第35話 杭設営班を狩れ
白い灯が、森の縁を舐めるように伸びていた。
巡礼路。臨時の聖域帯。
追う線が“道”を持った瞬間、逃げる側は一段不利になる。
だから――奪う。
ショウマは地図の写しを指で押さえた。
エヴェリナの連絡蟲が落としていった更新線が、白い列とは別に細く分岐している。
「杭設営班、こっちだ」
レアが頷く。
「護衛は?」
「少数。けど練度はある」
ショウマは淡々と言った。
「狙うのは人間じゃない。杭束と聖具だ」
リュシエンヌが上品に微笑む。
「まぁ。道具だけ奪うなんて、随分お優しい」
レアの目が冷える。
「優しいんじゃない。必要だから」
ショウマが短く切る。
「喧嘩は後。行くぞ」
◇
夜。
捕虜の列は、岩陰の“安全柵”の内側に寄せて置いた。
ショウマの結界が、熱と音と光の漏れを薄く殺している。
レアが最後に確認する。
「動くな。喋るな。起きてろ」
捕虜たちは頷くだけだった。
命令じゃない。生き方の指示だと理解している顔。
ショウマとレア、リュシの三人は、そこから影へ出る。
蟲が先導した。羽音のない黒点が、木々の間を滑るように移動していく。
しばらくして、森が開けた。
低い丘。小さな広場。踏み固められた土。
ここが“定型の杭打ち地点”だと、空気が教えてくる。
白が濃い。
祈りの残り香。
そして、鉄の音。
松明が二つ。
人影は六。うち二人は聖騎士装備、残りは軽装。
軽装の背には、長い杭束が括り付けられている。
杭設営班。
ショウマの因果視界に、線が見える。
杭束から地面へ、細い白線が伸びかけている。
“これから道を作る”線だ。
「今打たせると、追跡が太くなる」
ショウマが低く言う。
レアが短く答える。
「止める」
リュシが上品に囁く。
「殺さない、ですね」
「殺さない」
ショウマは一言だけで釘を刺した。
「余計なこともするな。眷属化は禁止」
リュシは貞淑に微笑む。
「ええ。従順ですわ」
言い方が腹立つが、今は使える。
◇
まず護衛の二人。
近い方の聖騎士が周囲を見回し、合図を出しかけた。
その瞬間、レアが背後にいた。
鼻口を抑える前に、顎を先に固定する。
肘の動きを殺し、呼吸を奪う。
短い抵抗。
意識が落ちる。
倒さない。置く。
草の上へ、音なく寝かせる。
もう一人が気配で振り向く。
ショウマが《結界操作》で“方向感覚”だけを殺した。
相手は一歩踏み出し、同じ場所を二度踏む。
自分がどこを向いているか分からない。
そこへレア。
同じように無力化。
護衛が消えた。
残り四人――軽装の設営員たちは、気づいていない。
杭束を下ろし、聖印杭を一本ずつ並べ始めている。
祈祷役らしき男が、小さな聖印板を取り出した。
セルベルトほどの格じゃない。だが“道を伸ばす係”だ。
「急げ。夜のうちに二本だ。標が追っている」
その言葉で、ショウマの胸の針がちくりと動いた。
追跡の中心が、もうここへ寄ってきている。
(やっぱり、追う側は早い)
ショウマは息を吐き、弓を構えた。
矢は一本。狙いは人間じゃない。
杭束。
矢が縄を射抜いた。
束が崩れ、杭が二本転がる。
「何だ!?」
設営員が振り向く。
その瞬間、ショウマは《結界操作》で“合図が届く意味”を殺した。
叫んでも、叫びは叫びのまま落ちる。
レアが影になり、近い二人を“呼吸を奪う”形で落とす。
倒さない。置く。
残り二人が杭へ飛びつこうとする。
ショウマは結界で“掴む”の意味を薄く殺した。
手が滑る。焦りが増える。
