第61話 地下へ
机の上に並んだ紙は、整然としている。
整然としているほど、腹が立つ。
外殻護衛再編。祈祷交代の短縮。導体二重化。点群予備の配分。
そして、符丁。
『接続点は上位供給回路に帰属』
『中枢ノードへの帰還を優先』
『恒久炉(仮符号)』
グルドが指でその一文を叩いた。
「……言葉はあるが、場所がない。符丁だ。読める者には読めるが、読めない者にはただの紙だ」
ミラ=ザス・マギアが、紙から目を離さず言った。
「場所が分からなければ、攻めようがありません」
その一言で、会議室が静かになった。
誰もが分かっている。前線で針を鈍らせても、供給が生きている限り戻る。
戻るなら、本丸を止めるしかない。
俺――影山ショウマは、椅子の背から身体を起こした。
「場所なら、線が教える」
俺が言うと、ミラが視線を上げる。
「あなたの……因果閲覧」
「そう」
俺は頷いた。
「点から戻る線を追う。戻り先がある。――今は、それが太くなってきてる」
レアが息を詰めた。
影走りの長は、線を“敵の手”として理解している。太い流れは、危険の証だ。
「やって」
ミラが言った。
命令ではなく、頼みでもなく、統治者の判断として。
俺は目を閉じた。
――線が見える。
器(点)から伸びる白い糸。前線で立ち上がり、針になり、獲物を追う糸。
その糸は、戦場で終わっていない。
いったん枝分かれする。祈祷役の交代点、導体の合流点、短杭点群。
そこを通って、白は“整う”。整った白は、また一本の流れになる。
戻っていく。
戻り先は――聖都。
だが地表ではない。地表は眩しすぎる。ノイズが多すぎる。
白い糸は、聖都の外縁で一度薄くなり、石の下へ潜った。
地下。
そこに入った瞬間、線の質が変わる。
細い糸が、太い血管になる。
複数の血管が合流し、同じ一点へ向かって束ねられていく。
そして、その一点で――脈が打っていた。
心臓みたいに。
いや、心臓そのものだ。
「……ある」
俺は目を開けた。喉が乾いている。
「心臓の場所だ」
ミラが、呼吸を一つ置いた。
喜びではない。恐怖でもない。計算だ。
「聖都地下」
「そう」
俺は頷く。
「点が増えるほど、流れが太くなる。太い流れは全部、地下へ潜って同じ所へ行く」
グルドが、机の符丁をもう一度指で叩いた。
「『帰還』……『上位供給回路』……『中枢ノード』……」
老魔導師の目が、笑っていない笑い方をする。
「一致する。符丁は場所を隠していたが、構造は隠せなかった」
ドルガが腕を組んで唸る。
「聖都地下に心臓か。……正面から行けば戦争だな」
「都市規模の面制圧です」
レアが現実を突きつける。
「短杭点群の数が桁違い。聖印粉も常時。影は滑る前に刺されます」
「導体も多層でしょう」
エヴェリナが穏やかに言った。
「一本切っても回ります。回るから、止まらない」
ミラが言った。
「だから、正面から行きません」
その一言が、会議室の背骨になる。
魔王国軍は“悪”として戦う。
だが無意味に殺さない。無差別に壊さない。民間や作業員を巻き込まない。
破壊で勝たない。
回路を外して、意味を殺す。
「侵入だ」
俺が言うと、ドルガが口の端を上げる。
「好きだな、お前のそういう手」
「戦争は長い。長い戦争は民が死ぬ」
俺は言った。
「なら、心臓を止める」
ミラが頷く。
「……侵入の骨格を」
俺は机に指を置き、三つの点を打つ。
「一つ。入口(導線)を作る。聖都の“都市型の面”を抜けるんじゃない。無効化する」
短杭面は、点を繋いで面になる。なら点の意味を殺せば面は育たない。
前線でやったことを、都市規模に拡張する。
「二つ。地下への落とし戸を見つける」
供給回路の点検口。保管区画の搬入口。
聖都は清潔だが、物流は汚い。汚い場所には穴がある。
「三つ。中枢ノードの拍動を止める」
俺は言葉を選ぶ。
「破壊じゃない。配る意味を殺す。主幹柱でやったのと同じだ」
ミラの目が、ほんの僅かに柔らかくなる。
主幹柱停止――あの成功体験が、ここで再利用できる。
ただし規模が違う。相手も学習している。
グルドがゆっくり頷いた。
「偽装が要るな。侵入は入口を作るだけでは足りん。見せる影と、消す影……」
老魔導師の声には、儀式の匂いが混じる。
「影走りの動線も作り直します」
レアが言う。
狩られる側から、狩りの外へ出るための動線。逃げ道ではなく、回路を抜くための道。
「繭は“面”ではなく“点”へ」
エヴェリナが穏やかに笑う。
「都市規模なら、点の意味を殺す方が効きます」
ドルガが拳を握る。
「俺は押さえだな。侵入の窓を作る。殺さず、だが押し返す」
ミラが、全員を見渡した。
その目は、王女ではなく統治者だ。
「聖都へ向かいます」
声は硬い。硬いから折れない。
「侵入作戦を編成します。……ここから先は、前線ではなく本丸です」
俺は因果線を見る。
太い流れが、じわじわ太くなっている。
待てば待つほど、心臓は育つ。配線は増える。点は増殖する。
「急げ」
俺は小さく言った。
誰にでもなく、自分に。
本丸は地下だ。
白は、そこから配られている。




