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世界に二度殺された俺は、“悪”として全部ぶっ壊す 〜自分以外のクラス全員光の使徒になったので、魔王軍の幹部になりました〜  作者: 安威要


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第63話 外縁の縫い目

 聖都は、夜でも白い。


 灯りが多いからじゃない。

 祈りが、空気の中に残っている。人の気配が消えても、白い“手順”だけが消えない。


 レアは外縁の丘に伏せ、街並みを見下ろした。

 石壁、巡礼路、門、詰所。整った区画。整った祈り。整った秩序。


 ――整いすぎている。


「都市型の面制圧……」


 呟きは息に溶かした。

 ここは前線じゃない。前線の短杭は“点が点のまま刺す”が、聖都の短杭は“点が点のまま見張る”。

 見張りの点が多すぎて、面にしなくても面みたいに作用する。


 影走りは滑らない。

 影に沈めば刺される。なら影の端を歩く。壁の影、樋の影、荷車の影。

 影が薄いほど危険で、影が濃いほど罠がある。


 背後で、部下が合図を送る。二名。呼吸は揃っている。

 今回は少数だ。多ければ目につく。目につけば、狩りが始まる。


(入口を作る)

(落とし戸を見つける)

(中枢へ――)


 会議で決めた骨格が、頭の中で反芻される。

 だが骨格だけでは入れない。都市は“縫い目”からしか裂けない。


 レアは目を細めた。

 聖都は清潔だ。表通りは香がする。祈りがする。

 ――だが、物流は汚れる。


 汚れたところには穴がある。

 エヴェリナの言葉は、いつも穏やかなのに刺さる。


 影走りは、外縁の巡礼路に沿って動いた。

 門の詰所を避け、祈祷の交代点を避け、短杭の結節点を避ける。

 避けているのに、避けた場所が次々に“白く縁取られる”。


「……粉が無いのに、浮く」

 部下が小声で言った。


 レアは頷いた。

 聖印粉を撒く必要がない。都市の面は、街そのものが導体だ。

 石畳に染みた聖油、路面の祈祷刻印、建物の聖紋。点が点のまま連携する。


 前線で見た“追う白”とは質が違う。

 追うのではなく、常時“囲う”。


 ――狩りじゃない。監視だ。


 監視の網は、破壊すれば騒ぎになる。

 騒ぎは民を巻き込む。

 軍規が先に死ぬ。


(壊さない。意味を殺す)


 レアは視線を下へ落とした。

 門の外に、小さな荷車列が見える。樽。布。箱。

 巡礼用の清潔な荷ではない。裏の匂いがする荷だ。


「……あそこ」


 荷車が向かう先は、城壁沿いの低い倉庫群。

 壁の白さが一段くすんでいる。人の出入りが多い。詰所の視線が届きにくい角度。


 影走りは、石壁の影を辿って近づいた。

 滑らない。急がない。

 足音を消すより、“足音があっても怪しくない”場所を選ぶ。


 倉庫裏。

 鼻を刺す匂い。油。汗。木の湿り。

 清潔な聖都の裏側が、ここにはあった。


「……穴がある」

 レアが小さく言うと、部下が頷いた。


 壁際に、金具で固定された石蓋。

 上には小さな聖紋が刻まれているが、表通りのような威圧はない。

 点検口だ。導体の点検か、保管区画の搬入口か。どちらでもいい。


 問題は――見張りの点。


 石蓋の周囲に、短杭が“目立たない形”で打たれている。

 点が点のまま見張っている。ここが穴だと、向こうも知っている。


「……触れたら刺されます」

 部下が囁く。


「触れない」

 レアは短く返した。

「噛み合わせない」


 腰の小袋から、細い糸の束を取り出す。

 エヴェリナの絶縁繭を“面”に撒かない。点に落とす。

 点の意味を殺すために。


 糸を指先で弾いた。

 ふわり、と薄い膜が落ちる。短杭と短杭の間に、見えない隔たりができる。


 ――白が一瞬、揺れた。


 揺れは小さい。

 だが揺れたという事実が重要だ。点が点のまま連携できていない。


「今」


 レアは石蓋に手を伸ばさない。

 代わりに、金具の方へ細い刃を滑り込ませ、音を立てずに外す。

 蓋は重い。重いからこそ、持ち上げれば音が出る。


 だから持ち上げない。


 蓋の縁に楔を差し、ほんの僅かに“浮かせる”。

 浮いた隙間に、薄い絶縁膜を滑らせる。

 ――石と石の接触音を殺す。


 静かに、静かに。

 蓋が開く。


 下から、冷たい空気が吹き上がった。

 清潔な香ではない。地下の匂い。湿り。土と石の匂い。


 穴だ。


 レアは中を覗き込み、息を止めた。

 下へ続く梯子。壁面に導体の溝。ところどころに聖紋の刻印。

 そして――“白い糸”が、下へ伸びている気配。


(……ここ、当たり)


