表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界に二度殺された俺は、“悪”として全部ぶっ壊す 〜自分以外のクラス全員光の使徒になったので、魔王軍の幹部になりました〜  作者: 安威要


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/71

第25話 夜麗姫の帰還報告

 謁見の間の空気は、張り詰めたままだった。

 魔王城は広い。だが今は、広さが息苦しい。報告が遅れるほど、悪い想像が増える。

 玉座の前――魔王マギアの寝所に繋がる奥扉は固く閉じられ、代わりに玉座脇の高椅子にミラが座していた。

 銀黒の髪、紅の瞳。背筋は折れない。けれど指先だけが、微かに強く組まれている。

 その隣にはグルド。好々爺の顔で杖を抱え、目だけが忙しなく扉を追っている。

 周囲には幹部格、武官、伝令。皆が黙って待っていた。


 扉が開いた。

 影の魔将ショウマがまず入る。

 次に、影走りの隊長――レア。

 そして最後に、黒紫の意匠を纏った令嬢が歩む。

 場の温度が一段、上がった。


「……生きて戻った」

 誰かが漏らした声は、すぐに飲み込まれる。だが安堵は隠せない。


 ショウマは一歩前に出て膝をつき、簡潔に言った。

「北方国境付近、鉱山拠点。捕虜を確認した分は全員確保。護送完了。追手は監督と雑兵のみ。追跡を振り切って帰還した」


 ミラの肩が、ほんの僅かに落ちた。

 だがすぐに、次を見る目に戻る。


「……捕虜は?」

「医療班へ回した。ここには連れてこない。今この場で倒れられたら、混乱が増える」

「判断は正しいわ」


 ミラの声は、いつも通り凛としていた。

 ただその一言に、城全体の緊張が少しだけ解ける。


 次に、令嬢が前へ出た。

 歩幅、姿勢、目線――すべてが完璧だ。謁見の間に“格式”を持ち込めるのは、こういう個体だけだと誰もが理解する。

 彼女はドレスアーマーの裾を揃え、ゆっくりとカーテシーを決めた。


「魔王軍四天王、リュシエンヌ=ノクティル」

「……夜麗姫、ここに復帰を宣言し、併せてご報告いたしますわ」


 幹部の一人が息を呑んだ。武官が目を見開く。

 “重傷の四天王”がここに立っている。その事実だけで、魔王軍の重みが戻る。


 ミラはすぐに頷いた。

「許可するわ。報告を」

「ありがとうございます」


 リュシエンヌは顔を上げ、視線を滑らせた。

 その視線がショウマに触れた瞬間――流し目の角度だけで、空気が変わる。


「此度の救出、並びに捕虜奪還。……すべては影の魔将殿の采配にございます」


 さらりと言う。

 しかしその言い方が、ただの評価ではない。確信と執着が混ざっている。


 グルドが一瞬だけ咳払いをした。顔は好々爺のまま、目だけが笑いそうになっている。

 武官の何人かが硬直し、レアが一拍だけ眉を寄せた。


 リュシエンヌは構わず続ける。


「鉱山の礼拝所――捕虜を縛る“祈りの蛇口”を沈黙させ、鎖の術式を弱めましたの。そこから坑道は、本来の用途を失い、“出口”へと作り替えられた」

「追手は殲滅されておりません。無力化され、迷わされ、沈められただけ」

「それが何を意味するか――お分かりでしょう?」


 武官の一人が反射的に頷きかけ、途中で止めた。

 殲滅は気持ちがいい。だが撤退戦で必要なのは、勝利ではなく帰還だ。


 リュシエンヌは微笑み、今度は少しだけ甘い声音を混ぜた。


「……それだけではございませんの。影の魔将殿は、その先――山越えの導線まで、最初から“帰還”として組んでおいででした」

「捕虜たちの歩幅、疲労、恐怖。列が崩れる瞬間を、結界で支え、影走りと噛み合わせて運ぶ」

