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世界に二度殺された俺は、“悪”として全部ぶっ壊す 〜自分以外のクラス全員光の使徒になったので、魔王軍の幹部になりました〜  作者: 安威要


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第18話 影の魔将、勇者と地図を広げる

粗末な机の上に、油のにおいが立ちのぼっていた。

 蝋燭の炎が、小さく揺れるたびに、紙片の影もまた揺れる。


 魔王城の一室。

 もとは物置だった部屋を、急ごしらえで「作戦室」にした場所だ。


 壁一面に、古い羊皮紙が貼られている。

 いくつもの線。国境線。山脈。川。


 そのどれもが、ところどころ破れ、書き足しが重なり、もはや原形をとどめていない。


「こうして見ると、ひでぇな」


 ショウマが、腕を組んで唸った。


 目の前の机の上には、古い地図が折り重なっている。

 魔族領のもの。

 人間領から奪ったもの。

 交易商人から買い叩いたもの。


 どれも寸法が微妙に違い、国境線も合わない。


「これ、本当に同じ世界の地図か?」


「同じ世界のはずなんじゃがのぅ」


 隣で、老魔導師グルドが髭を撫でた。


「人間どもの地図は、人間どもの都合で描かれる。

 自分の国を大きく、敵の土地を小さく。

 魔族の領域は、そもそも“闇”としか描かれておらんものも多い」


「魔王城の場所ですら、まともに描かれている地図はほとんどないわね」


 ミラが、壁に貼られた一枚を指先でなぞる。


 ある地図では、魔王城は「呪われた黒き穴」として、曖昧な黒丸で描かれている。

 別の地図では、「魔族の巣」として山の奥に押し込められている。


「自領の周りは、我らの地図のほうがまだ正確じゃ。

 だが、人間の領土の内情となると、ほとんどが伝聞と“昔話”じゃな」


「つまり」


 ショウマは、机の上の紙片を指で叩いた。


「魔王軍には、自分の城の外の正確な地図がほとんどないってわけだ」


「……言い方が刺さるわね」


 ミラが、小さく苦笑する。


 それは事実だった。


 魔王軍は、周辺の森や峡谷、砦の位置なら熟知している。

 だが、人間領全体――聖都を中心とした広い世界を、一枚の地図として俯瞰したことはない。


 あまりに長く、戦い続けてきたせいだ。

 戦況が変わるたびに地図を描き直す余裕もなく、口伝と現場の勘で回してきた。


「勇者様から聞き出せたのは、そんなに多くはない」


 ショウマは、机の上に一本の線を引いた。


 北の荒野。

 魔族領の外縁。


 そこから、斜めの線を東へ伸ばす。


「ここが俺たちのいる北方の戦線。

 勇者様いわく、“聖都”はこっから見て北東。川を遡って、山脈の手前の盆地だとさ」


 線の途中に、川を一本描き足す。


 グルドが、その線の先を覗き込んだ。


「北東……川……山脈の手前」


「心当たりは?」


「昔話ならのぅ」


 グルドは、壁の別の地図を指さした。


 そこには、かつて魔族が攻め入ろうとして果たせなかった街道筋が、かすれた線で記されている。


「このあたり、“白き城壁の街道”と呼ばれておった。

 人間どもの聖都へ向かう道のひとつとされておるが、わしらはまだ踏破できておらん」


「方角だけなら、勇者くんの話と合うわね」


 ミラが、ショウマの引いた線の先に指を添えた。


「川を遡り、山脈の手前で大きく広がる盆地……。

 もしそこに聖都があるのだとしたら、人間たちの国は、その周りを取り囲むように配置されているはず」


「だからこそ、聖教会が戦の首根っこを押さえられる」


 ショウマは、前に聞き出した話を思い返す。


 人間の国々。

 名目上は王たちが治めているが、戦と信仰の権限は聖教会に集中している。

 勇者の運用も、聖騎士団も、異世界召喚も。


「真ん中の聖都を押さえれば、戦そのもののスイッチに手が届く」


「そのためには、“真ん中”がどこにあるのか、知らないといけない」


 ミラの言葉に、ショウマは頷いた。


「だから、作る」


 指先で、机の上の紙片をとんとんと叩く。


「まともな地図を、今から。魔族も人間も一緒くたにした“世界の平面図”をな」


「簡単に言ってくれるのぅ」


 グルドは笑いつつも、目の奥はきらきらと輝いていた。


「“理を平面に写す術”……地図とは、古くからそう呼ばれてきた。

 汝の因果を見る眼と組み合わせれば、この歪んだ世界の輪郭も、少しはまともに描けるやもしれん」


「魔王軍の拠点、砦、森、その全部の位置は、わたしたちが出すわ」


 ミラも手を挙げる。


「奪ったことのある人間の砦や街の位置も、ドルガたちに聞けばある程度は分かるはず。

 そこに、あなたが見た“線”を重ねていけば……」


「聖都までの道が、見えてくる」


 ショウマは、口の端を上げた。


「勇者様から貰ったのは、話だけじゃない。

 世界の輪郭を描くための“起点”だ」


 蝋燭の光が、紙の上に揺れる線を映し出す。

 そこから先に伸びていく道は、まだ白紙だ。


 だが、その白紙は、もうただの空白ではない。

 これから描き込まれるべき「狩場」の余白だ。


「地図の話は、グルドに預ける。

 俺はもう一回、勇者様と話してくる」


 ショウマはそう言って、椅子から立ち上がった。


「そっちの線も、もう少し見ておきたいんでな」


     ◇


 冷たい床の感触で、ユウキは目を覚ました。


 昨日と同じ天井。

 同じ岩。

