表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界に二度殺された俺は、“悪”として全部ぶっ壊す 〜自分以外のクラス全員光の使徒になったので、魔王軍の幹部になりました〜  作者: 安威要


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

72/87

第70話 拍動

 前室の奥の扉は、近いのに遠かった。


 扉そのものが遠いんじゃない。

 扉の向こうにあるものが遠い。

 触れれば、聖都全体が反応する。触れなくても、こちらの呼吸一つで“記録”される。


 ミラは、出撃前に一度だけ言葉を切り出した。

「止めるのは今ではありません」

 硬い声。硬いから、皆が黙る。

「ですが、止め方を掴む必要があります。……拍動の癖を」


 ドルガが腕を組んで唸る。

「触れば封鎖が来るぞ」

「来ます」

 ミラは頷く。

「だから触ります。小さく。部分的に。騒乱は起こさない。民は巻き込まない」


 俺は短く言った。

「配る意味を“部分的に殺す”。全停止じゃない。乱れを作って反応速度と封鎖条件を掴む」


 グルドが指を組む。

「二重送達は必ず来る。宛先を狂わせる。届く札を、届かぬ場所へ落とす」

 万能ではない、と目が言っている。

 だからこそ、こちらは“万能じゃない前提”で組む。


 レアが静かに頷いた。

「影走りは撤退導線。見つかったら逃げる、ではなく……逃げられる形を最初から作る」


 エヴェリナが穏やかに微笑む。

「点に糸を落とします。面を育てません。封鎖の広がりを鈍らせます」


 決まった。

 だから動く。


 夜。

 縫い目から地下へ降りる。


 封鎖班の圧は、もう空気の硬さになっていた。

 聖印粉の匂いが薄く漂う。壁の刻印が“輪郭”を作っている。

 地下は怒鳴らない。怒鳴らないまま、締め付けてくる。


 棚群を抜け、搬送路を抜け、前室へ。


 前室の空気は相変わらず重い。

 祈りが“機械音”みたいに一定で、息をするとこちらの息だけが浮く。


 俺たちは棚を横目に、奥の扉へ向かった。

 あの扉。厚い扉。

 向こうで脈が打っている扉。


 レアが巡回のタイミングを測る。

 グルドが偽装を走らせる。札の通りを歪め、送達の宛先を狂わせる。

 エヴェリナの糸が点に落ち、扉周辺の“返事”を鈍らせる。


 揺れは小さく。

 小さくなければ、事件になる。


 俺は結界を滑らせた。

 扉の反応を一点に固定する。

 扉が揺れれば封鎖。揺れが一点なら局所トラブル。

 局所トラブルなら、処理班が来る。

 処理班が来る場所を、こちらが選べる。


 扉が開いた。


 冷たい白が漏れた。

 眩しくない。燃える白じゃない。

 臓器みたいに冷たく、規則正しい白。


 中は、広い空間ではなかった。

 広がりはあるが、用途が一つに絞られた広がり。

 床に導体溝。壁に刻印。天井に吊られた祈祷具。

 祈りが循環し、白が“拍動”している。


 心臓だ。


 心臓の中心に、柱のようなものがあった。

 主幹柱とは違う。主幹は配るノードだった。

 これは――配る意味そのものを作る場所だ。


 俺は線を見る。

 ここから、無数の線が伸びている。

 聖都へ。前線へ。器へ。外殻へ。

 すべてがここから“配られている”。


 ミラが、唇だけ動かす。

「……今」


 俺は頷いた。


(部分的に)


 結界を重ねる。

 “止める”のではなく、“届かせない”。

 流れを切るのではなく、“流れているのに意味が届かない”状態を作る。


 拍動の一部に、薄い膜を被せた。

 膜は透明で、外から見れば何も変わらない。

 だが内側では、脈が空回りする。


 ――ズン。


 低い揺れが来た。

 聖都全体が揺れるほどではない。

 地下の、この空間だけが、息を乱した。


 祈りの一定音が、一拍ずれた。

 導体溝の白い流れが、一瞬だけよどんだ。

 そして、すぐに――戻ろうとした。


 戻ろうとする力が、強い。

 回復が早い。

 ここは“恒久”だ。止まる前提で作っていない。


「……反応、速い」

 レアが息で言った。


「だから、止め方が要る」

 俺は小さく返した。

 今は完成させない。完成させる材料を取る。


 ――その時だった。


 空間が、白く締まった。

 扉の外からではない。内側からだ。

 拍動が乱れた瞬間、空間そのものが“自動封鎖”を始めた。


 追う白じゃない。

 刺す白でもない。

 浄化の白。


 壁の刻印が一斉に反応し、床の導体溝が輪を作る。

 輪が狭まる。狭まるのは壁ではなく、逃げ道だ。


(条件は――拍動の乱れ)


