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世界に二度殺された俺は、“悪”として全部ぶっ壊す 〜自分以外のクラス全員光の使徒になったので、魔王軍の幹部になりました〜  作者: 安威要


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第51話 続・白が鈍る

(教会視点の話になります)

 聖教会・巡礼路第七線。

 祈りの流れが、鈍った。


 最初に気づいたのは、音だった。

 夜明け前の詰所で、祈祷役が唱える言葉が――いつもより遠い。薄い。喉の奥で滑っていく。


「……加護が、届いていない?」

 若い司祭が青い顔で呟いた。


「届いてる。だが、乗らない」

 聖騎士隊長が苛立ちを噛み殺して答える。

 祈りが無いのではない。祈りが“流れない”。


 短杭の列の先で、白い膜が育ちきらずに揺れていた。

 面制圧の縁が、波打つ。いったん形を得たはずの聖域帯が、霜が溶けるように薄まっていく。


「杭を増やせ! 線を太く!」

「太くしてどうする。油が来てない!」


 運搬役が、空の樽を叩く。

 聖油――巡礼路を導く血管。その匂いが、今日は弱い。


 補給隊は、途中で詰まっている。

 道のあちこちで止まり、押し合い、怒鳴り合い、祈りを上乗せするたびに遅くなる。


「祈りが足りないからだ!」

 下級司祭が声を荒げた。

「巡礼者の献身が薄い。罰が――」


「罰で車輪は回らん!」

 隊長が怒鳴り返す。

「油が無いんだ。短杭面は油と祈祷で育つ。どちらか欠ければ、ただの棒だ!」


 言い合いの向こうで、聖印粉を撒いた斥候が首を傾げた。

 粉は白い足跡を浮かせるはずだった。

 だが今日は、輪郭がぼやける。反応が遅い。


「影が濃い……? いや、違う。白が薄い」


 隊長は歯噛みした。

 魔族の影が強まったのではない。

 こちらの“白”が落ちた――そんな感覚だけが、背骨に張り付く。


 詰所の鐘が鳴った。短い、急の合図。

 次々と札が届き、次々と否定される。


 補給:短杭三点、設営完了。→面が育たず。

 補給:聖油、前線に到達せず。→原因不明。

 補給:祈祷役、交代。→効果変わらず。


 誰も状況を説明できない。

 説明できないから、責任だけが肥える。


「――高城殿は?」

 副官が、誰にも聞こえないように言った。

 高城ユウキ。二番手の“勇者”。現場で火力を振るう切り札。


 隊長が一瞬、黙る。

 そして唇を引き結んだ。


「……使えない。所在不明だ」


 その言葉は、火種だった。

 詰所の空気が、わずかに冷える。


「また暴れたのか」

「消されたんじゃないのか」

「いや……“外殻”に回されたとか……」


 噂が噂を呼ぶ。

 根拠は無い。だが、根拠が無いほど燃えるのが噂だ。


 副官が慌てて遮った。

「黙れ。そんな話、口にするな。神罰を――」


「神罰?」

 運搬役が鼻で笑った。

「罰は今、俺らの荷車の下にある。誰が祈っても動かん」


 隊長は拳を握り、感情を押し殺した。

 この現場は崩れかけている。崩れたら、短杭面が裂け、巡礼路が死に、掃討が途切れる。


「司令所へ行く。今すぐ原因を掴む」

「原因など、魔族の妨害に決まって――」

「決めるな。決めた瞬間、対処が遅れる」


 隊長の言葉は、祈りより現実寄りだった。

 だからこそ、周囲の司祭の目は冷たい。


 司令所では、札が積まれ、声が飛び、責任が飛び交っていた。


「主幹柱の出力が落ちている」

 誰かが言った。

「祈りが吸われる。供給が戻らない」


「主幹柱が……? そんなはずは」

 司祭が青ざめた。

 主幹柱は心臓だ。配り、回し、白を維持する主幹。そこが鈍れば、全部が鈍る。


 隊長は低く問う。

「原因は」


「不明」

 答えは短い。

「接続は生きている。だが流れが――意味を失っている」


 意味を失う?

