第42話 次便狩り――吊り橋、燃える
次便は来る。
帳簿に書いてある。
そして、書いてある通りに動くのが教会の強さだ。
ショウマは絶縁繭に包まれた箱を一瞥し、地図の写しへ指を落とした。
谷を抜け、尾根腹を回り、最後に一本の吊り橋へ収束する。
「ここだ」
レアが短く答える。
「吊り橋」
「一本道になる。荷車は詰まる。隊列は伸びる」
ショウマは淡々と続ける。
「派手にやって、流れを止める」
リュシエンヌが上品に微笑む。
「まぁ。楽しそう」
「抑え最小限」
ショウマが先に釘を刺す。
「血も眷属化も禁止。許可が要る」
「ええ。許可制ですわ」
微笑みは貞淑。目は夜。
レアが吐き捨てるように言う。
「約束破ったら、私が止める」
「止められるなら止めてみろ」
リュシは笑って、ちゃんと引いた。
ショウマは会話を切る。
「準備する」
◇
吊り橋は谷を跨いでいた。
板が並び、鎖が張られ、風が通る。
下は暗い。落ちたら終わりだと分かる距離。
だから通路は一点に収束する。
だから喉笛になる。
ショウマは橋の手前に膝をつき、影印杭を二本抜いた。
聖印杭の聖圧が、肌を刺す。
だが絶縁繭で包んだ杭は、圧が鈍い。扱える。
一本目。吊り橋の“入口”から少しズラした外縁へ。
一本目が根を持つと、胸の針が揺れた。
二本目。反対側の外縁へ。
胸の針が二方向に引かれ、引っ張りが曖昧になる。
(終点を割る)
追う命令は一点に刺さるほど強い。
なら、刺し先を増やして薄める。
さらにもう一本。
橋の手前、短杭が打たれやすい“踏み固められた地点”へ。
(ここは受け皿)
(巡礼短杭の流れを吸う)
ショウマは結界の膜を厚めにして、杭の“溜まる意味”を補助した。
箱が来れば聖圧で吸い負ける。
だから最初から補助する。
レアが影になって周囲を見渡す。
「人の気配なし」
「来るのはすぐだ」
ショウマは息を整える。
「今日の相手は更新済みだ」
リュシが上品に囁く。
「護衛が厚い?」
「厚い。だから派手に切る」
ショウマは吊り橋を見上げた。
鎖。板。支柱。張力。整合。
(橋として成立している意味)
(そこを殺す)
破壊じゃない。
意味の破壊だ。
◇
やがて荷車の音。
鉄輪が石を噛み、松明が揺れる。
輸送隊は前回より明確に増えていた。
聖騎士が四。軽装護衛が六。
祈祷役が一。
短杭を携えた者が二。
荷車は二台。
分散。ダミー混ぜ。レオンの更新。
どちらが本命か。
見れば分かる。
封印帯が巻かれ、印章が押され、聖圧が濃い方。
それが“燃料”だ。
ショウマの胸の針が、ぐい、と引かれた。
本命の荷車へ。
そして同時に、影印杭へ。
(効いてる)
(でも、押し返される前に切る)
先頭の聖騎士が吊り橋を見上げ、低く命じる。
「渡るぞ。間隔を詰めるな」
祈祷役が聖油の小瓶を取り出した。
短杭を打つ準備だ。
(来る)
ショウマは結界を一段絞り、合図の意味を薄く殺した。
叫びは叫びのまま落ちる。
指示が届きにくくなる。
その一拍で、レアが動く。
荷車の御者へ。
鼻口を抑えるのではなく、顎を先に固定する。
肘を殺し、呼吸を奪う。
御者が音もなく落ちた。
馬が鼻を鳴らし、足を止める。
護衛が叫ぶ。
「何だ!?」
ショウマは《結界操作》で“最短”を殺した。
駆け寄る足が迷いになる。
祈祷役が短杭を抜き、地面へ打ち込もうとする。
同時に聖油が撒かれる。
儀式用の資材。巡礼路の導体。
(いい)
(自分で燃える材料を撒いた)
ショウマは踏み込み、短杭へ結界を叩きつけた。
“流す”意味を殺す。
刺さりかけた短杭が、ただの棒になる。
