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世界に二度殺された俺は、“悪”として全部ぶっ壊す 〜自分以外のクラス全員光の使徒になったので、魔王軍の幹部になりました〜  作者: 安威要


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第33話 狩場の錨を折れ

 ショウマの矢は、レオンを狙わなかった。

 狙いは地面だ。


 林の入口近く。

 聖印杭の一つ、その“根元”へ向けて矢が突き刺さる。


 矢が刺さった瞬間、結界が絡む。

 《結界操作》で「杭が杭として働く」という意味だけを削る。


 白い空気が、ぬるりと滑った。

 張り詰めていた“固定”が、わずかにズレる。


 レオンの目が細くなる。

 すぐ理解した顔だった。


「杭を打ち直せ」


 命令が落ちる。

 聖騎士が迷わず動く。杭を守れ、ではない。杭を“再配置”しろ。

 この敵は、状況に執着しない。目的に最短で寄せる。


 セルベルトが聖印板を掲げ、低く祈りを落とす。

 巡礼の聖標が脈打ち、ショウマの胸の針が一段深く刺さった。


(来るな、来るな……来る)


 結界の縁が白く汚れ、意味殺しが鈍る。

 こちらの狩場が“白に馴染まされる”感覚。


 ショウマは低く息を吐いた。

「……杭は錨だ」


 レアがショウマの横で短く頷く。

「錨?」


「白い術式を固定する錨」

 ショウマは弓を握ったまま言う。

「錨があるから、標の命令がここへ染み込む。錨をずらせば白は滑る」


 説明はそれだけで十分だった。

 レアは理解している。理解して、すぐ動ける女だ。



 第二陣が踏み込む。

 数が増える。呼吸が揃う。合図が繋がる。


 レオンは前に出てくる。

 白い鎧は汚れない。汚れないから余計に怖い。

 ショウマの結界の“汚れ”が、レオンの足取りでじわじわ広がる。


「捕虜を返せ」

 レオンは淡々と言う。

「返さないなら、ここで終わらせる」


「終わらせる? 鎖場を続けるって意味か」

 ショウマは口角を上げた。

「なら、俺は壊す。徹底的にな」


 レオンが一歩踏み込む。

 距離が詰まる。


 ショウマは《結界操作》で“距離感”を狂わせようとする。

 だが――鈍い。

 白に汚された膜が、距離の意味を殺しきれない。


 剣が、現実の速度で来る。


 ショウマは半歩引き、矢を放つ。

 狙いはまた地面。レオンの足元の影へ刺す。


 境界が立つ。

 踏み込みが一拍遅れる。


 その一拍で、レアが影になる。

 聖騎士の背後。鼻口を抑える――が、相手の肘が跳ねた。

 反射が速い。


 レアは型を変えた。

 鼻口ではなく、顎を先に固定する。

 喉を潰さない。息を奪うだけ。

 短い抵抗が続き、意識が落ちた。


 倒さない。置く。

 だが今日の相手は、置くまでが一拍遅い。


 レオンの声が通る。

「形を崩すな。倒れた者は置け。進め」


 冷たい命令。

 仲間を救いに戻らない。戻らないから崩れない。

 崩れないから厄介だ。


 ショウマは歯噛みする。

(こいつ、強いだけじゃない。合理的すぎる)


 リュシエンヌが一歩、前へ出た。

 血を撒かない。斬らない。

 ただ紅い瞳で見下ろす。


 夜の冷えが落ちる。

 聖騎士の呼吸が一拍乱れ、踏み込みが止まる。


 ショウマは即座に言う。

「抑え最小限、守れ」


「ええ」

 リュシは微笑み、踏み込みはしない。

 踏み込まないのに、相手が踏み込めない。


 レアが短く言う。

「列、動いてる」


 捕虜の列が安全柵の内側でゆっくり動く。

 逃がす。これが勝利条件。

 時間を稼げば勝ち。


 だが標が脈打つ。

 胸の針が、ぐい、と引かれる。


 セルベルトの声が落ちた。

「標が応答しています。……中心です」


 白が、狩場の中心へ寄ってくる。

 結界の汚れが濃くなる。


(このままじゃ、押し切られる)


