第62話 侵入作戦
聖都へ行く。
口に出すと、言葉が重くなる。
前線はまだ戦場だった。
だが聖都は戦場じゃない。人が住み、祈りが流れ、物流が回り、秩序が“正義”として置かれている場所だ。
だからこそ――軍規を先に置く。
ミラ=ザス・マギアが、会議室の空気を一度締め直した。
「確認します。魔王国軍軍規は維持します」
硬い声。硬いから折れない。
「無差別殺害は禁止。捕虜、民間人、作業員を意味なく殺さない。破壊で勝たない。機能停止と回収不能化を優先する」
一つずつ、噛み砕くように言う。
ドルガが腕を組んで唸った。
「聖都でそれを守れるのか? 向こうは都市規模の面制圧だ。やり合えば――」
「やり合わない」
俺――影山ショウマが言った。
「守れないなら、侵入は成立しない。守れる形にする。……それが俺たちの“悪”だ」
レアが静かに頷く。
エヴェリナは穏やかに微笑み、グルドは喉の奥で笑った。
ドルガだけがまだ渋い顔だが、それも必要な重さだ。
ミラが視線を俺に向ける。
「骨格を」
「三つに分ける」
俺は机に指で点を打った。前線でやった“三点同時”を、都市用に組み替える。
「フェーズⅠ。入口を作る」
短杭面の縁を抜けるんじゃない。面の“意味”を殺す。点が点として繋がらない状態に落とす。
「都市型の面は破壊すれば騒乱になる。騒乱は民が死ぬ。だから壊さない。断つ」
レアがすぐ言葉を足す。
「結節点を探します。面が育つ場所、祈りが束ねられる場所。そこを噛み合わせない」
影走りの仕事だ。狩られない動きで、都市の脈を読む。
「フェーズⅡ。地下への落とし戸を確保する」
俺は続ける。
「供給回路の点検口、保管区画の搬入口。下水じゃない。“儀礼用の裏動線”を狙う」
エヴェリナが穏やかに頷いた。
「聖都は清潔でも、物流は汚れます。汚れたところには穴があります」
言い方が柔らかいのに、確信は鋭い。
「フェーズⅢ。中枢ノードへ到達して、拍動の“配る意味”を殺す」
主幹柱でやったことの拡張。破壊じゃない。機能停止。しかも“戻らない”形。
グルドが指を鳴らす。
「問題は、そこへ至るまでの目だ。聖都の目は前線より多い。祈りが監視になる」
老魔導師が言うと、祈りが本当に目のように感じる。
ミラが一度息を吐いた。
「……役割を固定します。迷いは現場で死に繋がる」
ここからが第六十二話の核だ。
作戦は綺麗でも、動くのは人間だ。人間が迷えば、針が刺さる。
「ショウマ」
ミラが呼ぶ。
「あなたは指揮の中心です。線読み。結界。中枢ノードでは、あなたが“意味を殺す”」
「了解」
俺は頷く。
因果閲覧で結節点と裏動線を指示し、結界操作で“刺さる方向”を限定する。見つかった時に逃げる形を作る。逃げるためじゃない。撤退路があるから攻められる。
「ミラ」
俺は逆に言った。
「撤退判断はお前がやれ。深追い禁止。民間被害ゼロを優先する。政治判断が必要になる」
聖都に手を伸ばすのは、戦いじゃなく統治への介入だ。判断を間違えれば、俺たちは“悪”ではなく“害”になる。
「承知しています」
ミラは迷わず言った。
「軍規を守るために、勝ちを遅らせる判断もします」
レアが呼ばれる前に一歩出た。
「影走りは侵入先導。札の奪取。偽装と遅延。交代と復旧を噛み合わせないようにします」
自分の役割を自分で言えるのは強い。殿癖が抜けたわけじゃないが、抑えられるようになっている。
「無理はするな」
俺が言うと、レアは短く頷いた。
「狩られない動きで勝ちます。……狩りを、空振らせます」
エヴェリナが続ける。
「絶縁繭は点へ。面を相手に面で戦わず、点の意味を殺します。拘束と断線に徹します」
捕虜拘束も回路遮断も、彼女の糸は得意だ。殺傷に触れずに戦場を支配できる。
ドルガが鼻を鳴らした。
「俺は押さえだな。正面で圧を出して視線を引き受ける。侵入の窓を作る。破壊はしない。通れない障害で時間を稼ぐ」
武人の仕事は、殴ることじゃない。殴らずに止めることだ。
「……民の避難誘導も頼む」
ミラが言うと、ドルガは少しだけ表情を柔らかくした。
「任せろ。そういうのは、前線より得意だ」
グルドが最後に、ゆっくりと指を組んだ。
「偽装と儀式。追跡祈祷の撹乱。札の写し。緊急脱出の補助……万能ではないが、退路の“余地”は作れる」
万能ではない、とわざわざ言うのがグルドらしい。万能と言った瞬間、破綻するのを知っている。
ミラが全員を見渡した。
「全員が揃う必要は?」
統治者の目だ。必要と無駄を切り分ける目。
俺は即答した。
「中枢ノードには俺が行く。だが入口と落とし戸は同時が要る。どれか一つ欠ければ、聖都は“整ったまま”動く」
整った敵は強い。整っているほど、こちらの隙が刺される。
レアが呟く。
「見つからない、ではなく……見つかった時に逃げられる形」
自分に言い聞かせるように。
「そう」
俺は頷く。
「追う白は都市で“個人追跡”になる。狩りが精密になる。なら、逃げ道を限定して、追跡の更新を狂わせる」
結界で刺さる方向を限定し、繭で足止めし、札の順序を崩して更新を遅らせる。
逃げるための道じゃない。追わせないための道。
会議室の空気が、少しだけ前へ進んだ。
怖さが消えたわけじゃない。怖さの形が、輪郭を持っただけだ。
ミラが立ち上がった。
「出ます」
一言で終わらせた。長い演説はいらない。決まったら動く。それが軍だ。
「影走りは先行。聖都外縁へ。結節点と裏動線の候補を探す」
レアが頷く。
「承知」
「全軍は準備。偽装、物資、撤退路。……軍規の確認を全隊に回す」
ミラが命じ、ドルガが肩を叩くように返事をした。
俺は最後に目を閉じ、線を見た。
太い流れが、増えている。
器(点)が増えれば、配線は太くなる。太くなれば、心臓は育つ。
育った心臓は、止めにくくなる。
「待てば育つ」
俺は呟いた。
誰にでもなく、自分に。
「だから今だ」
言って、目を開ける。
会議は終わりじゃない。
会議は、出撃の合図になった。
レアが扉へ向かう背中に、俺は一言だけ投げた。
「無理するな。狩られるな」
「……分かっています」
彼女は振り返らずに答えた。
その声は、少しだけ強かった。
聖都は地下に心臓を持つ。
なら俺たちは、地下へ行く。
針を折るためじゃない。
針を生やす土を殺すために。




