第40話 聖骸の箱を狩る
帳簿の文字は、整いすぎていた。
人間の国の書式。印章。箱番号。護送担当。巡礼路の設営点。
そして、そこに混じる一語。
「……聖骸核」
ショウマが低く呟くと、レアの目が細くなる。
「箱?」
「箱だ」
ショウマは帳簿を閉じ、地図の写しへ重ねた。
中継点から伸びる線。谷筋。林の入口。尾根のくびれ(鞍部)。
定型ポイントを繋ぐ“運搬線”が一本、浮かぶ。
運ぶ。
守る。
祈りで道を作り、標で追跡し、護送で確実に届ける。
(血管だ)
レアが短く言う。
「派手にいく?」
「派手にいく」
ショウマは即答した。
「襲って、奪って、止める」
「殺さずに」
レアが頷く。
「無力化」
リュシエンヌが上品に微笑んだ。
「まぁ。箱を奪う強盗ですのね」
「お前らが言うところの極悪人だからな」
ショウマは淡々と言って、最後尾へ回る。
捕虜の列はまだ動ける。だが限界は近い。
だから――一撃で稼ぐ。
輸送隊を止めれば、巡礼路は一度詰まる。
詰まれば列は進む。
◇
夜の谷筋。
道は一本。荷車が通れば音が出る。
音が出れば、影が狩る。
ショウマは結界を“狭く厚く”張った。
壁ではない。
走りやすい足場と、走りにくい足場を作る膜。
合図の意味を薄くし、隊列の繋がりを削る膜。
レアが先に入り、影になる。
護送の先頭と後尾を確認する。
護衛の数。巡礼杭(短杭)の有無。
リュシは、列から離しすぎない位置に置いた。
抑え最小限で“踏み込み一拍”を奪える距離。
「血も眷属化も禁止」
ショウマが念押しすると、リュシは貞淑に微笑む。
「ええ。許可制ですわ」
レアが小さく舌打ちする。
「言い方が腹立つ」
「腹立つのは後」
ショウマは切った。
「来るぞ」
◇
荷車の音がした。
軋む木。鉄輪が石を噛む音。
そして、松明の火。
先頭に聖騎士二。
左右に軽装の護衛が四。
荷車の横に二。
後尾に聖騎士一。
計九。
中継点の対策が反映されている。数も練度も上がっている。
荷車は一台。
布で覆われた箱が二つ。
片方が小さく、片方が大きい。
大きい方には印章付きの封印帯が巻かれていた。
(本命だ)
ショウマの胸の針が、ぐい、と引かれる。
標が反応している。
獲物は箱。もしくは箱に絡む“祈りの線”。
ショウマは息を吐き、結界の膜を一段絞った。
まず隊列を割る。
次に護送を止める。
最後に箱を奪う。
◇
合図は弓じゃない。
結界だ。
ショウマは道の中央へ“境界”を立てた。
薄い不可視の段差。
踏み込んだ瞬間だけ足首が遅れる。
先頭の聖騎士が一拍遅れた。
それだけで、荷車の速度と噛み合わない。
隊列の繋がりが一瞬ほどける。
その瞬間、レアが影になる。
荷車の横の護衛へ。
顎固定。肘殺し。呼吸奪い。
意識が落ちる。倒さない。置く。
二人目も同じ。
三人目が振り向いて叫ぼうとする。
だが叫びは叫びのまま落ちた。
ショウマが“合図が届く意味”を薄くしている。
後尾の聖騎士が駆け寄ろうとする。
ショウマは《結界操作》で“最短”を殺した。
走っても、走る意味が薄い。
一歩が二歩になり、二歩が迷いになる。
「敵襲――!」
声が届く前に、荷車の前が止まった。
御者が手綱を引き、馬が鼻を鳴らす。
そこで、護衛の一人が短杭を抜いた。
可搬式巡礼杭。
地面へ打ち込もうとする。
(来たな、レオンの更新)
ショウマは即座に踏み込み、《結界操作》で短杭の“流す”意味を殺した。
