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世界に二度殺された俺は、“悪”として全部ぶっ壊す 〜自分以外のクラス全員光の使徒になったので、魔王軍の幹部になりました〜  作者: 安威要


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第65話 番号札

 蓋が開くと、地下の匂いが吹き上がった。

 湿り、土、石――そして、薄い聖油の残り香。


 聖都は清潔だ。表は香がする。祈りがする。

 だが裏は、ちゃんと汚れている。汚れているから回る。回っているから、穴がある。


「降りる」

 レアが小さく言った。


「今日は地図化だ。深追いしない」

 俺は頷く。ミラの命令札も同じ内容だった。

 入口は確保できる状態にした。次は、その内側を知る。知るだけでいい。


 梯子を伝い、足を石に乗せる。

 白は眩しくない。冷たい白だ。

 祈りが循環して、空間が“整っている”。


 線が見える。

 入口の縫い目から落ちる線は、細い。だが確かに地下へ伸び、導体溝の刻印に沿って流れる。

 流れは人の足ではなく、手順の足で作られている。


 影走りは滑らない。

 影に沈むと刺される。ここでは影が罠だ。

 だから俺たちは影の端を歩く。壁面の凹凸、柱の陰、導体溝の縁――“影になりきらない場所”。


 レアが先に行く。

 俺は線を追い、危険な結節点を避ける。

 脚音は殺さない。殺す必要がある動きは、だいたい怪しい。

 代わりに“音があってもおかしくない”場所を選ぶ。


 曲がり角を二つ。

 刻印が増え、壁の白さが変わる。

 祈りの気配が薄くなった代わりに、別のものが濃くなる。


 ――紙の匂いだ。


 鉄の留め具で補強された扉の先に、空間が広がっていた。

 棚。棚。棚。

 木箱。布包み。封蝋。紐。

 宗教物品の保管庫に見える。見えるのに、どこかが違う。


 整列の仕方が、工業的だった。


「……番号」

 レアが息で言った。


 棚の端に、札がぶら下がっている。

 木札に、墨で数字。規則的。

 それだけなら倉庫だ。だが――札の下に、さらに小さな紙片が結ばれている。


『回収待ち』

『補充予定』

『欠番』


 欠番。

 倉庫に欠番はある。だが、ここで言う欠番は違う匂いがする。


 俺は線を見る。

 棚に積まれた箱から、薄い線が伸びる。上へ、ではない。奥へ、だ。

 保管が終点ではない。ここは途中だ。


「持ち帰る」

 俺が言うと、レアが頷いた。

 狙うのは箱じゃない。箱は重いし、騒ぎになる。

 狙うのは紙だ。手順の束だ。


 棚の間を抜ける。

 通路は狭い。狭いのに、足元の石は磨かれている。

 人の手が頻繁に通る証だ。頻繁に通る=頻繁に監視が走る。


 角を曲がった先に、机があった。

 机の上に、札束。封蝋のついた紙。紐で括られた帳面。

 そこに置かれているだけで、“ここから動く”と分かる紙の塊。


(これだ)


 俺は手を伸ばす前に、線を確かめた。

 紙の塊から伸びる線が、導体溝へ繋がっている。

 つまりこれは“現場に届く紙”だ。命令札。更新札。工程表。


 レアが周囲を見張る。

 見張る相手は人じゃない。音と反応だ。短杭点の返事。祈りの揺れ。

 この地下では、異常は叫ばれない。

 異常は“報告”される。


 俺は紙束を掴んだ。

 軽い。紙は軽い。

 だが、軽いほど怖い。軽いほど多くを動かす。


 紐を切る。封蝋を割らない。割れば痕が残る。

 封蝋はそのままに、端から“抜ける紙”だけ抜く。


 紙には、見慣れた単語が並んでいた。


『外殻運用規定(抜粋)』

『聖骸核(素材)』

『上位供給回路』

『保管区画:第七棚群』


 ――素材。

 その二文字で、喉が乾いた。


 レアが息を止める。

 彼女も同じものを嗅いだのだろう。

 宗教物品の棚ではない。生産ラインの材料庫だ。


 俺はさらに紙をめくる。

 そこには番号札と一致する記載があった。


『第七棚群:欠番三件(回収待ち)』

『補充予定:前倒し』

『封緘工程:再確認』


 人名はない。

 ないから、余計に冷たい。


「……戻る」

 俺が言いかけた時だった。


 遠くで、かすかな靴音。

 石の磨かれ方が違う音。作業員の靴ではない。

 護衛だ。しかも、急いでいる。


 レアが小さく手を上げる。

 “来る”。


 棚の隙間から覗くと、二人。

 作業員の服。だが目が死んでいない。歩き方が堅い。

 そのうち一人が、胸元の札を触っている。


 報告札。

 送達するだけで、次からこの区画が締まる類。


 ――殺す方が簡単だ。

 だからこそ殺さない。殺せば騒乱になる。騒乱は民に繋がる。

 ここは地下だが、聖都の地下だ。ひとつの騒ぎが地上へ伝染する。


 レアが絶縁繭を構える。

 俺が首を横に振った。


「声を出させないだけでいい」

「……はい」


 レアが繭を落とす。

 糸が二人の足首に絡み、膝が固まる。

 倒れる。だが頭は打たないよう、糸が支える。

 丁重な拘束。こっちの軍規は、ここでも生きている。


 それでも一人は指を動かした。

 札を握り、送達の印を押そうとする。

 指先だけが動くように、訓練されている。


(届かせない)


 俺は結界を、札の“通る意味”へ滑らせた。

 破壊ではない。奪取でもない。

 札が札のまま、ただ――届かない状態にする。


 線が途切れる。

 送達の線が途中で死ぬ。

 札は手にある。だが“報告”にならない。


 護衛の目が見開かれた。

 驚愕と恐怖が混じる。だが声は出ない。膝は固い。

 ただこちらを見ている。


 レアが近づき、水の小袋を胸元へ押し込む。

 敵に水を渡すな、と言う奴もいる。

 だが俺たちは違う。意味のない殺しはしない。

 ここで水を奪うのは殺しの始まりだ。


「終わりです」

 レアが小さく言った。


 俺は頷き、紙束を胸に押さえる。

 帰る。帰るだけだ。

 成果は十分だ。欲張れば記録される。


 棚の間を抜け、来た道を戻る。

 入口の縫い目へ向かう線は細いままだ。

 細いままなら、まだ生きている。太くなれば、封鎖が始まる。


 梯子を上がり、蓋の下から夜の空気を吸う。

 地上の香が、さっきまで軽く感じていたはずなのに、今は妙に重い。


 臨時拠点に戻ると、ミラが最初に紙束を見た。

 表情が動かない。動かないまま、強くなる。


「……番号札」

 ミラが読んだ。

「欠番、補充予定、回収待ち……」


 グルドが喉の奥で笑った。笑いではない。

「棚だ。分類だ。工程だ。……これは宗教ではない。工業だ」


 俺は線を思い出す。

 棚から奥へ伸びる線。

 保管が終点じゃない線。


「ここは倉庫じゃない」

 俺は言った。

 紙束の端に見えた単語を、指で弾く。


『聖骸核(素材)』

『外殻(器材)』

『上位供給回路』


「……工房の前室だ」


 誰も反論しなかった。

 反論できないほど、数字は冷たく正確だった。

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