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世界に二度殺された俺は、“悪”として全部ぶっ壊す 〜自分以外のクラス全員光の使徒になったので、魔王軍の幹部になりました〜  作者: 安威要


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第49話 心停止前夜――柱に触れる

 白が痩せた。

 昨日まで森の奥を押していた圧が、ほんのわずかに抜けている。


 それは勝ちの匂いでもあるし、同時に――敵が本気になる合図でもある。


「……息が、少しだけ楽」

 レアが低く言った。


「血管が切れた分、心臓が空回りしてる」

 ショウマは淡々と答え、《結界操作》の膜を薄く張る。

 消す膜じゃない。輪郭を削って馴染ませる膜。

 今日は“止める夜”の前日だ。壊す夜ではない。


 囮終点の方角で、灯が揺れている。

 敵の目が引かれている。

 昨日仕込んだ“終点の匂い”が、ちゃんと効いている。


「今のうちだ」

 ショウマは短く言った。

「穴から入る。近づく」


 リュシエンヌが上品に微笑む。

「まぁ。心臓に触れる夜ですのね」


「触れるだけだ」

 ショウマは釘を刺す。

「止めるのは、次」


「従順ですわ」

 リュシは半歩下がる。抑え最小限の顔。



 侵入口は、昨日抜いた“裏動線”。

 補給扉ではない。補給扉へ繋がる、人が点検に使う細い通路。

 白の圧が濃い場所ほど、逆に盲点がある。

 強い光は、強い影を作る。


 影走りが先に滑り込み、巡回の癖を一拍だけずらす。

 レアが続き、見張りを二人、音もなく無力化した。

 鼻口を抑えるのではなく顎を固定して呼吸を落とす。倒す前に受ける。

 殺さない。置く。


 ショウマは《結界操作》で、通路の“足音が届く意味”を薄くした。

 完全には消せない。聖域帯が濃すぎる。

 だから遅らせる。一拍ずつ。


 通路の先、白い柱が見えた。

 近い。近いほど圧が重い。肺の底が押される。

 胸の針が、柱へ引かれる。

 標が、そこにある。


「……心臓」

 レアが呟いた。


 ショウマは頷くだけで答えた。



 柱の周囲は、“回路”だった。

 床に溝。溝に薄い聖油の跡。

 壁に刻まれた聖印。短杭の点が、ここへ向かって線を作る。

 祈りの声が、遠くから一定のリズムで響いている。

 唱和。手順。止まらない工場の音。


(集めて、配る)

(祈りと油と杭で、心臓にしてる)


 ショウマの因果視界では、白い線が柱へ吸い込まれて、また散っていくのが見える。

 そして、その白の中に――潰して固めたような線が混じっている。

 人の線。残滓。


 喉が冷たく固まる。

 怒りは熱じゃない。冷たい。だから折れない。


「……ある」

 ショウマは低く言った。

「やっぱり、ここだ」


 レアが一度だけ拳を握った。

 言葉は飲み込む。役割が先だ。


 リュシエンヌが上品に囁く。

「綺麗なほどに、悪趣味」


「余計な感想は後」

 ショウマは短く切り、腰の袋を開いた。


 絶縁繭。

 エヴェリナが用意した、聖圧を鈍らせる膜。

 それを、影印杭に被せる。


 影印杭を二本。

 深くは刺さない。柱を壊すわけじゃない。

 柱の外縁、回路の“脈”が通る位置に置く。


「ミニ網だ」

 ショウマは小さく言う。

「ここで“吸い”を成立させる準備」


 レアが頷く。

「次で止める」


 リュシが微笑む。

「止めるなら、もっと確実に――」

 言葉の途中で止めた。

 視線が、ショウマの手袋へ落ちる。上品に、ちらり。


 ショウマは言う。

「今は要らない」

 即断だ。曖昧にしない。

「今日は触るだけ。止めるのは次。血の許可は出さない」


「まぁ」

 リュシは従順に引いた。

 だが目の奥は夜だ。


 レアが腕を強く組み直す。

 ムッとする感情を押し込み、前を見た。

 揉める余裕はない。ここは心臓の近く。



 仕込みは済んだ。

 次は確認。

 止められるかどうか、触って確かめる。


 ショウマは手袋の上から、柱へ掌を当てた。


 瞬間、白の圧が跳ねた。

 反発ではない。吸い込まれる感覚。

 世界の“流れ”が、掌の下に集まってくる。


(――重い)

(これが、心臓)


 ショウマは《結界操作》で、ほんのわずかに“向き”を捻った。

 止めない。止めかける。

 脈が一拍だけ、乱れる程度。


 柱の白が、ほんの僅かに唸った。

 見える者には見える。

 見えない者でも、感じる。


 祈りのリズムが、瞬間だけ乱れた。


「……っ」

 レアが息を詰める。

「今、揺れた」


「止められる」

 ショウマは淡々と言った。

「理屈は通る。次で、止める」


 その直後だった。


 外周の方角で、灯が一斉に動いた。

 囮終点に寄っていた光が、突然“戻る”。

 戻り方が速すぎる。


(気づいた)

(いや――気づかれた)


 白い膜が、周囲で増える気配。

 短杭が“面”を張る速度が上がる。

 聖印粉が撒かれる、乾いた音。

 そして、鎧の擦れる音。狩りの歩き方。


「包囲が来る」

 影走りが指で合図した。

 言葉はない。動きだけで分かる。


 リュシエンヌが上品に微笑む。

「まぁ。間が悪いこと」


「間が悪くていい」

 ショウマは柱から手を離さない。

 今、掴んだ。

 脈の癖。流れの向き。止め方の感触。


 そして――


 “鐘”が鳴った。


 音ではない。

 空間が震えるような鳴動。

 聖印そのものが「異常」を周囲へ告げる警報。


 外から怒号が上がる。


「主幹が揺れた!」

「侵入だ! 面を張れ! 短杭を繋げ!」

「祈祷役、詰所へ! 白を落とすな!」


 レアが即座に前へ出る。撤退線を作る動き。

 殿の癖が出そうになるが、押し込めている。役割だ。


「撤退ルート、こっち」

 短く、強い。

「走る。転ぶな」


 リュシが微笑みながら、瞳の赤を一段濃くした。

 だが圧は出さない。まだ出せない。約束がある。


「ショウマ」

 レアが呼ぶ。

「離れて」


 ショウマは最後に、柱へ掌を押し当てたまま言う。

「心臓は、止まる」

 声は低い。冷たい。


 そして手袋の上から、柱の脈を一拍だけ“殺しかける”。

 止めない。止めかける。

 次の夜のための、釘打ちだ。


 柱が、短く唸った。

 白が一瞬だけ痩せる。

 祈りのリズムがまた乱れる。


「……これでいい」

 ショウマは掌を離し、振り返った。


 外周から足音が迫る。

 複数。監督役の靴音じゃない。掃討隊。

 狩りに慣れた隊列の足音。


 白い面が、こちらへ伸びる。

 短杭の点が繋がり、逃げ道が削られる。


 ショウマは弓へ手を伸ばしながら、冷たく言った。

「心臓は止まる。問題は――」


 レアが先に走り、影走りが続く。

 リュシが一歩だけ前へ出る。微笑みのまま。


「俺たちが、生きて帰れるかだ」


 警報の鳴動が、まだ続いていた。

 心停止の夜は、もう目前だ。

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