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世界に二度殺された俺は、“悪”として全部ぶっ壊す 〜自分以外のクラス全員光の使徒になったので、魔王軍の幹部になりました〜  作者: 安威要


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第29話 追う線、飼う夜

 封印破断の鐘が、空間そのものを叩いた。

 赦しの作業院の灯りが一斉に騒がしく揺れ、足音が増える。怒号。鉄の擦れる音。


 ショウマは走りながら、結界の膜を薄く重ねた。

 壁は作らない。分断する。

 合流の意味を殺す。伝令の意味を殺す。


 追手の列が、同じ場所で二つに割れた。

 片方は戻り、片方は別の通路へ迷い込む。

 互いに気づけない。合図が合図にならないからだ。


 レアが先導する。

 角を曲がる直前、見張りが一人――気配だけで振り向きかけた。


 次の瞬間、レアが背後に立っていた。

 鼻と口を塞ぐ。顎を押さえ、首を固定する。

 息が詰まる前に意識が落ちる。

 倒さない。置く。


 音が出ない。

 影走りの道だけが残る。


 リュシエンヌは、抑えの約束を守っていた。

 派手に斬らない。血も撒かない。

 ただ、そこに立つだけで追手の足が鈍る。夜の冷えが、骨の奥へ染みる。


「……来るわね」

 上品な声のまま、紅い瞳だけが深くなる。


「来るのは想定内だ」

 ショウマは弓を握り直した。

「問題は――鎖場だ」



 鎖場の空気が、変わっていた。

 連祷堂の蛇口が止まったせいで、鎖の“命令”が抜け落ちている。


「……痛く、ない」

 誰かが呟く。

「締まらない……?」


 鎖に繋がれた捕虜たちが、恐る恐る立ち上がる。

 痛みが薄れた瞬間、人は息を吸える。息を吸えれば、逃げることを考えられる。


 それを許さない声が飛んだ。

「動くな! 赦しの作業院だぞ! 祈りは――!」


 監督の怒号。鞭。

 だが今日に限って、その脅しが“軽い”。

 鎖が締まらない。焼けない。更新されない。


 そして、監督より一段上の声が響く。

「喚くな。列を作れ。封鎖だ」


 院監だ。

 現場の“鎖場”を束ねる者。

 怒鳴らない。命令だけを落とす。周囲が動く。


 ショウマの視界で、その線が太く揺れた。

 逃げ道を塞ごうとしている。

 追手を呼ぶ手順を知っている線だ。


(取れる)