刺さりかけた短杭が、ただの棒になる。
聖域帯が立ち上がらない。
護衛が目を見開く。
その一拍で、レアが顎を取って落とした。
◇
残りの護衛が荷車の前に集まる。
囲う。死守。
隊列が形を作り直し始めた。
そこへリュシエンヌの夜が落ちる。
上品な微笑みのまま、紅い瞳が護衛たちを見下ろす。
足が止まる。呼吸が一拍遅れる。
夜の圧。
ショウマが低く言う。
「抑え最小限」
「ええ」
リュシは一拍だけ圧を落とし、すぐ引く。
それ以上はしない。
約束を守る。
その一拍で、ショウマは荷車へ手を伸ばした。
箱の封印帯に刻まれた聖印が、掌をひりつかせる。
(聖圧が強い)
ショウマは結界の膜で接触を薄く殺し、封印帯を掴む。
《結界操作》で“封じる”の意味の端を削る。
完全に解かない。解くと警報が鳴る。
だから“固定だけ”を弱める。
封印帯が緩んだ。
次の瞬間――箱の中から、濃い線が立ち上がった。
因果視界に、嫌なものが見える。
潰して固めたような線。
人の線。
泣き声の残り香。
(……やっぱり、これか)
ショウマの喉が、少しだけ乾いた。
怒りは熱にならない。
冷える。
レアが気配で察し、短く言う。
「中身、何」
「……後で説明する」
ショウマは即答し、箱を荷車から引きずり下ろした。
重い。聖圧が肩に沈む。
小さい方の箱も同じだ。
ただ、線の濃さが違う。
大きい方が、圧倒的に濃い。
リュシエンヌが、上品に囁いた。
「蓄電池みたいなものですのね」
ショウマが一瞬だけ目を細める。
現代の知識を血で掠め取っているから出る例えだ。
「分かりやすい」
ショウマは短く褒めた。
レアが眉を顰める。
「……ちくでんち?」
リュシが貞淑に微笑む。
「溜める箱、という意味ですわ」
その一拍の会話で、護衛が動き直す。
後尾の聖騎士が剣を抜き、突っ込んできた。
(来る)
ショウマは箱を結界で包み、足元へ“境界”を立てる。
踏み込みが遅れる。
その遅れを、レアが狩る。
顎固定。呼吸奪い。
意識が落ちる。倒さない。置く。
殺さない。
だが、奪う。
◇
箱を背負うのは無理だ。
荷車を使う。
ショウマは馬の手綱を掴み、結界で“暴れる意味”を薄くして落ち着かせた。
御者は意識を落としたまま倒れている。
起こす暇はない。
「引く」
ショウマが言う。
レアが荷車の後ろへ回り、押す。
リュシが横に並び、夜の圧で残った護衛の踏み込みを一拍ずつ止める。
抑え最小限。
だが十分だ。
荷車が動く。
鉄輪が石を噛み、音が谷に響く。
ショウマは結界で音の“届く意味”を薄く殺した。
消せない。
だが届く範囲を削れる。
追手が来る前に、距離を取る。
背中で、胸の針がまた引かれた。
標が反応している。
今度は箱そのものが“終点”になっている。
(……やっぱり、目印は増えた)
ショウマは歯噛みし、低く言った。
「影印杭を使う。今度はこっちが“終点”を選ぶ」
レアが短く頷く。
「置く場所は?」
ショウマは地図の写しを一瞥した。
谷の分岐。
道が二つに割れる場所。
「分岐だ。追うなら、迷わせる」
リュシエンヌが上品に微笑む。
「まぁ。巡礼が、追うほど迷う」
ショウマは箱へ目を落とした。
封印帯の隙間から、濃い線が滲む。
潰して固めた線。
人の線。
胸の奥が、冷たく決まった。
(俺の悪は、教会に刺さる)
(この箱ごと、仕組みごと、壊す)
荷車は闇へ消える。
背後で白い灯が揺れ始めた。
巡礼路が、追ってくる。




