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世界に二度殺された俺は、“悪”として全部ぶっ壊す 〜自分以外のクラス全員光の使徒になったので、魔王軍の幹部になりました〜  作者: 安威要


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第26話 蟲巣の女王と、地図の織り機

 作戦執務室の灯りは落ち着いているのに、空気だけが熱かった。

 勝ったからじゃない。勝てる形が、ようやく見えたからだ。


 ミラは机の前に立ったまま、短く言った。

「夜麗姫が戻った。守るだけの戦は終わりよ」


 言葉は静か。だが決裁の重みがある。

 周囲の武官が無意識に背筋を正した。


「ここからは攻勢に移る。……奪われたものを取り返す」


 ショウマは頷いたが、すぐに現実を並べる。

「攻めるなら、敵の情報が要る。拠点、道、巡回、補給。全部」

「俺もこの世界の地理は分からない。転移して一月ちょっとだ。捕虜の話以上の材料がない」


 レアが短く補足した。

「証言は点。方向と距離は曖昧。地形の名前も、人間側の呼び方が混ざる」


 グルドが杖を軽く鳴らし、柔らかく締める。

「点のまま攻めれば、光の術式に絡め取られますな。道が分からぬ軍は、歩いているうちに死にます」


 ミラは迷いなく結論へ落とした。

「だから地図が要る。作るの」

「……後方の四天王を呼ぶわ」


 扉の外で、気配が変わった。

 足音が揃う。金具が鳴る。儀礼の歩幅。


 次の瞬間、扉が開いた。


 甲冑武者めいた影が二列で入ってくる。

 無言。槍とも長刀ともつかない長柄武器。面頬の奥の目が、じっと場を測っている。

 礼の角度まで揃っていた。


 武官が一瞬だけ息を呑む。

 強い。護衛が強い。

 強さが「見せつけ」じゃなく「規律」になっているのが怖い。


 その後ろから、女性がゆっくり入室した。

 派手な装飾はない。だが布地が良い。香りが柔らかい。

 笑みは母のように穏やかで――それなのに場の騒がしさがすっと消える。


「失礼いたしますね」


 声は優しい。

 しかし優しい声ほど、逆らう気持ちが削られる。そういう圧があった。


 ミラが紹介した。

「魔王軍四天王。エヴェリナ=ボンビクス」

「二つ名は……蟲巣の女王」


 エヴェリナは微笑んで一礼する。

「お呼びいただき光栄です。……救出が成功したと聞きました。皆、よく帰ってきましたね」


 その一言だけで、場の緊張が“良い方向”へほどける。

 労いが甘くない。だが刺さらない。

 背中を支える言葉だ。


 エヴェリナはインセクターへ視線を向け、儀礼のまま一歩下がらせた。

 甲冑の列がぴたりと止まり、壁際へ控える。

 威圧は残る。けれど、邪魔にはならない。


「では、点を面にいたしましょう」

 エヴェリナは穏やかに言った。

「怯えなくていいの。話せる範囲で十分です」


 執務室の隣室へ移り、救出した捕虜の中から数名だけが呼ばれた。

 医療班の許可を得た者だけ。無理はさせない。


 レアが聞き取りの紙束を置く。

「鉱山までの道。見た目の目印。坂の角度。川の音。礼拝所の位置関係。……ここまでは揃ってる」


 捕虜の男が震える指で机をなぞった。

「……川は、右でした。最初は右、途中で左に……」

「夜は霧が出て……松明が……」


 エヴェリナは頷き、責めない質問だけを重ねる。

「右の川は音がしましたか?」

「流れは速かった?」

「橋は木? 石?」


 母が子に尋ねるような口調なのに、返答は軍事の精度になっていく。

 捕虜の目から、怯えが少しずつ抜けた。


 ショウマは横で見て、内心で舌を巻く。

(……引き出し方が上手い)

