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世界に二度殺された俺は、“悪”として全部ぶっ壊す 〜自分以外のクラス全員光の使徒になったので、魔王軍の幹部になりました〜  作者: 安威要


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第24話 影の魔将、坑道を“出口”に作り替える

 “鐘”の鳴動は、音ではなく圧だった。

 聖印そのものが震えて、坑道の空気を叩く。

 その余韻の向こうで、足音が増える。怒号が近づく。鉄が鳴る。


「何の音だ!? 封印が――!」

「中を見ろ! 捕虜を、捕虜を――っ!」


 レアが即座に列の先へ回った。声は低く、短い。


「歩ける人、前。動けない人は中央。両脇は支える。走らない、叫ばない、転ばない」


 捕虜たちは一瞬だけ顔を見合わせ、それから頷いた。

 痛みが薄れた足で、黙って動く。

 今、彼らの目に灯っているのは希望じゃない。生存本能だ。


 ショウマは最後尾に立ったまま、坑道の壁と床へ薄い膜を貼る。

 《結界操作》。音を吸う箱を、短く短く繋いでいく。

 金属の擦れる音、鎖の鳴る音、息の荒さ。全部、布で包むように殺す。


「……殿、やる?」


 レアが振り返らずに言った。癖で言っている。


「お前は殿じゃない。今日は“先導”だ」


 ショウマが即答すると、レアは一拍だけ黙り、短く頷いた。


「了解」


 列が動き出す。

 その背中を見送ってから、ショウマはもう一度、坑道の奥を見た。

 松明の揺れが、角を曲がるたびに近づいてくる。


 リュシエンヌは、優雅な歩き方を崩さずに列の脇を進んでいた。

 だが足運びは確かに速い。夜の吸血姫は、時間感覚が正確だ。


「……少々、手をお借りしますわ」


 彼女が囁き、指先をほんの少し切った。

 落ちた血が床の影に触れた瞬間、影が“形”を取り始める。


 黒い執事。黒い侍女。

 輪郭は薄いのに、所作だけは完璧だった。

 二体は同時に一礼し、何も言わずに待つ。


 レアの肩がわずかに強張る。

 だがリュシエンヌは穏やかに、同じく穏やかな声で告げた。


「今のわたくしは“過剰回復”の最中……普段より強く呼べますの。ですが長くは続きませんわ。時間を買います」


 ショウマが因果視界で見る。

 二体の線は短い。確かに、長持ちはしない。


「役割は?」


 ショウマが短く問うと、リュシエンヌは微笑んだ。


「執事は後方の整頓。侍女は護送の補助。列は乱しませんの」


 執事影がすっと後方へ滑り、侍女影が中央へ寄る。

 侍女影は歩けない者の肩に影の腕を添え、転びかけた足を支える。

 抱え上げるでもない。押し付けるでもない。丁寧に支える。

 それが逆に怖いほど、上品だ。


 ショウマは最後尾で膜を増やし、分岐に小さな“誤誘導”を仕込む。

 右は戻る。左は壁に当たる。真っ直ぐは遠回り。

 結界で“感触”だけを変え、追う側の足を迷わせる。


 追手が角を曲がった。松明の光が膨れ、監督役らしき男の声が響く。


「捕虜がいない!? どこへ行った!」

「鎖が……鎖が効いていない!」

「祈りは!? 礼拝所はどうした!」


 苛立ちが、焦りに変わっていく。

 命令が通らない現場は、声だけが大きくなる。


 ショウマは一歩も引かず、結界を挿し込む。

 追手の先頭が、見えない壁にぶつかったように止まり、後ろが詰まる。

 松明の列が波打つ。


「なんだこれはっ!」

「押すな、押すな!」


 そこへ、執事影が滑り込んだ。

 首を折らない。喉を裂かない。

 ただ、足首を払って転ばせ、壁へ貼り付け、口元に影を落として声を奪う。


 静かな“整頓”。


 監督役が叫び、剣を振り上げるが、刃は空を切る。

 見えない壁と影の手が、彼の動きを邪魔する。


 リュシエンヌが列の横から、丁寧に言った。


「お静かに。……品がございませんわ」


 その声に、追手の何人かがぞくりとした。