 俺は線を見る。

 自動封鎖の線が、拍動の乱れに直結している。

 つまり、乱せば封鎖が来る。

 封鎖が来る速度が分かった。

 ――これが成果だ。


 だが、このままでは閉じ込められる。


「撤」

 ミラの声は小さい。だが全員が動く。

 迷えば死ぬ。迷えば入口が死ぬ。


 俺は結界を滑らせ、封鎖の広がりを一本に寄せた。

 空間ごと締めるなら、締める範囲を絞る。

 絞った先に“空振り”の壁を用意する。

 封鎖はそこで一拍遅れる。


 エヴェリナの糸が落ちる。

 点へ。点へ。

 封鎖を支える刻印の“返事”を鈍らせ、輪を育てない。

 輪が育たなければ、輪は狭まれない。


 レアが撤退導線へ滑る。

 影に沈まない。影の端を繋いで、扉の縁を抜ける。

 戻り道の粉に浮かばない歩き方で、前室へ戻る。


 ――だが封鎖は二重だった。


 扉の外、前室側でも白が締まり始めた。

 こちらが触ったのを、向こうの手順が拾った。

 自動封鎖が起きた瞬間、封鎖班が“外側”でも動く。


 グルドの偽装が走る。

 札の宛先が狂う感覚。

 封鎖札が、正しい処理班に落ちない。

 迷子になった札は、現場を苛立たせる。

 苛立ちは手順を増やす――が、今はそれでいい。時間が欲しい。


 前室を抜け、搬送路を抜ける。

 棚群の空気が硬い。

 聖印粉の面が広がっている。影の端が狭まっている。


 レアが小さく舌打ちした。

「……出口に回ってます」

 封鎖班が入口を殺しに来ている。


「殺させるな」

 俺は言って、結界をさらに薄く重ねた。

 入口へ集まる封鎖の方向を一本ずらす。

 一本ずらした先に、何もない壁を置く。

 封鎖はそこで空振る。


 梯子。

 石蓋。

 上へ。


 地上の夜気が、肺に刺さる。

 地下の白が冷たいほど、地上の空気は生々しい。


 石蓋を閉める。音を殺す。金具を戻す。

 痕は残さない。

 だが――入口は、もう限界に近い。縫い直しが始まっている線が見える。


 臨時拠点へ戻った時、ミラはまず俺の顔を見た。

「成果は」


「止められる」

 俺は短く言った。

「部分的に。拍動を乱せた。……封鎖条件と反応速度も見えた」


 グルドが目を細める。

「自動封鎖があるなら、次は『乱す』だけでは入れん。乱しても封鎖が来ない形……あるいは、封鎖の意味を殺す形が要る」


 レアが言う。

「入口は長く持ちません。次は……入口ごと捨てる覚悟で、深く取る必要がある」


 ドルガが渋い顔で頷いた。

「外の事故も効きにくくなってる。向こうは慣れた。……次は別の窓を作る」


 エヴェリナが穏やかに言った。

「今日の糸は、点を鈍らせるだけで精一杯でした。次は……点を“二重”に殺す必要があります」


 俺は線を見た。

 拍動の中心から伸びる太い流れは、少しだけ乱れた。

 乱れたのに、すぐ戻る。

 戻る速さが分かった。

 だから次は――戻れない形にする必要がある。


 ミラが机上の札を押さえ、低い声で言った。

「向こうは学習します。今日の乱れを“異常”として処理し、次はもっと早く封鎖するでしょう」


 俺は頷いた。

「外殻を前へ。素材を前倒し。……加速する」


 その瞬間、グルドの偽装札が震えた。

 遠隔からの情報が届く。

 前線ではない。聖都側の上層――枢機の動きだ。


「……来たな」

 グルドが低く唸る。

「外殻計画、前倒しの通達。器を前へ――さらに前へ。広告塔を、聖都全域の統制に寄せる」


 ミラの目が、氷みたいに冷たくなった。

 怒りじゃない。判断の冷たさだ。


「待てば育つ」

 彼女が小さく言う。

「だから、待たない。……次は、止めます」


 心臓は拍動している。

 俺たちはその拍動を、一瞬だけ乱した。

 乱れは小さい。だが、確かに触れた。


 触れた以上、向こうも触り返してくる。

 手順は増える。封鎖は早くなる。外殻は前へ出る。


 ――だからこそ、次は“乱す”で終わらせない。


 拍動が打っているうちに。

 止めるなら、打っているうちに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