第57話 台座を外す
「器は触るな。台座を抜く。祈祷、導体、点群――三つ同時だ」
俺の言葉に、ミラが即座に頷いた。
会議室の空気は硬い。第56話で見た“広告塔”が、戦場の景色を変えたからだ。
「深追いは禁止。鈍らせたら即撤退」
「了解」レアが短く返す。「影走りは、狩られない動きに切り替えます」
「繭は一点集中にしましょう」エヴェリナが穏やかに笑う。
「押さえは任せろ」ドルガが肩を回した。「殺さず寝かせる」
軍規は変わらない。
だから戦い方を変える。
――前線。丘の上。
白が立っている。
坂上マサトが、今日も“中心”に固定されていた。立っているだけで針が生まれる。祈祷役の声、導体の脈、短杭点群の反応、護衛の視線。それらが一本の手順で回り、獲物を狩る。
「釣る」
俺が言うと、レアが影走りに合図を送った。
影走りは滑らない。影の端を“歩く”。わざと見つかるギリギリで動き、針の白を引っ張る。
白が追ってくる。退路を塞ぐのではなく、足を縛るために刺す角度で伸びる。
「……獲物の癖を見る白だ」
レアが低く呟く。
いい。見せてやる。
そして、抜く。
同時刻。三点。
レアが祈祷交代点Aへ。幕屋の端。祈祷役と護衛。
絶縁繭が落ち、糸が関節を固め、声が詰まる。呼吸は残す。意識も残す。暴れる力だけ奪う。
レアは札を抜く。更新札、交代札、命令札。
ただし今回は“二つある”前提だ。交代点Bを壊しても、別が動く。なら――迷わせる。
レアは奪った札の順序を崩し、遅延させ、交代が噛み合わないように仕込む。
祈りは、継続が命だ。継続が乱れれば、束ねた白は鈍る。
俺とエヴェリナは導体の合流点へ。
燃やさない。抜く。塞ぐ。逆流させる。
結界を滑らせると、聖油は流れるのに届かない。届かないのに流れる。
流れが“意味”を失う。
意味を失った導体は、祈りを運べない。
エヴェリナの糸が、短杭点群へ落ちる。
杭を壊さない。壊せば差し替えられる。なら“面にならない配置”へ崩す。点は残るのに繋がらない。復旧の手順だけが増える。
拘束された作業員に水を残し、刃を向けないまま、手だけを止める。
工程停止。これが俺の“悪”だ。
――針の白が、反応した。
丘の上。
白が一瞬、鋭く伸びた。影走りの足を縛りに来る。
だが、その伸びがどこか遅い。角度が甘い。祈祷の継続が揺れている。
俺は結界操作を重ね、刺さる方向を限定した。
刺すならここだ、と地面を指定する。
針は指定地点へ刺さり、白い壁になって動けなくなる。
「今だ!」
レアの声。影走りが壁の外へ飛ぶ。
縛られない。追われない。抜ける。
白が、揺れた。
その瞬間――俺は“中心”の揺れを見た。
器が、台座を失いかけている。
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◆坂上マサト(器)
拍手が、遠い。
誰かが「坂上殿」と呼んでいるのに、声が水の底みたいに聞こえる。
眩しいんじゃない。熱いんでもない。胸の内側から押し返される重さが、息を吸うたび増えていく。
(……大丈夫。俺は、選ばれてる)
口が勝手に笑う。
笑っているのに、喉が鳴る。息が詰まる。
膝が――落ちそうになる。
すぐ横の護衛が、丁重に支えた。
支えは優しい。優しいのに、逃げられない。
白が揺れる。
揺れた瞬間、周囲の司祭たちの声が一斉に高くなった。
祈りが、焦りに変わる。
(……俺、今……)
問いが浮かぶ前に、また重さが戻ってくる。
戻ってきた重さは、さっきより少しだけ――慣れた形をしていた。
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……鈍った。
だが折れてない。
教会は二重化している。予備回路がある。即応班がいる。
祈祷交代点Bが、すぐ穴埋めに動いた。乱れた祈りを、別の声が上塗りする。
副導体が別ルートに切り替わり、流れが弱いまま繋がり直される。
短杭点群も、予備杭が差し込まれていく。
面になりきらないまま、点が点で繋がろうとする。
――白が、戻り始めた。
「早い……」
レアが低く唸る。
向こうの復旧速度は、こちらの“停止”を前提にしている。
ドルガが舌打ちした。
「また立て直すぞ。ここで粘ると囲まれる」
「撤退だ」ミラの札が届く前に、俺は言った。「成果は出た。情報も取った。――損をしない」
撤退。
深追いしない。殺さない。
その代わり、敵に“焦り”と“矛盾”を残す。
戻った拠点で、レアが奪取した札を開く。
そこには予備回路、即応班、護衛増強、導体二重化――そして、現場への叱責が滲んでいた。
『停止を許すな』
『祈りを途切れさせるな』
『物流の遅延を言い訳にするな』
現場は燃える。教義は締める。
その摩擦が、次の火種になる。
俺は因果線を見る。
丘の上の針は、まだ一本だ。だが、別方向に薄い集約が芽を出している。
点は、増える前提で動き始めている。
「攻略は見えた」
俺は呟いた。
「……でも、向こうも同時に賢くなっていく」
鈍らせることはできる。
ただし、折れるまで待ってはくれない。




