盾を構えた聖騎士たちが一斉に突進してくる。

 その頭上から、聖属性の光弾が降り注いだ。


 レア隊の魔族たちが悲鳴を上げる。


「来るぞ、頭下げろ」


 俺はそう言いながら、右手を軽く上げた。


 空気が、ぴしりと固まる。


 目には見えない壁が、俺たちと聖騎士たちの間に生まれた。


 光弾が次々とぶつかり、弾ける。

 反射した光が森の天井に散り、木の葉を焼く。


「結界……!?」

「誰が張った!?」


「俺だよ」


 手のひらにかかる圧を、指先で流す。

 理の神に“詰め込まれた”権能のひとつ――《結界操作》。


 触れた瞬間に構造が分かる。

 分かれば、作るのも壊すのも、そう難しくはない。


「こっちの番だな」


 弓に矢をつがえ、適当に一本放つ。

 矢は、一直線に飛び――


 途中で、八方向にばらけた。


 レアがさっき使った散弾。

 その構造を“見て”、真似しただけだ。


 バチバチと火花が散り、聖騎士たちの鎧に穴を開ける。

 防ぎきれなかった数人が、悲鳴を上げて膝をついた。


「な、なんだあの矢は!」

「魔術……いや、射撃……?」


「真似しただけだ」


 俺は軽く肩を回しながら、矢筒から次の矢を抜き取る。


「そっちに、いい教師がいるからな」


 背後――レア隊のほうを、顎だけでしゃくる。


「レア。散弾、もう一回見せろ」


「え、あ、は、はい!」


 条件反射で矢をつがえ、震える指先に魔力を集中させる。


 放たれた矢が空中で砕け、黒い破片となって広がる。

 その軌道と、魔力の流れを“視る”。


 ――構造理解。

 ――因果の筋を掴む。


(なるほど。こうして拡散させて、殺傷力をばら撒いてるのか)


 次の矢を放ちながら、ほんの少しだけルートを書き換える。

 散弾の一部だけを、聖騎士たちの足元に集中させた。


 白銀の足甲が、まとめて砕ける。


「うわっ!?」

「足が――!」


「おいおい、足元がお留守だぞ、“光の騎士様”」


 呆けている前衛の一人の懐に、瞬間的に踏み込む。

 剣を抜くより早く、拳で顎を打ち抜いた。


 骨が軋む感触。

 聖騎士が一人、木の幹に叩きつけられて気絶する。


「なんなんだ、あの魔族は……!」


 聖騎士たちの間に、少しずつ“怯え”が混ざり始める。


 ああ、いいね。


 勇者様から漏れた“光”だけで調子に乗ってる連中が、

 自分たちの正義が通じない相手に遭遇したときの顔は、かなり好みだ。


     ◇


 けれど――長居はできない。


 森の奥から、さらに強い魔力反応が近づいてくるのが分かった。

 この光の質は、さっきの隊長とは桁が違う。


(本隊、来るか)