その一拍の隙に、レアが三人目を無力化。
最後の一人は祈祷役で、聖印板を握りしめたまま震えている。
リュシエンヌが一歩だけ近づいた。
斬らない。触れない。
ただ、紅い瞳で見下ろす。
男の膝が、ふっと落ちた。
恐怖で腰が抜けたのではない。
夜の圧で、“踏ん張る意味”が削られた。
ショウマが短く言う。
「動くな」
男は頷いた。
汗が垂れる。
リュシが上品に囁く。
「噛みませんわ。……たぶん」
「たぶん禁止」
ショウマは即答した。
レアが吐く。
「禁止って言って」
「禁止だ」
ショウマは言い直す。
リュシは微笑む。
「はい」
◇
ショウマは祈祷役の男の前にしゃがみ、聖印板を指先で弾いた。
結界で“握る意味”を殺す。
板がぽろりと落ちる。
「お前らの仕事は、杭を打って道を伸ばすことだな」
男は震えながら頷く。
「杭はどこから出てる。補給はどこだ」
男は口を閉ざしかけた。
だが、ここで嘘をついても意味がないと悟る顔になる。
「……後ろだ。二つ先の中継に、束がある。運搬は交代制だ」
ショウマの因果視界で、線が小さく揺れる。
本当だ。致命の嘘ではない。
「杭を打つ“定型”は?」
「道、広場、林の入口……祈りが通る線の上」
それは捕虜の言っていた内容と一致する。
情報が重なった。確度が上がる。
レアが短く言う。
「時間」
ショウマも頷く。
長居はできない。ここが荒れればレオン隊が寄る。
「お前は気絶してろ」
ショウマは結界で“意識を保つ意味”を薄く殺し、男を眠らせた。
殺さない。
線引きは守る。
◇
奪う。
ショウマは杭束の残りを持ち上げようとして、顔をしかめた。
白が熱い。
掌にじわりと焼ける感覚が来る。
(聖印杭、素手で持てる代物じゃないな)
即座に《結界操作》。
杭の“熱い”という意味を削る――のではなく、熱が触れる“接触”の意味だけを薄く殺す。
直接触れなければ焼けない。
杭束を、結界の膜で包む。
白い道具を、影が抱える形になる。
リュシエンヌが目を細めた。
「まぁ……あなた、器用」
「褒めてる暇あったら周囲見ろ」
「ええ」
上品に返して、ちゃんと見ている。
レアが杭束の一端を担ぐ。
顔は不機嫌だ。
だが不機嫌でも仕事はする。
「重い」
「白の重みだろ」
ショウマは短く言った。
「今だけ我慢しろ」
三人は影に戻る。
広場の松明が、背後で小さく揺れる。
倒した護衛と設営員は生きている。
だが杭は消えた。
道は伸びない。
◇
森を抜ける途中、ショウマの胸の針がまた動いた。
遠くで白がざわつく。
巡礼路が“引っ張り直される”気配。
(気づくのが早いな)
レアが短く言った。
「追ってくる?」
「来る」
ショウマは即答する。
「でも今夜は十分だ。一本奪えた」
リュシが上品に微笑んだ。
「一本で、足りるの?」
「足りる」
ショウマは杭束を見下ろす。
「一本でいい。仕組みを知れる」
「次は“道”を逆利用する」
レアが頷く。
「エヴェリナに渡す」
「そうだ」
リュシエンヌがちらりとショウマの手元を見る。
血の匂いはしていない。今日は作戦用の一滴すら使っていない。
それが気に入らない目だ。
レアが即座に刺す。
「見るな」
リュシは貞淑に笑う。
「見ていませんわ」
ショウマはため息を飲み込み、短く言った。
「……帰る。列を動かす」
今夜は勝った。
追跡の“道具”を奪った。
だが巡礼は終わらない。
白い列が、必ず追ってくる。
だから次は――追う側に回る準備をする。




