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世界に二度殺された俺は、“悪”として全部ぶっ壊す 〜自分以外のクラス全員光の使徒になったので、魔王軍の幹部になりました〜  作者: 安威要


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第52話 器を前へ

 聖教会・聖都地下、聖遺物保管区画。

 祈りの言葉が、ここでは番号になる。


 石壁は湿っていた。

 地下の空気は冷たく、香の匂いだけが不自然に甘い。

 通路の両脇に並ぶ棚は、聖遺物を収めるためのもの――と教えられている。

 だが、その棚には札がぶら下がっていた。


 番号。工程。保管期限。

 祈りを捧げるためではなく、管理するための文字。


「触れるな。祈れ」

 監督司祭が淡々と告げる。

「そして数えろ。祈りは秩序だ」


 若い技術司祭が頷く。

 指先は震えている。だが震えを隠すように、帳簿へ視線を落とした。


 帳簿の頁は白い。

 そこへ黒いインクで、“聖骸核”と書かれている。

 殉教者の核。聖遺物核。

 呼び名は美しい。だから、手順書の冷たさが余計に刺さる。


 棚の奥に、布で包まれた小箱が並んでいた。

 箱は小さい。人ひとり分にしては、あまりにも。

 それでも監督司祭は迷いなく言う。


「核は核だ。中身を想像するな。想像した瞬間、手が遅くなる」


 誰かが息を呑んだ。

 若い技術司祭が、布越しにほんの少し指を滑らせ――すぐに引っ込める。

 布の向こうで、かすかな温度が脈打った気がした。

 心臓ではない。心臓であってはいけない。


「……これは、殉教の証……」

 彼が小さく祈る。


「違う」

 監督司祭が即座に切る。

「これは“資材”だ。聖具に落とすための資材。殉教は語るもの。資材は数えるもの」


 扉の向こうで、繰り返し同じ音がする。

 金具が外され、嵌められ、留められる。

 聖具を組む音――ではない。

 工房の音だ。


 台の上に置かれた“核”は、白い布で覆われていた。

 殉教者の聖遺物。そう呼ばれている。

 だから誰も「材料」とは言わない。

 言わないまま、手順だけが進む。


外殻シェル一式。プロト規格、第三番」

 監督司祭が読み上げる。


 第三番。

 第一と第二は、どこへ行ったのか。誰も尋ねない。

 尋ねたところで答えは返らない。返るのは、命令だけだ。


 検品印が押される。

 赤。次に白。最後に金。

 欠けた部材は“欠損”として別箱へ移され、別の番号が付く。

 欠損にも、ちゃんと席がある。


 そこへ、別の札が滑り込む。

 封蝋の紋は枢機のものだった。


「……坂上マサト、召集」

 監督司祭が紙面を見て眉一つ動かさず言った。

「儀式室へ。今すぐ」


 護衛の聖騎士が頷き、地下から地上へと階段を上がった。


 召喚者の滞在区画は、白い布で飾られ、丁重に見える。

 だが今日、扉の前にはいつもより多い護衛が立っていた。

 中の少年少女たちは、笑い声を落とし、目だけで状況を測る。


「坂上、呼ばれてるぞ」

 誰かが小声で言う。

 羨望か、恐怖か、区別のつかない声音。


 坂上マサトは笑っていた。

 笑顔は上手い。相手が欲しい表情を反射する鏡みたいに。

 だが、視線だけが落ち着かない。

 護衛の位置、扉の数、通路の角――逃げ道を数えている目だ。


 儀式室の手前の回廊は、白く磨かれていた。

 歩くたび靴音が返り、逃げ道を塞ぐように増えていく。


「坂上殿」

 司祭が柔らかく呼ぶ。

「ご負担をおかけします。しかし、あなたは選ばれました」


「……はは。そう、ですよね」

 マサトは頷いた。

「みんなのためなら、俺――」


 言葉が途切れた。

 それは恐怖ではない、と彼は思いたいのだろう。

 だが恐怖は、言い訳を許さない。


 扉が開く。


 中は小さな聖堂だった。

 祭壇の前に、布が掛かった台座がある。

 蝋燭の火が揺れ、香が濃くなる。


 格子の向こうに、影が一つある。

 枢機の飾り。白い法衣。

 セルベルトは声を発さず、ただ“出来”だけを見る目でこちらを見ていた。


外殻シェル。あなたの器に光を束ねます」

 司祭の声は優しかった。

 優しいまま、断れない形に整えられている。


 布が外される。


 腕輪、胸当て、首元の小さな飾り。

 どれも白い光を帯び、神聖に見えるよう磨かれている。

 だが――近づくと、喉が詰まった。

 祈りの言葉が、舌の上で重くなる。


「……眩しいな」

 マサトが小さく言った。


「祝福です」

 司祭が即座に言い換える。

「祝福は、重い。耐える者が器となる」


 装着が始まった。


 腕輪が嵌められ、留め具が閉じる。

 胸当てが当てられ、紐が結ばれる。

 首の飾りが触れた瞬間――マサトの肩が跳ねた。


 眩しいのではない。

 熱いのでもない。

 内側から押されるような、息が詰まる重さ。


「だ、大丈夫です。俺、平気……」

 笑顔を作る。

 作りながら、指先が震えるのを隠そうとして拳を握る。


 司祭は祈祷文を上げる。

 床に刻まれた聖紋が淡く光り、線が束ねられて一点に集まる。


 白が、濃くなる。

 主幹柱の鈍りを埋めるように、ここだけ“白”が立ち上がった。


「……見えた」

 観測役が息を呑む。

「対影の反応が戻る。巡礼路第七線――出力、局所回復」


 格子の向こうで、セルベルトが小さく頷いた。

 それだけで、室内の空気は“成功”に決まる。


 拍手が起きた。

 小さく、慎重に、しかし確かに。

 成功という言葉を、先に空気へ置くための拍手。


 マサトはそれを聞いて、安心したように笑った。

 安心したふりをした。

 その笑顔の裏で、喉が鳴る。


 司祭が宣言する。

「主幹が鈍っても構わぬ。光は器から戦場へ流れる。坂上殿が――道を照らす」


 マサトは頷くしかない。

 頷いた瞬間、首の飾りが僅かに重くなる。

 まるで“逃げるな”と命令するように。


 儀式が終わり、扉が閉じる。


 地下の工房に戻れば、帳簿が待っていた。

 次の頁には、もう空欄が無い。

 第四番、第五番、――と。


 監督司祭は淡々と墨を落とす。

「不足分、追加。歩留まり、調整。供給、継続」


 若い技術司祭が、視線だけで布の小箱を見る。

 祈りの言葉が喉に詰まる。

 だが監督司祭は言うのだ。想像するな、と。


 遠くで、台車の車輪が軋んだ。

 新しい小箱が運び込まれる。

 布の端から覗いた札には、教会の刻印とは別の、見慣れない文字があった。

 曲がった線。角張った記号。異世界の筆跡。


 若い技術司祭は、それを読めない。

 読めないのに、胸の奥がざわつく。

 “これは誰かの言葉だった”と、身体だけが理解してしまう。


「第六番」

 監督司祭が言い、印を押す。


 乾いた音。

 祈りではなく、工程の音。


「器を前へ」

 その言葉は祝福のように響き、命令のように残った。


 地上ではきっと、英雄誕生の噂が美しく飾られる。

 巡礼路の白が戻ったと、人は祈りを増やすだろう。


 だが地下では、次の札が用意されている。

 白は戻る。

 その代価だけが、静かに積み上がっていく。

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