 ショウマは結論を出した。

 線は消せない。なら、終点を作る。

 標の“目的地”を作って、そこへ縫い付ける。


 ショウマは手袋を外した。

 レアの視線が刺さる。

 リュシの視線も、同じ場所へ落ちる。


「噛むな」

 ショウマは一言だけ落とす。


 リュシエンヌが上品に肩を揺らす。

「ええ。従順ですわ」


 ショウマは指先を針でわずかに刺した。

 一滴。

 落ちる前に、近くの聖印杭の根元の石へ擦り付ける。


 血の匂いが、白い空気に混ざる。

 その瞬間、胸の針の向きが変わった。


(……寄った)


 ショウマは《結界操作》で、そこに“終点”の意味を刻む。

 追う命令が「ここへ辿り着け」と錯覚するように。


 標の応答が、一瞬だけ杭へ集中する。

 結界の汚れが、中心からズレた。


 レオンの目が細くなる。

 驚かない。驚かないが、気づく。


「目的地を塗り替えたか」


 声が低い。

 認識した上で、次の命令を出す声音。


「杭を潰せ。標の錨を奪う」


 聖騎士たちが一斉に杭へ向かう。

 ショウマの狙いは“永続”じゃない。

 この一瞬でいい。列が抜ければ勝ちだ。


 レアがショウマを見た。

「今?」


「今だ」


 レアが捕虜の列へ短く落とす。

「抜ける。ゆっくりでいい。前だけ見ろ」


 列が狩場の外へ流れ出す。

 転ばない。叫ばない。

 生きるための動きだけをする。


 ショウマは撤退用の結界へ切り替える。

 壁ではない。迷路だ。

 白の隊形が崩れないように見えて、足元だけが少しずつズレる。


 リュシエンヌが夜の圧を落とし、踏み込みを一拍止める。

 それ以上はしない。

 血も欲しがらない。……今は。


 レオンが一歩だけ、ショウマへ距離を詰める。

 剣が来る。現実の速度。


 ショウマは矢を放つ。

 狙いは剣ではない。

 レオンの足元の“影”。


 境界が立つ。

 踏み込みが半拍遅れる。


 その半拍で、ショウマは後退し、結界の膜を引き絞った。

 狩場の“形”が、撤退の形へ変わる。



 捕虜の列が、狩場の外へ抜け切った。

 確認できた分は全員。

 数は数えない。今は勝ち条件が達成されたことだけが重要だ。


 レアが短く言う。

「抜けた」


 ショウマは頷いた。

「撤退する」


 リュシエンヌが微笑む。

「はい。影の魔将殿」


 レアの視線が刺さる。

 リュシは涼しい顔で受け流す。


 ショウマは胸の針の感覚を探った。

 杭に寄せたはずの線が――まだ残る。

 完全には切れていない。


(……やっぱり、簡単には終わらない)


 林の外で、レオンが動きを止めた。

 狩場を追い詰めるのではなく、状況を読み直す。

 潰すべきは影ではなく、影の“仕組み”だと理解した顔。


「巡礼路を作り直す」

 レオンが淡々と命じる。

「次は杭ごと潰す。影の術を許すな」


 セルベルトが聖印板を見下ろし、静かに言った。

「標は……まだ繋がっています」


 レオンは頷くだけだった。

「なら追う」



 夜道。

 捕虜の列は遅い。だが、確かに進んでいる。


 ショウマは手袋を戻し、指先の小さな傷を結界で塞いだ。

 血を使った。必要な一滴。

 それでも嫌な感触が残る。


 リュシエンヌが、何も言わずにちらりと手元を見る。

 レアがその視線を捕まえ、冷たく落とす。

「見るな」


 リュシは上品に微笑む。

「見ただけですわ」


 ショウマは低く言った。

「……次はもっと面倒になる」


 胸の針が、まだ残っている。

 巡礼は終わらない。

 だが今日の勝ちも、確かに残った。

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