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世界に二度殺された俺は、“悪”として全部ぶっ壊す 〜自分以外のクラス全員光の使徒になったので、魔王軍の幹部になりました〜  作者: 安威要


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第85話 名も残らず

 白は眩しさを失った。

 残ったのは、冷たさだけだ。


 聖都の導体溝は鳴っている。鳴っているのに、満ちない。

 祈りは集まる。集まるのに、整わない。

 帳面は厚くなる。厚くなるほど、現場の息が減る。


 封鎖は起動する。

 だが噛みきれない。

 狭まりは形だけ残して、最後の一歩を踏めずに歪む。


 監督室の机には札が山になり、山の向こうで補佐が目を伏せる。

 監督司祭は声を荒げない。

 荒げないまま、欄を増やす。

 増やして、揃える。

 揃えて、守る。

 守るために、さらに薄くなる。


 誰も叫ばない。

 叫べば不安が弾ける。

 不安が弾ければ、白は太くなる。

 太くなった白は、もう配れない。


 だから聖都は、静かに沈んだ。


 ――魔王城。


 勝利の空気は、祝勝の匂いを持たなかった。

 笑いはない。歓声もない。

 代わりに、重みがある。払われたものの重みだ。


 魔王マギアは寝台から起き上がり、歩けるまで戻っていた。

 立ち上がる動きは遅い。だが遅い動きが、城の空気を変える。

 寝たきりだった王が“戻った”という事実は、それだけで軍の背骨になる。


 ミラは父の前に膝をついた。

 言葉が出ない。

 出してしまえば、受け取ったものの形が言葉になってしまう。


 レアは壁際に立ち、指先を握ってほどく。

 追いたい。止めたい。

 けれど止めれば、軍規が折れる。

 折れたら、あの男が築いたものが汚れる。


 ドルガは腕を組み、咳払いひとつで空気を守る。

 グルドは口数が減り、ただ札を整える。

 エヴェリナは穏やかなまま、見送る準備を終えている顔だった。


 そしてショウマは、静かにそこに立っていた。


 線が、薄い。

 世界はまだ線を持っているのに、自分の目が追いつかない。

 遠くが読めない。細部が霞む。

 結界を触る指先に、あの滑らかさがない。

 局所化の輪郭が、少しだけ粗い。


 失われていくのは力だけじゃない。

 余白だ。

 世界を“読める”余白が、剥がれていく。


(……戻ってる)


 均衡が戻る。

 光に傾いた理が、中央へ引き戻される。

 引き戻される分だけ、代価が要る。

 その代価が、今、自分から剥がれていく。


 ショウマは思い出す。

 現世の教室。

 六月の湿気。

 誰も助けなかった空気。

 そして、刺されて終わった夜。


 自分は、もう一度生き直すためにここへ来たわけじゃない。

 生き直しは、既に終わっている。

 終わった身が、均衡のために立っているだけだ。


 魔王が視線を上げる。

 ショウマを見る。

 問いはない。

 問いがないことが、答えだった。


 魔王の目は、すべてを察した目だった。

 察して、受け取る目だった。

 そして、ゆっくりと頷いた。


 それだけで十分だった。


 ミラが顔を上げる。

 言葉を言いかけて、飲み込む。

 引き留める言葉は、ここにはない。

 感謝の言葉も、ここにはいらない。


 感謝は残すための言葉だ。

 残すことが、彼の選んだ勝ち方ではない。


 ショウマは、踵を返した。

 足取りは軽くない。

 けれど迷いはない。


 城の廊下を抜け、夜気へ出る。

 風が冷たい。冷たいのに、胸の奥が少しだけ楽になる。

 白い圧が薄い。

 薄い白は、ただの夜だ。


 遠くで兵が訓練している。

 槍が鳴る。足音が鳴る。

 生きている音が、ちゃんと鳴っている。


 ショウマは城の外れまで歩き、立ち止まった。

 星が見える。

 見えるはずの線は、もう鮮明ではない。


 その代わり、確信だけが残る。

 ここに残る必要がない。

 均衡が戻るなら、自分は“役割”を終えられる。


 結界を張るでもなく、儀式をするでもなく、ただ息を吐く。

 吐いた息が白くなる。

 白い息が夜に溶け、溶けた場所に何も残らない。


 身体の内側から、重いものが抜けていく。

 魔将級の補正が薄れる。

 情報耐性が剥がれる。

 因果を読む目が、静かに閉じていく。


 恐怖はない。

 痛みもない。

 ただ、温度が下がる。


 自分が“空き枠”へ戻っていく感覚。

 借りていた器を返す感覚。

 返した分だけ、世界が整う感覚。


 城の方角で、誰かが立ち止まる気配がした。


 レアだった。

 影の端に立ち、こちらを見ている。

 追ってきたのではない。追えなかったのでもない。

 追わないと決めた顔だ。


 ミラも、廊下の向こうで立ち止まっている。

 遠い。

 遠いのに、目が合う気がした。


 ショウマは小さく首を振った。

 来るな、ではない。

 止めるな、でもない。

 ただ、“ここまでだ”という合図。


 エヴェリナの穏やかな気配が、背後にある気がした。

 ドルガの背中が、城を守っているのが分かる。

 グルドが札を整える音も、どこかで鳴っている。


 守られているわけじゃない。

 見送られている。


 そして、それでいい。


 ショウマはもう一度、息を吐いた。

 吐いた息が、夜に溶ける。

 溶けた場所に、白は残らない。


 残らないのに、世界が少しだけ軽くなる。

 偏りが戻る。

 中央へ戻る。


 誰も名前を呼ばなかった。

 呼べば残る。

 残れば偏る。

 偏りはまた、同じ地獄を呼ぶ。


 だから、名も残らず。


 レアは唇を噛み、視線を逸らさない。

 ミラは拳を握り、言葉を飲み込む。

 魔王は遠くから、ただ受け取っている。


 ショウマの輪郭が薄くなる。

 薄くなるほど、夜に馴染む。

 馴染んだものは、もう探せない。


 それでも、どこかに確かに残る。

 残るのは名じゃない。

 形でもない。

 均衡が戻ったという事実だけだ。


 最後に、ショウマは小さく笑った。

 誰にも見えない笑いだ。

 見えないから、残らない。


 そして彼は、二度目の・・・。(完)


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