 言葉は優しい。だが、温度がない。


 列は止まらない。

 レアが先頭で角を曲がり、捕虜たちを山へ繋がる方向へ導く。

 ショウマは最後尾で、確認できた捕虜がすべて列に入ったことを目で確かめる。

 数は数えない。数える余裕はない。

 ただ、“見えた分は残さない”。それだけ。


 追手の一部が、誤誘導を抜けて追いつきかけた。

 息が荒い。松明が近い。

 ショウマは結界の膜を一段厚くして、床の“足場”をずらした。


「うわっ!」

「滑る!」


 雑兵が転ぶ。身体が重なる。松明が倒れそうになる。

 倒れた火が燃え移りそうな瞬間だけ、ショウマは空気を押し返し、火を壁側へ逃がす。

 燃やすのは敵じゃない。坑道だ。ここで火事になれば捕虜が死ぬ。


 監督役が叫んだ。


「邪魔者を殺せ! 捕虜を――!」


 その口が、結界で閉じた。

 声が出ない。息だけが漏れる。

 ショウマは監督役の足元に透明な枠を組み、両腕と膝を固める。


「今は殺さない。だが動けない。叫べない。十分だろ」


 監督役の目が憎しみで歪む。

 ショウマは見返さない。憎しみはいつだって後回しにできる。

 今は、出口へ通す。


 執事影が一礼し、追手の隊列をもう一度“整頓”した。

 だがその輪郭が、わずかに薄くなる。

 時間が削れていく。


 侍女影も同じだ。支える影の腕が、少しだけ軽くなる。

 リュシエンヌが胸元へ指先を当て、平然と告げた。


「……波が引きますわ。眷属も、ここまでですの」


「十分だ」


 ショウマは短く返し、結界の膜をもう一段重ねた。

 眷属の薄れを、自分の結界で繋ぐ。


 そして、坑道の空気が変わった。

 風の匂い。焚き火の煤。夜の冷気。

 鉱山口が近い。


 外は、静かだった。

 門前の見張りは、まだ“箱”の中で眠っている。

 封印破断の鳴動があっても、箱の中の時間は動かない。

 彼らは生きている。ただ、起きない。


「外、クリア」


 レアが囁き、捕虜たちを山影へ流す。

 影走りらしい導線で、明かりの届かない斜面へ、音の出ない場所へ。

 歩けない者は中央、両脇で支え、侍女影が最後まで添える。


 ショウマは最後尾で立ち止まり、鉱山口を振り返った。

 追手の怒号が、坑道の奥で跳ね返っている。

 まだ雑兵と監督の声だ。組織の声じゃない。


 ショウマは入口の地面へ、薄い封を置いた。

 入口を塞ぐのではない。“間違える”ようにする。

 ここを真っ直ぐ行くと戻る。足を踏み出すと滑る。

 追いかける側の線だけを捻じ曲げる。


「戻れない封、完成」


 レアが山影で待ち、捕虜の列をまとめている。

 リュシエンヌはその隣に立ち、執事影と侍女影が静かに一礼した。


 次の瞬間、二体は影へ崩れた。

 黒い輪郭が床に溶けて、何もなかったように消える。


「ご苦労さま」


 リュシエンヌが小さく囁く。

 それは人形に向けた言葉ではなく、長年の家人に向けた声だった。


 彼女は再び胸元へ指を当て、苦笑した。


「……まだ歩けますわ。でも、反動の波は後から参りますの。夜が終わるころに」


「分かってる。今夜は夜が味方だ」


 ショウマが言うと、リュシエンヌは微笑む。


「まぁ。素敵」


 山の向こう、坑道の奥で怒号がひときわ大きくなった。

 封印が破られ、鎖が緩み、捕虜が消えた。

 現場は混乱し、誰かが“報告”を上げる。


 ショウマは弓へ手を伸ばしながら、因果の流れを見た。

 追跡の線が、まだ細い。だが伸び始めている。


「追手はまだ雑兵だ。だが“報告”が上がるのは時間の問題だ」


 レアが頷いた。


「山を越える。夜のうちに」


 リュシエンヌは夜空を見上げ、上品に息を吐いた。


「夜は、まだ味方ですわね」


 列が動き出す。

 影の魔将と影走り、そして夜麗姫は、山影へ溶けるように消えていった。

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