 恐怖を押しのけて情報を出させるんじゃない。

 安心させて、勝手に口が動く形にしている。


 エヴェリナは聞き取りが一区切りつくと、柔らかく言った。

「ありがとう。もう大丈夫よ。……今日はここまで」


 捕虜たちが医療班へ戻される。

 その背を見送ってから、エヴェリナはミラへ向き直った。


「点は揃いました。面にするには、目が要ります」


「できる?」とミラが短く問う。


 エヴェリナは微笑んだまま頷く。

「ええ。蟲に見せます」

「ただし急がせると壊れます。……今夜の風で戻しますね」


 グルドが満足げに頷いた。

「制限があるのは良い。万能は破綻しますからな」


 エヴェリナがにこりとする。

「万能ではありません。だからこそ、きちんと運びます」


     ◇


 城の後方区画。

 空気が違う。

 土と草と、温かな蒸気。

 工房というより、育てる部屋だった。


 中心にあるのは“織り機”だった。

 けれど木枠の機械ではない。

 薄膜のような糸が張られ、菌床の匂いが漂う。

 糸は絹に似ているのに、触れれば僅かに脈打つ。


 インセクターが左右に控え、儀礼のまま立つ。

 武官が入れば気圧されるだろう。

 だがエヴェリナの声は、その圧を“守り”に変える。


「ここは巣です。……外の戦が荒れても、ここだけは整えておきます」


 エヴェリナは小さな箱を開いた。

 中に、豆粒ほどの蟲が数匹。黒い。艶がある。

 彼女はそれを指先に乗せ、ふわりと息を吹きかけた。


「行っておいで」


 蟲は糸に触れ、次の瞬間、薄膜の上を滑って消えた。

 壁を抜けたように見えた。

 実際は“巣の道”を通っているのだろう。


 ミラが短く言う。

「戻るまで?」


「今夜。風が変わる前に戻ります」

 エヴェリナは穏やかに答え、もう一つ付け足す。

「数は増やしません。急ぐほど、誤差が増えるから」


 ショウマは心の中で頷いた。

(強いのに、増やさない。……だから信用できる)


 時間が過ぎた。

 深夜。

 糸が微かに震えた。


 戻ってきた。


 蟲が薄膜の上に現れ、糸へ触れる。

 触れた場所から、線が浮かび上がる。

 一本、二本。

 川。尾根。道。

 点だった証言が、線になり、面になっていく。


「……きれい」


 誰かが呟いた。

 戦の道具なのに、織物みたいに美しい。


 エヴェリナは優しく言う。

「地図は“命を帰す布”よ。……粗末に扱わないでね」


 地図の中央付近に、鉱山拠点が浮かんだ。

 礼拝所。監督詰所。

 そして、捕虜の区画――そこが空白になっている。


 “いない”という情報が、地図に残っている。

 救出は、結果として刻まれた。


 ショウマはその線を見て、背中が少しだけ軽くなるのを感じた。

 自分たちのやったことが、記録になった。次に繋がる。


 その時、リュシエンヌが当然のようにショウマの隣へ寄った。

 地図を覗き込む距離が近い。香りが混ざる。


「まぁ……素敵ですわね」

 流し目のまま、糸の線を追う。

「影の魔将殿。この線の読み方、教えてくださる?」


 ショウマが答える前に、レアの肩が一拍だけ張った。

 すぐ戻る。

 それでも、空気は確かに尖った。


 エヴェリナが微笑んだ。

 母が子らを見守るように、穏やかに。


「ふふ。仲がよろしいのね」

「でも今は地図よ。……帰る線を増やしましょう」


 その一言で、場が自然に整う。

 誰も逆らわない。

 癒しの圧は、命令より強い。


 地図の端が、さらに伸びた。

 鉱山と似た“点”が、もう一つ。

 人の集まり。運搬路。小さな礼拝所の印。


 ミラの視線が鋭くなる。

「……もう一つある」


 グルドが低く言った。

「労働拠点の連鎖ですな。教会は一箇所で済ませぬ。効率という名で、命を削る」


 エヴェリナが穏やかに、けれど確信で言う。

「次は、ここが“根”になります」


 その瞬間。

 地図の一部に、薄い汚れのような線が絡んだ。

 黒でもない。白でもない。

 嫌な“粘り”がある。


 ショウマの目が細まる。

「……追跡の匂いだな」


 エヴェリナは微笑みを崩さずに頷いた。

「ええ。追う術が動き始めています」


 ミラが即決した。

「次はここ。攻勢の一手目にする」

「守りの戦は終わり。……こちらから折るわ」


 ショウマは地図の線を見て、弓に触れる感覚を思い出した。

 狩場は森だけじゃない。

 盤面があれば、影はどこにでも張れる。


「……ようやく、攻めるための盤面ができた」


 蟲巣の女王が、柔らかく頷く。

 甲冑のインセクターたちは無言のまま、儀礼の姿勢で守り続ける。


 魔王城の後方で織られた一本の線が、

 次の戦の始まりを告げていた。

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