祈祷役の顔が引きつる。
「なっ――」
その隙にレアが影となり、祈祷役の背後へ。
顎固定。呼吸奪い。
意識が落ちる。倒さない。置く。
護衛が陣形を作り直す前に、吊り橋へ荷車が詰まった。
先頭の車が止まり、後ろの車が追いつき、隊列が伸びる。
ここからが派手だ。
◇
ショウマは吊り橋の“鎖”を見た。
板が揺れ、張力が鳴いている。
橋は張力と整合で成り立つ。
なら、整合だけを殺す。
《結界操作》
ショウマは吊り橋全体に、薄い膜をかける。
膜が触れるのは材質じゃない。
“橋として成立している意味”。
耐荷重の整合。
張力の均衡。
揺れを戻す復元。
その“戻る”の意味を、少しだけ抜いた。
ギィ……ッ、と鎖が鳴く。
板が波打つ。
揺れが揺れのまま残り、戻らない。
聖騎士が叫ぶ。
「橋が――!」
次の瞬間、吊り橋が沈んだ。
落ちたのは板の半分。
完全崩落ではない。
人が即死する形にはしない。
だが荷車は違う。
重い。聖圧が乗っている。
荷車の車輪が板を裂き、荷台が傾いた。
封印帯の巻かれた箱が、ずるりと滑る。
(落とす)
(回収不能にする)
ショウマは結界で箱を包み、落下の“方向”だけを制御した。
人が落ちない方へ。
谷底へ。
箱が暗闇に吸い込まれていく。
聖圧の塊が落ちる。
空気が震える。
胸の針が、ズン、と谷底を指した。
追跡の終点が、そこに固定された。
(井戸だ)
(聖圧の井戸)
◇
背後で、炎が上がった。
祈祷役が撒いた聖油が、地面に残っている。
そこへショウマが結界で“点火条件”だけを成立させた。
火種を投げない。
魔法で火を出さない。
ただ、燃えるための意味を揃える。
白い炎が走る。
壁になる。
輸送隊の背後が、火に包まれた。
「退路が……!」
護衛が叫ぶ。
リュシエンヌが上品に微笑む。
「まぁ。お見事」
レアが苛立ち混じりに言う。
「褒めてる暇あったら見張れ」
リュシは貞淑に頷き、夜の圧を一拍だけ落とした。
護衛の踏み込みが止まる。
抑え最小限。約束の範囲。
ショウマは吊り橋の端で、息を吐いた。
殺していない。
だが“流れ”は止めた。
燃料は谷底へ落ちた。
巡礼路はそこで終点を持ち、回収に手間がかかる。
次便の流れは途切れる。
(これが俺の悪だ)
◇
撤収は早い。
ショウマは倒れた祈祷役の袋を回収した。
印章。
運用札。
小型の聖印板。
次の設営点更新。
そして箱番号に対応した符丁。
(幹線が見える)
レアが短く言う。
「追撃来る」
「来る前に消える」
ショウマは即答し、結界で炎の“届く意味”を薄くした。
燃えるが、追ってくる側の視界を食う。
三人は影へ溶ける。
◇
遠く。
レオンは報告を受けた。
「第二便も……抜かれました」
レオンは怒鳴らない。
淡々と地図を見下ろし、言う。
「護送では足りない」
「次は掃討に切り替える」
セルベルトが静かに口を挟む。
「高城様にご助力を。……光の御手があれば」
レオンは一拍だけ黙り、答えた。
「必要なら呼ぶ」
「だが、まずは影を理解する」
◇
ショウマは手袋を直し、奪った印章を握った。
聖圧が、じわりと指先へ沈む。
「次は心臓だ」
レアが頷く。
「幹線」
リュシエンヌが上品に微笑む。
「まぁ。もっと派手になりますのね」
「派手でも、やることは同じだ」
ショウマは低く言った。
「奪うだけじゃ足りない」
「流れは、止める」
谷の向こうで、白い炎がまだ揺れていた。
吊り橋は半分落ち、巡礼の道は詰まった。
聖骸の箱は、谷底の暗闇に沈んでいる。
回収させない。
燃料を戻させない。
それが、影の魔将の悪だった。