 レアが一瞬だけショウマを見る。

 ショウマは頷いた。短く。


 《結界操作》。

 院監の足元に、薄い膜を一枚だけ差し込む。

 “逃げる”という意味を殺す。


 院監は一歩踏み出し――足が止まった。

 自分の身体が自分の命令に従わないような、嫌な感覚。


 その背後に、レアが現れる。

 鼻口を抑え、呼吸を奪い、意識を落とす。

 院監の身体が崩れかける前に、抱えて影へ引きずり込む。


 捕虜たちのざわめきが、ほんの少しだけ高くなった。

 だが誰も叫ばない。

 叫べば鎖が戻る、と身体が覚えている。


 リュシエンヌが小さく言う。

「……学習しているのね。痛い目を見すぎて」


 ショウマは短く吐いた。

「今は出す」


 確認できた捕虜を、動ける順にまとめる。

 レアが前へ出る。低い声で指示を落とす。

「列を作って。走らない。転ぶな」


 ショウマは要所の鎖へ手を伸ばし、結界で“締め付け”の意味を削る。

 外せる者が増える。腕が上がる。足が動く。


 鎖場が、鎖場でいられなくなっていく。



 院監は物陰で座らされていた。

 口は塞がれている。拘束は最低限。

 ショウマは時間を測る目で言う。

「短く行く。吐いたら解放だ」


 レアが頷く。

 リュシエンヌが優雅にしゃがみ、院監の顎先を指で持ち上げた。


「お話、できます?」


 院監の目が怒りで燃える。

 だが声は出ない。鼻口を塞がれているからではない。

 “合図”が死んでいる場所にいるからだ。叫んでも意味にならない。


 リュシエンヌは上品に微笑む。

 そして、ショウマの手元――手袋をした指先へ、ちらりと視線を落とした。


「魅了は……今のわたくしではちょっと難しいわ。元気な血があればいいんですけどね。」


 言い方は丁寧。

 仕草は貞淑。

 でも“欲しい”が見え見えだ。


 レアの目が冷える。

 ショウマはため息を吐いた。

「……一口だけだ。勝手に深追いするな」


 手袋を外す。

 ダークエルフの血が、夜気に微かに香る。


 リュシエンヌが嬉しそうに――ではなく、当然のように。

「ええ。合図してから、でしたわね」


 合図。

 それが余計に腹立つ。

 リュシエンヌは一拍置き、ショウマの掌に唇を寄せた。


 カプッ。


 小さな音。

 それだけで、レアの肩が跳ねた。怒りの跳ね方だ。


 リュシエンヌの瞳の赤が濃くなり、次にすっと澄む。

 息を吐き、院監を見た。


「……さぁ。お話しましょうね」


 院監の口塞ぎを、レアが少しだけずらす。

 叫べないように。噛みつけないように。

 その手つきが荒い。


 リュシエンヌの声は、甘くない。

 優しいだけで、逆らう気が消える。


「巡礼の聖標――“標”は、何に絡むの?」


 院監が唾を飲み、口を滑らせた。

「……欠片だ。刻印の粉……付いたものに、追う線が繋がる」


 ショウマは無意識に、マントの裾へ視線を落とす。

 白い焼け跡の斑。あれが“欠片”。


「蛇口を止めたのに、標は生きる?」

 リュシエンヌが続ける。


「……弱るが、死なない。連祷堂の系統だ。残る……」


 レアが短く吐く。

「厄介」


 リュシエンヌが微笑む。

「作業院は、ここだけ?」


 院監の目が一瞬だけ泳ぎ――魅了が逃げ道を塞いだ。

「……複数ある。第二だの第三だの……赦しは……終わらない」


 ショウマの目が細まる。

(やっぱり、鎖場は増える)


 その時、外の足音が一段重くなった。

 金具の擦れる音が揃っている。

 訓練された歩幅――聖騎士だ。


 時間切れ。


 ショウマが言う。

「撤退する。院監は――」


「殺しませんわ」

 リュシエンヌが、滑らかに被せた。

 そして、少しだけ口角を上げる。

「……飼いますの」


 レアの目がさらに冷える。

「やめろ」


 ショウマも低く言った。

「リュシ。余計なことすんな」


「余計ではありませんわ」

 リュシエンヌは、院監の首筋へ顔を寄せる。

 上品な動きのまま、牙が覗いた。


 カプッ。


 今度は、さっきの“一口”とは違う。

 噛み跡が熱を持ち、院監の線が――別の色に染まる。

 自分の意思の輪郭が、薄くなる。


 院監の瞳が虚ろになり、次に、静かに焦点が合った。

 しかしその焦点は“自分”ではない。

 リュシエンヌを中心に結ばれている。


 リュシエンヌが囁く。

「少しだけ、頑張ってね」


 院監が頷いた。

 恐ろしいほど素直に。


 ショウマは歯噛みする。

 殺さないという線引きは、自分のものだ。

 リュシエンヌは違う。

 “使う”という悪を、ためらいなく選ぶ。


 レアが短く言った。

「……帰ったら、話」


 ショウマは頷くしかない。

「今は出る」



 捕虜の列が動き出す。

 確認できた分は全員。数は数えない。数えている暇がない。


 ショウマは最後尾で結界を張り、追手の合流を殺し続けた。

 だが、マント裾の白い斑が――熱を持つ。


 脈打つ。

 結界の膜に、粘る線が絡む。


(……追う線が、動いた)


 ショウマは舌打ちを飲み込み、裾を一気に裂いた。

 焼け跡の部分だけを切り落とし、結界で隔離する。


 それでも、完全には消えない。

 線が、まだどこかに繋がっている。


 リュシエンヌが囁く。

「切っても、残るのね」


 レアが短く言う。

「急ぐ」


 背後で怒号が上がった。

「院監! どこだ!」

「侵入者は――!」


 眷属化された院監が、ゆっくり前へ出た。

 声を張る。落ち着いた、現場を知る声で。


「連祷堂だ」

「侵入者は、連祷堂の奥へ入った。標を回せ」


 追手の足音が、そちらへ吸われた。

 院監の言葉には重みがある。現場が信じる声だ。

 だからこそ、足止めになる。


 ショウマは一瞬だけ振り返り、舌打ちを噛み殺した。

(……悪趣味だな、夜麗姫)


 リュシエンヌは微笑む。

 上品に。優雅に。

 自分が何をしたかを、恥じる気配もなく。


 レアの視線は、刺すように冷たい。

 だが列は止まらない。今止まったら全員死ぬ。


 影は走る。

 救った命を連れて、夜を抜ける。


 背後で、封印破断の鐘とは別の、静かな“応答”がした気がした。

 標が、まだどこかで生きている。


 ショウマは低く呟いた。

「……切ったはずなのに、まだ繋がってる」


 追う線。

 飼う夜。

 この戦は、次からもっと面倒になる。

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