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世界に二度殺された俺は、“悪”として全部ぶっ壊す 〜自分以外のクラス全員光の使徒になったので、魔王軍の幹部になりました〜  作者: 安威要


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第37話 影印杭、初運用

 尾根の鞍部は、風が通る。

 通るからこそ、祈りも通る。


 捕虜の列を先に動かし、少しでも距離を稼がせた。

 レアが先頭で歩幅を整え、倒れそうな者を支える配置を作る。


 ショウマは最後尾から一度だけ列を見て、頷いた。

「崩れてない。……このまま行ける」


「行かせる」

 レアの声は短い。

 その短さが、覚悟の固さだった。


 リュシエンヌは中段に残りたがったが、ショウマが指示した。

「今夜は俺とレアでやる。お前は列の側で抑えろ」


 リュシは上品に微笑む。

「まぁ。心配してくださるのね」


「抑え最小限だ」

 ショウマは釘を刺す。

「血も眷属化も禁止。許可が要る」


「ええ。従順ですわ」

 従順の笑み。だが目は夜。


 ショウマは視線を外し、レアと二人で鞍部へ戻った。



 鞍部は、道が寄る。

 寄らないと、谷を大回りすることになる。

 巡礼路を前進させたい側も、ここを使う。


 エヴェリナの連絡蟲が示した“定型ポイント”の一つ。

 つまり、杭が打たれる場所。


 ショウマは岩陰に潜み、結界を薄く張った。

 音と光を薄く殺すだけ。

 敵が来ることを前提に、邪魔はしない。


 レアが隣で短剣を抜き、息を整える。

「……どこに置く?」


「鞍部の中心じゃない」

 ショウマは地面を指でなぞった。

「巡礼杭は“祈りが通る線”の上に打つ。だから、わざと少しズラす」

「本道から外れた場所に“終点”を作る。標の命令を吸わせるなら、ここがいい」


 結界の膜越しに、杭束を引き寄せる。

 聖圧が、じわりと空気を締める。

 近づくだけで呼吸が浅くなる、あの圧。


 ショウマは《結界操作》で“接触”を薄く殺し、杭束を素手で触れずに扱った。

 そして一本、影印杭を抜き取る。


 棒状の聖具。

 表面に聖印が刻まれ、祈りを流す導体になっている。

 それを、影の受け皿にした。


 ショウマは杭を地面へ押し込みながら、結界の膜で“意味”を撫でた。

 流す→溜める。

 通す→吸う。

 固定する→落とす。


 杭が、地面に根を持った。


 その瞬間――胸の針が、ふっと軽くなる。

 引っ張りの方向がぼやけ、一本だった線が曖昧になる。


(……吸ってる)


 ショウマは息を止め、確かめた。

 まだ追われている。

 だが追跡の“刺し方”が変わった。


 レアが顔を上げる。

「今、空気が……軽い」


「ああ」

 ショウマは頷いた。

「巡礼の命令が、杭に吸われてる」


 レアが短く言った。

「効くね」


「効く」

 ショウマは即答した。

「でも“永続”じゃない。敵は必ず気づく」


 だからこそ、今夜の目的は一つ。

 列を遠ざける時間を作る。



 遠くで、聖圧が動いた。

 白い空気が、鞍部の方向へ寄ってくる。


(来た)


 足音が揃っている。

 設営班か。斥候か。

 どちらでもいい。今は“標が寄る先”を見せるのが目的だ。


 やがて、松明の火が二つ見えた。

 小隊。

 数は多くない。


 先頭の聖騎士が足を止め、空気を嗅ぐように顔を上げた。

「……ここだ」


 その言葉に、ショウマは内心で笑った。

 “ここ”はショウマじゃない。影印杭だ。


 聖騎士の視線が鞍部の中心へ向く。

 だが中心には何もない。

 少しズラした場所に杭がある。


 聖騎士は一歩、踏み出し――足を止めた。

 違和感に気づく。

 標の命令は“ここだ”と言っているのに、獲物がいない。


 その一瞬の迷い。

 それが影の狩りの入口だ。


 レアが影になる。

 背後に回り、鼻口を抑える前に顎を固定する。

 肘を殺し、呼吸を奪う。


 意識が落ちる。

 倒さない。置く。


 もう一人が反射で振り向く。

 ショウマは《結界操作》で“方向感覚”だけを薄く殺した。

 相手は一歩踏み出し、同じ場所を二度踏む。

 剣が空を切る。


 レアが滑り込み、同じように無力化。


 小隊は音もなく沈んだ。

 殺していない。

 ただ、止めただけだ。


 ショウマは倒れた聖騎士を一瞥し、低く言う。

「悪だよな、俺」


 レアが即答する。

「お前らが言うところの極悪人」


 ショウマは小さく笑った。

「そうだな」



 その頃。

 林の外で、レオンは歩みを止めていた。


 セルベルトが聖印板を見下ろす。

 巡礼の聖標が、奇妙に脈打っている。


「応答が……揺れています」


 レオンは眉一つ動かさずに言った。

「揺れているのではない。吸われている」


 セルベルトの目が細くなる。

「……杭ですか」


「杭だ」

 レオンは淡々と言う。

「敵は杭を奪った。なら、その杭を改造する」


 セルベルトが静かに祈りを落とす。

 標が応答し、また吸われる。

 追う命令が、終点を奪われている。


 レオンは結論を出す。

「巡礼杭を二重化する」

「設営班に護衛を増やせ。杭を打つ前に狩られる」


 怒鳴らない。嘆かない。

 ただ更新する。

 それが影にとって一番厄介な敵だった。



 鞍部。

 ショウマは胸の針の軽さをもう一度確かめた。


 効いている。

 だが長くはもたない。

 敵が解析した瞬間、次の手が来る。


 レアが短く言った。

「列、さらに離せる」


「ああ」

 ショウマは頷き、杭の位置へ目を向けた。

「置いたままにする。今夜だけでもいい」

「吸わせてる間に、距離を取る」


 背後で、風が鳴った。

 巡礼路の聖圧が、少し遠のいた気がした。


 ショウマは弓を背負い直し、低く言った。

「……次は、もっと面倒になる」

「だから、次はこっちが先に仕組みを壊す」


 影印杭は地面に根を持つ。

 巡礼の命令を飲み込みながら、白い追跡を迷わせている。


 そして影は、列の方へ戻る。

 今夜稼いだ時間を、次の攻勢の準備に変えるために。

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