第43話 心臓の場所
吊り橋の炎は、遠くでまだ揺れていた。
白い火の壁が、道を塞ぐ。
回り道はできる。だが「すぐ追う」には向かない。
ショウマはそれを背に、影走りの合流地点へ戻っていた。
捕虜の列は、崩れずに保たれている。
ギリギリだが、保っている。
レアが先頭から戻り、短く言う。
「歩ける者が、支える形ができた」
「よし」
ショウマは頷き、結界を薄く張り直した。
音と熱を薄く殺すだけ。
今は戦うより、列を生かす。
リュシエンヌが上品に微笑む。
「まぁ。二便も止めてしまいましたのね」
「止めた」
ショウマは淡々と答えた。
「流れを止めた」
レアがリュシを見て、少しだけ顔をしかめる。
だが言わない。
今は作戦が優先だ。
◇
安全柵の内側。
倒れない程度の休止だけ取らせ、ショウマは戦利品を並べた。
印章。
運用札。
小型の聖印板。
祈祷役の袋から抜いた、設営点更新の控え。
地図の写しの上に置くと、「点」が揃う。
揃うほど、嫌なことが分かる。
教会は、道を作っている。
杭で血管を伸ばし、箱で燃料を流し、標で追う。
「……これで、次の点が見える」
レアが覗き込み、短く言う。
「幹線?」
「たぶん」
ショウマは指で符丁を叩いた。
「けど俺の読解は雑だ。ここは専門に投げる」
羽音のない黒点が落ちる。
連絡蟲。
すぐに糸線が地図へ走り、文字が滲んだ。
――印章・札、照合開始
――集積所コード、復元可能
――巡礼路“主幹”、一点あり
ショウマは息を吐いた。
「……来た」
さらに糸が落ちる。
地図の上に、ひとつだけ太い点。
周囲の点より濃い。
道が集まる場所。
レアが言う。
「心臓」
「心臓だ」
ショウマは頷いた。
「喉笛は切った。次は心臓――流れの根を叩く」
捕虜の列の方から、誰かが小さく咳き込んだ。
現実が引き戻す。
今ここで心臓へ走れば、列が死ぬ。
レアもそれを見て、先に言った。
「列を先に送る」
「送る」
ショウマは即答した。
「ドルガの拠点へ。前線へ合流させる」
「俺たちは少数で心臓の場所を確定しに行く。破壊じゃない。偵察と奪取だ」
リュシエンヌが上品に微笑む。
「先行偵察なら、夜のわたくしが」
「要らないと言ってない」
ショウマは釘を刺すように言う。
「ただし抑え最小限。許可制は守れ」
「ええ。従順ですわ」
レアが一度だけ腕を強く組み直した。
我慢できない感が、ほんの少し漏れる。
それでも口は挟まない。
今は、勝ち筋が先だ。
◇
前線拠点。
ドルガは、列の姿を見た瞬間に顔を歪めた。
「……生きて、帰したのか」
「確認できた捕虜は、全員だ」
ショウマが言う。
ドルガは息を吐き、拳を胸に当てた。
「礼を言う。魔将殿」
粗い声が、一瞬だけ震える。
レアが短く言う。
「ここからは私の隊で引き継ぐ。休ませて、食わせて、歩ける者から回復を回す」
「任せる」
ドルガは頷き、視線をショウマへ戻した。
「で、次は何だ。顔が戦の顔になってる」
ショウマは印章と札を見せる。
「心臓の場所が出た。巡礼路の主幹――聖骸核の流れの根」
ドルガの片目が鋭くなる。
「……叩けるのか」
「叩く前に、見る」
ショウマは淡々と言う。
「守りがどれだけ厚いか分からない。今叩けば勝てるって段階じゃない」
ドルガは一度だけ笑って、すぐ真顔に戻った。
「合理だな。好きだ」
◇
魔王城。
夜の回廊は静かだった。
謁見の間に通されると、ミラが立っていた。
暫定統治者。
背筋が真っ直ぐで、弱音を吐かない顔。
グルドはいつもの好々爺の笑みで、机の横に控えている。
目だけが冴えている。
リュシエンヌは一歩前へ出て、優雅にカーテシーを決めた。
「……夜麗姫、ここに復帰を宣言し、併せてご報告いたしますわ」
ミラは一拍で頷いた。
「よく戻った。リュシエンヌ」
そして視線をショウマへ移す。
「ショウマ。報告を」
「捕虜救出、成功」
ショウマは短く切り出す。
「次に、巡礼路の中継点を叩き、帳簿を奪取」
「さらに聖骸核の箱の輸送二便を止めた。燃料は回収不能にした」
ミラの眉がわずかに動く。
「……燃料?」
ショウマは言い換える。
「教会が大規模光術を撃つための核。媒体だ」
「中身は、嫌な線だった。詳細は、確定してから言う」
ミラは頷く。
「分かった。無理に言わせない」
真面目な声。揺れない。
グルドがゆっくり口を挟む。
「巡礼路の主幹を止めれば、聖教会の大規模術は鈍りますぞ」
「……そして、聖なる炎の供給も細る可能性がある」
魔王の傷。
あの消えない聖炎。
ミラの指が一瞬だけ強く握られた。
「心臓の場所は?」
ミラが問う。
ショウマは印章と札を差し出す。
「符丁から一点が浮いた。エヴェリナが照合済み」
「次は偵察と追加奪取。破壊はまだ」
ミラは即答した。
「許可する」
「ただし深入りはするな。今の魔王軍は、消耗に耐えない」
「影走りの支援を付ける。必要ならドルガの援軍も要請できるようにしておく」
ショウマは頷く。
「了解」
リュシエンヌが上品に微笑み、流し目を一つ落とす。
「影の魔将殿の働きは、まこと見事でしたわ」
「山越えも、吊り橋も。まるで夜が味方しているようでしたの」
ミラは淡々と受け止めるだけだが、レアの横で空気が少しだけ固くなる。
レアが腕を強く組み直す。
我慢できない感が、わずかに漏れる。
ショウマはそれを見て、余計なことは言わなかった。
今は作戦が先だ。
◇
同じ頃。
聖教会側。
セルベルトは、聖印板の前で手を組み、声を整えていた。
「魔族が聖骸核を奪い、聖なる輸送を二度も汚しました」
「これは民への冒涜。悪しき魔に連なる者どもへの追討は、義務です」
「高城様のお力があれば、影など――」
レオンは、地図を見下ろしたまま言った。
「護送では足りない。掃討に切り替える」
「狩場そのものを潰す」
「影印杭の運用も学習した。次は通用しない」
セルベルトが静かに笑う。
「では高城様を前へ」
レオンは一拍だけ黙り、答える。
「必要なら呼ぶ」
「だが、まずは影を理解する」
怒鳴らない。
嘆かない。
ただ更新する。
◇
魔王城の回廊。
ショウマは手袋を直し、低く言った。
「心臓の場所は出た」
「次は潜って、見て、奪って、戻る」
レアが短く頷く。
「捕虜は前線で回復させる。私たちは少数で行く」
リュシエンヌが上品に微笑む。
「まぁ。あなたの“過去”に近づく夜ですのね」
ショウマは答えない。
代わりに、印章を握り直した。
聖圧が指先へ沈む。
喉笛は切った。
次は心臓。
その場所に、聖骸核の流れがある。
その流れの先に、ショウマの怒りの理由がある。