 勇者本人か、その側近クラス。


 どっちにしろ、今のレア隊の消耗具合でまともにぶつかれば、全滅コースだ。


「――撤退するぞ」


 俺は短く言い、結界の向きを変えた。


 聖騎士たちの前方にあった壁を崩し、逆に俺たちの側面に展開する。

 そのまま、森の奥から来る気配をまとめて遮断した。


 視界が、ぐにゃりと歪む。

 音も、匂いも、結界の向こうとこちらで分断される。


「な、何が起きている!」

「前が……見えん!」


 聖騎士たちが混乱する声を背に、俺はレアたちのほうを振り返らずに声を投げた。


「よし、今のうちに下がるぞ」


「で、ですが――!」


 レアが反射的に食い下がる気配がする。


「ショウマ殿。このままでは、奴らは――」


「倒すのが目的じゃない」


 俺は遮るように言った。


「お前らが“生きて”本隊に合流することと、

 ドルガ隊長に顔を合わせること――それが、今回の仕事だ」


 ドルガの顔が、脳裏に浮かぶ。


『レアだけは、どうにか返してやりたいのだ』


 でかい身体を小さく見せる、あのときの表情。

 あそこで「任せろ」と言った以上、ここで勝手に全滅させるのは筋が通らない。


「お前は、部下連れて前だけ見て走れ」


「しかし、隊長として――!」


 レアの声は震えていた。

 それでも、まだ彼女はここに残ろうとする。


 責任感が強いのは悪いことじゃない。

 だけど、それを拗らせてここで死にに残ろうとするなら――


 それは、ただの愚かだ。


「却下だ」


 俺は一歩詰め、ようやくそこで初めて、レアのほうへと身体を向けた。


「お前がここに残ったら、こいつら全員、残ろうとする」


 レアの背後で、部下たちが息を呑む気配がする。


「“長”が死ぬ気なら、群れごと死ぬ。

 ……それくらいの信頼、もう築いちまってんだよ、お前は」


 レアの薄紫の瞳が、大きく揺れた。


「でも、私は――」


「ここでお前が死んだら、ドルガ隊長にも部下にも、返す顔がねぇ」


 それが、決定打だったらしい。


 レアの肩が、力なく落ちる。


「……私は、どうすればいい?」


 その問いは、ほとんど囁きだった。


「簡単だ」


 俺は、ほんの少しだけ息を吐いた。


「前だけ見て走れ。

 後ろは、全部俺に押し付けろ」


     ◇


 レアが口を開きかけた、その瞬間。


「な――!」


 彼女の身体が、ふわりと浮いた。


 腰の下に差し入れた腕と、膝の裏を支えるもう一方の腕。

 軽いとは言わないが、ダークエルフの身体で強化された筋力には十分収まる重量だ。


「ちょ、ちょっと待てショウマ殿!? な、何を――!」


 肩まで真っ赤になって暴れるが、足場はもうない。

 両腕を俺の胸元に押しつけたまま、どうにも身動きが取れなくなっている。


 隊の魔族たちが、一斉に固まった。


「た、隊長……?」

「だ、抱えられて……?」


「騒ぐな。落としたらどうする」


 俺は冷静に言い放ち、そのままレアをしっかりと抱え直した。


 腕の中で、彼女の心臓の鼓動が伝わってくる。


「“長”がここに残ったら、こいつら誰も逃げられない。

 だったら、強制的にでも前に連れていくしかないだろ」


 レアは口をパクパクさせてから、ぎゅっと唇を噛んだ。


「わ、私が……殿を……」


「“長”が殿やるのは、全部終わらせる覚悟決めたときだけだ」


 視線だけで、彼女を射抜く。


「今日は違う。

 今日は――“生きて連れて帰る日”だ」


 その言葉に、レアは何かを飲み込んだようだった。


 ほんの一瞬だけ、胸元に押しつけていた手の力が弱まる。


 レアの瞳が、じっとこちらを見上げてきた。

 心の揺れが、彼女の目の奥でちらりと光った気がする。


     ◇


 俺は周囲の兵たちを見渡す。


「動ける奴は、自分の足で走れ」


 次々と指示を飛ばす。


「重傷の奴は二人一組で担げ。

 立てない奴がいたら、片方が肩を貸せ。

 ――“隊長”は、俺が運ぶ」


 しばしの沈黙のあと、誰かが叫んだ。


「聞いたか! 新魔将殿が隊長を預かってくださる!」

「負傷者を担げ! 全員――撤退するぞ!」


 レア隊の魔族たちが、一斉に動き出す。

 結界の向こうで、聖騎士たちの怒号が遠くぼやけて聞こえた。


 空気が、じりじりと軋む。


 勇者様側の“本隊”が、結界に触れ始めた。


「時間切れだな」


 俺はレアを抱えたまま、踵を返す。


「ついてこい。

 前だけ見て走れ」


 森の奥へ向かって、足に力を込めた。


 結界越しに、誰かの声が聞こえた気がする。


 光の使徒。

 勇者。

 あの日、教室ごと消えた“三十人”のうちの誰か。


 そいつらが、どれだけ楽しそうに俺の味方を焼いてるのか。


 それは――もう少し先の楽しみに取っておこう。


「前だけ見て走れ」


 もう一度、繰り返す。


「後ろは――“勇者様”の相手を押し付けられた、魔王軍の新入りがやっとく」

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