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世界に二度殺された俺は、“悪”として全部ぶっ壊す 〜自分以外のクラス全員光の使徒になったので、魔王軍の幹部になりました〜  作者: 安威要


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第55話 読まれる手

 同じ手は、二度は通らない。

 前線に戻った影走りの息が整う前に、俺はそれを思い知らされた。


「……交代点が二つ。しかも同時稼働してます」

 レアが奪ってきた札を机に置き、淡々と報告する。声はいつも通り硬いが、喉の奥が乾いているのが分かった。


 ミラは札を指で押さえ、目だけで読み取った。

 聖都から降りてくる命令の墨は、焦りを隠して綺麗に整っている。――整っているほど、怖い。


「前倒しが、現場に落ちた……」

 ミラが短く呟く。

 外殻の“器”だけじゃない。器を立たせるための台座――祈祷交代、導体、短杭点群。それらが運用として書かれている。


 俺は因果の線を見た。

 前回、針の白を鈍らせた地点。あそこへ向かう線が、一本ではなくなっている。枝が増え、逃げ道が用意され、潰しに来る俺たちの“手”を待っている形だ。


「読まれてるな」

 俺が言うと、ドルガが笑った。いつもの豪快さで、空気を軽くするための笑いだ。


「そりゃそうだ。お前が止めたんだ。向こうだって、止められた場所は補強する」

「補強の仕方が、こっちの嫌がる形だ」

 俺は線の束を指でなぞる。

 止血点が二つ。片方を押さえたら、もう片方が脈を打つ。


 エヴェリナが静かに頷いた。

「手順が整いましたね。繭への対策も……おそらく道具と薬剤が回り始めています」

 穏やかな声音が、逆に不気味だった。母性的な口調で“敵が賢くなった”ことを告げるのは、心臓に来る。


 ミラは顔を上げた。

「軍規は維持します。殺さない。無意味に壊さない。その代わり、取れるものだけ取って引く」

 王女の声は硬い。だが迷いはない。


「試す」

 俺は頷いた。

「読まれた手なら、どこまで読まれているか確かめる。――損をしない範囲で」


 夜。

 前線の空気は薄く冷えて、白の匂いだけが濃い。聖印粉が撒かれた縁を避け、影走りはいつものように滑る……はずだった。


 ――滑れない。


 影の縁が、まるで刃物で切り出されたみたいに輪郭を持っている。粉は撒かれていない。なのに、粉があるみたいに足取りが浮く。


「……来てます」

 レアが手を上げた。指先が、白い気配を読む。


 祈祷交代点。仮設の幕屋が二つ。灯りも祈りも二系統。片方が止まっても、もう片方が続ける。

 俺たちがやった“途切れさせる”を、そのまま裏返してきた。


 レア隊が交代点Aへ。

 ドルガ隊が導体の合流点へ。

 エヴェリナの繭が、短杭点群の間を“絶縁”するために準備される。


 ――いつもの手。

 だからこそ、読まれる。


 レアが影の端を歩く。沈まない。刺されない距離を取り、視線を誘導する。

 護衛の聖騎士が振り向いた瞬間、絶縁繭が落ちた。


 糸が絡み、関節が固まり、声が詰まる。殺さない拘束。

 祈祷役の口が動く。だが言葉は続かない。祈りは継続が命だ。途切れれば、回路はただの線になる。


「取った」

 レアが札を抜く。更新札。交代記録。命令札。


 ――成功。

 だった。


 幕屋の奥で、別の声が立ち上がった。交代点Bが、まるで待っていたみたいに祈りを上乗せする。

 白が途切れない。むしろ、途切れた瞬間に“補う”動きが入っている。


「……っ」

 レアが歯を噛む。

 見事に読まれている。止める場所を、最初から二つ用意している。


 一方、ドルガ側。導体の合流点に結界を滑らせ、流れを“意味のない”方向へ逃がす。

 樽は倒し、運び手は縛る。血は流さない。物流だけを止める。


 ……止まらない。


 細い副導体が、合流点の外側に枝のように生えていた。

 太い血管が詰まっても、細い毛細血管が回り道する。流れは弱まるが、死なない。


「くそ、しぶとい!」

 ドルガが吐き捨てる。

「一個塞いだら、もう一個が息してやがる!」


 エヴェリナの繭が落ちる。副導体を絶縁し、短杭点群も同時に絶縁して、回路の面を育てないようにする――はずが。


 白い布を巻いた教会側の作業員が、妙に落ち着いて動いた。

 道具を持っている。薬剤を持っている。繭を溶かすための手順を、最初から叩き込まれている動きだ。


「……対策済み」

 エヴェリナが穏やかに言った。

「繭は万能ではありませんね。向こうも、学習しました」


 学習。

 その一語が、骨に刺さる。


 そして――針の白が、こちらを見た。


 遠くの丘。祈祷役の列の中心。そこだけが昼みたいに明るい。

 面じゃない。点でもない。針。

 影走りの退路に向かって、刺す準備をしている。


 俺は線を見る。

 針の中心はひとつ。だが、周辺に薄い集約が芽を出している。

 まだ立ち上がっていない“点”が、二つ、三つ。試作が走っている。現場実験が増えている。


「……点が増えてる」

 俺が呟くと、レアが一瞬だけ目を細めた。

「一つじゃない、ということですか」

「ああ。まだ弱い。でも、増えれば面みたいに連携する。そうなったら影走りはもっと苦しくなる」


 ミラの札が手元で鳴った。合図だ。

 撤退。深追いをしない。損をしない範囲で引く。


 俺は結界操作で退路の“刺さる方向”を限定した。

 針の白が、こちらを狙って伸びる。だが刺さる場所を決めてやる。

 刺さる。地面が白く立ち上がる。そこだけが壁になる。


 壁があるなら、壁の外へ出ればいい。

 レア隊が、影の端を走る。滑らない。刺されない。

 ドルガ隊が、縛った運び手に水を残して引く。怒りを残しても、死体は残さない。


 ――負けていない。

 だが勝ってもいない。


 戻った拠点で、俺は奪った札を広げた。

 更新の文字。二重化の指示。絶縁対策の手順。護衛再編。

 どれも整然として、気持ち悪いほど冷静だ。


 そして、紙の端。

 移動予定の欄に、ひとつだけ異物みたいに浮いている名前があった。


「……坂上マサト」


 俺は、それを声に出さなかった。

 出した瞬間、現実になる気がしたからだ。


 札の端にあった名前を見て、俺は笑えなかった。

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