「追う者の線を折り、迷わせ、報告が上がる前に城へ戻す。……徹底した采配でしたわ」


 言葉の端々が、上品に刺してくる。

 “気に入った”と叫ばずに、誰もがそう理解する褒め方だ。


 レアの腕組みが、ほんの少しだけ固くなる。

 肩が一拍だけ張り、すぐに戻った。


 ショウマはため息を吐いた。

 そして、公の場で、さらっと口にした。


「……リュシ。盛りすぎだ。要点だけでいい」


 空気が止まった。

 四天王に、呼び捨てに近い短い名で声を掛ける。

 しかもそれを、本人が笑って受け入れている。


 武官の何人かが反射で口を開きかけ――閉じた。

 止める者がいない。止められない。

 四天王の“お気に入り”に、口を挟める現役武官など存在しない。


 リュシエンヌは流し目のまま、愉しそうに微笑んだ。

「まぁ。影の魔将殿は欲張りではありませんのね。……では要点を」

「捕虜は確認できた分、全て救出。鉱山拠点の鎖術式は機能不全。現場監督は無力化、雑兵は追跡不能。以上ですわ」


 端的なのに、最後の「ですわ」で余韻を残す。

 それがまた腹立たしいほど上手い。


 ミラが咳払いを一つ。場を締めた。

「報告、受理する。四天王リュシエンヌの復帰も、ここに認めるわ」

「……そして影の魔将。北方の士気は上がる。捕虜奪還と四天王奪還は、それだけで“反撃”の証明よ」


「了解」


 ショウマが短く返す。

 グルドがにこやかに頷きながら、さらっと爆弾を落とす。


「いやはや、影の魔将殿の働きは見事。加えて四天王のご帰還。これで古文書の辻褄が――」

 言いかけて、ミラに睨まれて止まった。

「……失礼。研究の話は後ほどに」


 レアが一歩前に出て、必要な情報だけを添える。

「影走りの損耗は軽微。追跡に使われた可能性のある導線は、山側で切断しました。今夜のうちに、周辺の偽装も更新します」


 真面目な報告。完璧だ。

 だがレアの視線が一瞬だけ、ショウマとリュシエンヌの間に落ちる。

 それを見逃すほど、グルドは鈍くない。好々爺の顔で、目だけが面白そうに細まった。


 リュシエンヌは、また一歩だけショウマ側へ寄った。

 当然の距離の詰め方だ。


「影の魔将殿――改めて」


 声は柔らかい。

 しかし柔らかいほど、周囲への圧になる。


「わたくしから“お礼”を差し上げたいのですの。正式に。……とても、大切なことですわ」


 レアが、ほんの少しだけムッとした。

 腕は組んだまま、内側で袖布をきゅっと掴む力が入る。


 ショウマは面倒そうに目を細めたが、無視はしなかった。

 無視をすれば、余計にこじれると分かっている。


「リュシ。今は軍の場だ。礼は後」

「ええ。後ほど、ですわね」


 リュシエンヌは満足げに微笑む。

 その微笑みが、まるで“予約”のようで、余計に厄介だ。


 ミラは淡々と告げた。

「今日はここまで。医療班の報告が来次第、次の手を決める。影の魔将、レア、リュシエンヌ――三人とも休め」


 休めと言いながら、休ませる気がない目だ。

 戦局は動く。教会がこの失態を黙って飲むはずがない。


 ショウマは謁見の間を出る直前、因果の線を一度だけ見た。

 遠く、北方の方向から、細い線が伸びている。

 現場の怒号ではない。“報告”の線だ。


(……上がるな。もう上がる)


 背中で扉が閉まる。


 廊下に出た途端、レアが小さく息を吐いた。

 リュシエンヌは楽しそうに、歩調を揃える。

 ショウマは頭を掻き、短く言った。


「……面倒が増えた」


 リュシエンヌは流し目で笑い、レアはほんの少しだけムッとしたまま、視線を前に戻した。

 魔王城の夜は、救出の余韻と、新しい火種を抱えて更けていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