第39話 中継点の喉笛
列は止めない。
止めた瞬間、足が死ぬ。心が折れる。
ショウマは最後尾で結界を薄く張りながら、奪った聖印板の刻印を地図に重ねていた。
エヴェリナの糸線と合わさり、“点”が一つ浮かび上がる。
谷の合流点。
小さな石造の倉庫――砦まがいの中継点。
「ここが喉だ」
レアが先頭から戻り、短く言う。
「列は?」
「動ける。けど限界は近い」
ショウマは顔を上げずに答えた。
「だから喉を切る。追跡の血流を細くする」
レアが頷く。
「護送は影走り残隊に回す」
谷筋で合流した影走りが二名。
レアの合図で列の左右に入る。
捕虜たちは目を丸くしたが、すぐ黙って従った。
ショウマは中段を見た。
リュシエンヌが上品に微笑む。
「わたくしは?」
「来い。ただし抑え最小限」
「血も眷属化も禁止。許可が要る」
リュシは貞淑に口元へ指を添える。
「ええ。従順ですわ」
レアが小さく息を吐く。
「腹立つ」
「腹立つのは後」
ショウマが切った。
「今は勝ち筋だけ見る」
◇
中継点は、谷が合流する場所にあった。
古い石壁。低い塔。倉庫の扉は鉄。
夜でも灯が消えない。
護衛は増えていた。
外周に四。入口に二。
練度のある聖騎士が混じる。
(レオンの更新が早い)
ショウマは岩陰に伏せ、結界を“狭く厚く”張った。
壁ではない。迷わせる膜。
距離感と合図の意味だけを薄く殺す。
そして杭束から二本、影印杭を抜く。
聖圧が肌を刺す。
だが結界の膜越しなら扱える。
一本目。
中継点の外縁、本道から少しズラした位置へ打つ。
流す→溜める。
通す→吸う。
固定する→落とす。
杭が地面に根を持った瞬間、胸の針がわずかに揺れた。
二本目。
反対側の外縁へ。距離を取って打つ。
次の瞬間、胸の針が“二方向”に引かれた。
一本だった引っ張りが曖昧になる。
聖圧が一点に定まらず、薄く広がる。
(……割れた)
レアが囁く。
「空気が変」
「標の終点が二つになった」
ショウマは息を殺して答える。
「追う命令が、どっちにも吸われてる」
リュシエンヌが上品に微笑んだ。
「まぁ。迷子にする網」
「網はまだ浅い。気づかれたら終わりだ」
ショウマは言う。
「今のうちに喉を切る」
◇
レアが影になる。
外周の見張りの背後へ滑り込み、顎を先に固定した。
鼻口ではなく、呼吸そのものを奪う型。
短い抵抗。
意識が落ちる。
倒さない。置く。
二人目も同じ。
三人目は反射が速く、肘が跳ねた。
だがレアは迷わない。肘の角度を殺し、顎を取って落とす。
ショウマはその間、結界で“合図が届く意味”を薄くしていた。
叫んでも叫びは叫びのまま落ちる。
走っても走る意味が薄い。
入口の護衛へ向かう。
そこに、手順の硬さがあった。
合図が届かなくても、一定の間隔で交代が来る。
一定の間隔で内部確認が入る。
(合図に頼らない運用……厄介)
ショウマは結界の膜を一段絞る。
時間をかけたら発見される。
「行く」
ショウマが短く言う。
レアが頷き、入口の護衛へ滑り込む。
一人目を無力化。
二人目が剣を抜く――その瞬間、ショウマが《結界操作》で“踏み込み”の意味を抜いた。
足の力が空振りする。
剣が届かない。
そこでレアが顎を取って落とす。
入口が静かになった。
◇
倉庫の扉は重い。
だが意味を殺せば、ただの板だ。
ショウマは《結界操作》で「閉じている」を抜く。
錠が呆気ないほど静かにほどけ、扉が開いた。
中は冷たい。
そして“整っている”。
聖油の匂い。乾いた紙の匂い。祈祷具の金属音。
棚に杭束。
短杭。
聖印板が数枚。
小瓶――聖油。
布で包まれた祈祷具。
そして机の上に、帳簿。
(本命だ)
ショウマが帳簿へ手を伸ばした瞬間。
床の端で、短杭が淡く光った。
聖圧が一気に締まる。
空気が固くなる。息が詰まる。
見張り用の簡易結界――“反応杭”。
(罠か。最初から狩られる前提)
外で足音が鳴った。
護衛の交代が来る。
合図なし手順のせいで、こちらの“静か”が長続きしない。
レアが短く言う。
「来る」
「来させる。止める」
ショウマは即答した。
リュシエンヌが一歩前へ出る。
「抑え最小限?」
「そう」
リュシは微笑み、扉の外へ視線を向けた。
夜の圧が落ちる。
踏み込みが一拍止まる。
ショウマはその一拍で、帳簿を抱えた。
ついでに聖印板を一枚。聖油の小瓶を二本。
杭束は重い。全部は持てない。
「杭束は半分」
ショウマが言う。
レアが即座に棚から二束を担ぐ。
顔は不機嫌だが、仕事は速い。
外で、扉が叩かれた。
「交代だ――」
声が止まる。
聖圧の異常に気づいたのだ。
「……何だ、この締まりは」
扉が開きかける。
ショウマは《結界操作》で“開く”の意味だけを薄く殺した。
押しても押しても、開きが悪い。
その間に、こちらは撤収する。
レアが影になり、入ってきた一人を無力化。
次の一人が剣を抜く。
ショウマは殺さない。
結界で“踏み込み”を抜き、足を止める。
止まったところをレアが落とす。
リュシは、夜の圧を一拍だけ落として下がる。
やりすぎない。
約束を守っている。
◇
倉庫の外へ出ると、聖圧がまだ薄く広がっていた。
影印杭が二本。
反応杭が締めた聖圧を、少し吸っている。
時間を稼げる。
だが長くはない。
ショウマは帳簿を開き、走りながら数行だけ拾った。
記号。印章。日付。箱。
(……“聖骸核”)
文字があった。
箱の記録。印章付き。
輸送。護送。巡礼路。
そして、因果視界に一瞬だけ混じる。
潰して固めたみたいな線。
人の線が、箱の記録の向こうにちらりと覗く。
ショウマは歯噛みした。
(やっぱり、ここに繋がる)
レアが短く言う。
「列へ戻る」
「ああ」
ショウマは頷き、帳簿を閉じた。
「喉笛は切った。追跡の血流は細くなる」
「次は……動く心臓を狩る」
リュシエンヌが上品に微笑む。
「箱、ですのね」
「箱だ」
ショウマは低く言った。
「運ぶものがあるなら、運ぶ側がいる」
「俺の悪は、そこへ刺さる」
背後で、遠くに白い灯が揺れた。
巡礼路が引き直される気配。
レオンはきっと怒鳴らない。
嘆かない。
ただ更新する。
だからこそ、こちらも更新する。
帳簿が示す線を、影の狩り場へ引き直すために。
年が明けましたが、物語に影響はありません。
旧年中に多くの作品からこちらを見つけていただき、読んでくださったあなたに心からの感謝を申し上げます。
改めまして、本年もどうぞよろしくお願いいたします。