 だが、当たりほど危険だ。


 白が揺れた瞬間、倉庫の角で靴音がした。

 巡回の聖騎士――ではない。作業員のような服。けれど歩き方が堅い。護衛が混じっている。


「――!」


 部下が身構えた。

 レアは首を横に振る。殺すな。斬るな。騒ぐな。


 作業員に見える護衛が、こちらへ来る。

 目は、蓋の周辺の短杭に向いている。点の反応を確認している目だ。


(見張りの点が揺れたのを、感じた)


 追う白ではない。

 監視の白が、異常を“報告”する。


 時間がない。


 レアは部下へ合図を送った。

 絶縁繭をもう一枚。杭の点に落とすのではなく、護衛の足元へ落とす。


 糸が絡む。足首。膝。

 護衛は声を上げようとして――上げられない。関節が固まれば、息は残っても叫びは詰まる。


 レアは護衛を引きずらない。

 引きずれば痕が残る。痕は次の巡回で見つかる。

 代わりに、護衛の視界だけを塞いで、その場に寝かせる。水の小袋を、胸元に押し込む。


「……すぐ解ける」

 部下が小声で言う。

「はい」

 レアは頷く。

 だからこそ、今は“中に入らない”。


 今日は入口を確保する日じゃない。

 入口を“見つける”日だ。


 レアは穴の中へ、薄い紙片を落とした。

 目印ではない。目印は見つかる。

 これは“匂い”だ。ショウマが線を辿るための、微かな因果の針。


 そして蓋を閉める。

 閉める音を殺すために、絶縁膜を挟んだまま。

 金具を戻し、最後に糸を回収――はしない。


 回収したら、作業になる。作業は時間を食う。

 糸は自然に溶ける。溶けるまでの間に、こちらは消える。


 影走りは、倉庫裏から“出ていく”のではなく、“そこにいなかった”ことにする。

 影の端を歩き、壁の影に紛れ、荷車の影へ乗り換える。


 遠くで、白が一瞬だけ濃くなった。

 監視の白が、異常を拾った。だが確定できない。

 確定できない異常は、現場を苛立たせるだけだ。


 ――それでいい。


 外縁の丘まで戻った時、レアはようやく息を吐いた。

 部下の肩が震えている。怖かったのは狩りじゃない。監視だ。

 狩りは逃げられる。監視は逃げても残る。


「報告します」

 部下が言う。


「私がする」

 レアは短く返した。

 これは“入口”だ。誰かの手柄にしてはいけない。手柄は目立つ。目立てば狩られる。


 魔王軍の臨時拠点。

 ショウマの前に立つと、彼は目を閉じたまま、すでに線を追っていた。


「縫い目を見つけた」

 レアが言う。

「外縁の倉庫群。壁沿い。点検口か搬入口。短杭の見張りはあるが、点の意味は殺せます」


 ショウマが目を開ける。

 その瞳が、一瞬だけ冷たくなった。


「……地下へ落ちてる線がある」

 彼は確信するように言った。

「当たりだな」


 ミラも同席していた。

 統治者の顔で頷く。


「では、次は“確保”ですね」

 レアが言うと、ショウマは首を横に振る。


「確保は、同時だ」

 彼は言った。

「入口を確保するだけじゃ足りない。祈りと導体と点群――都市版の台座を、同時に鈍らせる」


 エヴェリナの糸。

 グルドの偽装。

 ドルガの押さえ。

 そして俺――と彼の結界。


 作戦の骨格が、実際の血管に繋がり始めた。


 レアは静かに頷いた。

「分かりました。……狩りが始まる前に、穴を開けます」


 聖都は白い。

 だが白い布にも、縫い目はある。


 縫い目から裂けば、どれほど整った布でも――中身は見える。

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