 隊長は背筋に寒気を覚えた。

 壊されたのではない。殺されたのでもない。

 “機能”だけが死んだような言い方だった。


 ――そのころ、聖都。


 大聖堂の奥、白い壁に囲まれた会議室では、蝋燭の炎だけが落ち着いて揺れていた。

 机の上には巡礼路の図と短杭配置図、そして“主幹柱”の祈祷記録。

 数字が並ぶ。祈りが、数字になっている。


「出力低下は事実です」

 参謀役の司祭が、喉を鳴らした。

「外周の面制圧が育ちません。聖油の搬送は遅延。巡礼杭の消耗も早い。現場は――」


「現場は、祈りが足りぬと言う」

 反対側の席が冷たく切った。

「巡礼者の献身が薄い。魔族の影に怯え、歩みを止める。それこそが原因だ」


「歩みが止まるのは、油が届かないからです」

 軍務側の聖騎士が噛みつく。

「道を守れと言うなら、まず回路を回せ。祈りだけでは短杭は光らん」


 言い合いの先で、一人の男が指を組んでいた。

 白い法衣。肩には枢機の飾り。

 セルベルト。


 彼は議論を聞いていないようでいて、必要な部分だけを拾う。

 そして、最も扱いやすい形に整える。


「……原因は、敵の干渉だ」

 セルベルトが静かに言った。


 室内の空気が固まる。

 “干渉”――その一語は、責任の矛先を外へ向ける魔法だった。


「主幹柱は生きている。だが、流れが“意味”を失っている。これは破壊ではない。機能を殺すやり口だ」

 セルベルトは記録の端を指でなぞった。

 祈りの波形が、途中から鈍っている。断線ではない。戻ってくるのに、届かない。


「魔族が……そんなことを?」

 誰かが呻いた。


「だからこそ、従来の対処は通じぬ」

 セルベルトは顔色一つ変えない。

「面を広げるのは時間がかかる。油を回すのも時間がかかる。主幹柱を守るのも、もはや“守るだけ”では遅い」


 彼は短杭配置図に朱を引いた。

 広げる線を消し、代わりに点を太くする。


「一点に集約する。器を立て、光を集中させる」


「それが――外殻シェル計画……」

 技術司祭が息を呑む。


 セルベルトは頷いた。

「殉教者の核を、聖具に落とす。装着者に光を束ねる。主幹が鈍っても、前線を折らせない」


 軍務側が問う。

「装着者は誰だ」


 セルベルトは、ためらいなく答えた。


「坂上マサト」


 異世界召喚の象徴。

 “勇者”として飾り立てるに足る、扱いやすい少年。


「高城ユウキはどうする」

 小さな声が落ちた。


「高城殿は……現場で制御が利かぬ」

 軍務側が渋い顔をする。

「所在も不明です」


 セルベルトは、その“穴”を見逃さない。

 穴は埋めるのではない。利用する。


「不在は不在として処理する」

 セルベルトは淡々と言った。

「必要なのは、現場が信じる旗印だ。揺らいだ白を、誰かの胸に結び直す」


 彼は書記に目を向ける。

「命令札を。外殻計画、前倒し。即時稼働。掃討は継続し、狩りへ切り替え。――器を前へ」


 封蝋が落ちる。

 白い紋が、乾く。


 そして札は、聖都から現場へ落ちていった。


 司令所に戻る。


 上からの札を受け取った隊長は、読み、息を止める。


外殻シェル計画、前倒し。即時稼働』

『器を立て、光を集中させよ』

『坂上マサトを前へ』


 司令所の喧騒が、一瞬だけ消えた。

 誰もが、その三行の重さを理解してしまったからだ。


 鈍った白を、取り戻す方法が示された。

 代わりに――何かを、削り取る方法が。

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