 同じ土のにおい。


 身体の重さは、少しだけマシになっている。

 腕の中を流れる熱。胸の奥の鈍い痛みは、まだ消えていない。


 聖骸核の光を振るい、その反動で全身の線が焼けた感覚が、骨の奥に残っている。


「よう」


 聞き覚えのある声。


 顔を向けると、テーブルの向こうに、あのフードの男が座っていた。

 魔王軍の魔将。影の魔将。


「二日目の勇者様、お目覚めだ」


「……お前、どんだけ暇なんだよ」


「忙しいから来てんだよ」


 ショウマは、椅子の背にもたれながら言った。


「世界の地図を描くには、材料が必要でな。

 その材料の一つが、お前だ」


「材料って言い方やめろ」


「じゃあ、素材?」


「もっと悪いだろ」


 口ではそう返しながらも、立ち上がろうとして、ユウキはすぐに諦めた。


 胸から上に、見えない重りが乗っている。

 床が、まだ彼を抱きしめたままだ。


 足を動かせば、膝の位置までなら自由になる。

 だが、テーブル越しに飛びかかろうとすれば、昨日と同じように押しつぶされるだけだろう。


「今日は、昨日よりちょっと深い話をしようか」


 ショウマが、机の上に何かを置いた。


 コトリ、と硬い音。


 ユウキの目が、それに吸い寄せられる。


 白い欠片。

 掌に収まるほどの大きさの結晶。


 表面はひび割れ、光は弱い。

 だが、その輪郭は見覚えがありすぎた。


「……聖骸核の、欠片」


 言葉に出した瞬間、喉が乾く。


 胸の奥がざわつき、腕の痛みがぶり返した。


「そう。森で拾ってきた。

 勇者様の“光”が、森ごと焼いたあとに残ってたやつだ」


 ショウマは、欠片を指先で転がす。


 光が、ゆら、と揺れた。


「これは何だ。教会の言葉じゃなく、お前の言葉で答えてみろ」


「……倒れた光の使徒の、残り」


 ユウキは、短く答えた。


「殉教した者。戦い抜いて死んだ者。

 そういう“光の使徒”の、魂や……なんかいろいろを、聖別して固めた核。

 教会はそう説明してる」


「“教会はそう説明してる”」


 ショウマが、言葉を繰り返す。


「お前自身は、どう思ってる」


「どうって……」


 喉が詰まる。


 頭の中に、別の光景がよぎっていた。


 白いシーツ。

 病室。

 痩せた頬で笑っていた、同じ部の男。


『俺、試合に出られなくてもいいからさ。みんなの役に立てたら、それでいいや』


 冗談半分で、そんなことを言っていたやつ。


 カズマ。


 そいつが、ある日を境に“聖なる光の核”になった。


 教会の司祭たちは、口を揃えて言っていた。


『彼は光のために身を捧げた。

 尊い殉教者です』


 その言葉を、ユウキはそのまま信じるしかなかった。


「……そういうもんだって、思うしかないだろ」


「思うしかない、ね」


 ショウマが、欠片にそっと指先を触れた。


 空気が、微かに震える。


「汗と土と、芝の線が混じってる」


「……は?」


「ボールを追いかけてた足の線。

 転んで、膝をすりむいて、笑ってた線」


 ショウマは、目を細める。


 因果の視界に、聖骸核の内部が映っていた。


 白い光の中に、いくつもの細い線がうごめいている。

 その中に一本、やけに泥だらけの線が混じっていた。


「カズマ、だったか」


 名前が出た瞬間、ユウキの心臓が跳ねた。


「っ……!」


 椅子がガタンと鳴る。

 飛びかかろうとした瞬間、見えない重しが肩にのしかかり、膝から崩れ落ちた。


「何で、お前が……」


「線を見れば、大体分かる」


 ショウマは、淡々と言う。


「森を焼いた光の中に、“カズマの線”が混じってた。

 お前は、自分の手で、部活仲間の光を振るった」


 言葉が、冷たい刃みたいに胸に突き刺さる。


「その光で焼けたのは、敵だけじゃない。

 お前の味方もだ」


「そんなこと……分かってるよ!」


 叫びが、勝手に口から出た。


 自分の光で、味方の後方を焼いた。

 あの白い焼け野原。

 黒い影だけになった人の形。


 目を閉じても、焼けた匂いが消えない。


「分かってるよ……。

 でも、あいつは、自分から核になる道を選んだんだ!」


 カズマの笑顔が、脳裏に浮かぶ。


『俺が役に立てるなら、そのほうがいいだろ』


 聖職者たちの言葉。

 「光のために」「世界のために」という甘い響き。


 それを、信じた。

 信じるしか、なかった。


「教会の連中だって言ってた。

 あいつは光の栄誉を選んだんだって。

 みんなのために、世界のためにって――」


「“殉教”“献身”」


 ショウマが、欠片を指先で弾いた。


「いい言葉だな。

 聖教会は、光のために死んだやつを、そう呼ぶ」


 声は、淡々としていた。


「お前、それを“自分の言葉”として信じてるのか?

 それとも、“そう言われたから”繰り返してるだけか」


「……っ」


 喉の奥に、何かが詰まる。


 聖界一掃のあと。

 司祭が叫んでいた。


『必要な犠牲です! 彼らも光の勝利の礎となったのです!』


 あの顔。

 あの笑い方。


 そこに、カズマの面影はなかった。


「じゃあ、お前はどうなんだよ」


 ユウキは、吐き出すように言った。


「偉そうに言ってるけどさ。

 お前、あの光いじってたとき、楽しそうだったろ」


 森を狩場に変えた影の魔将。

 人間たちの隊列をバラバラにし、自分たちの光で味方を焼かせた男。


「そっちのほうがよっぽど悪だろ。

 人を玩具にして遊んでる分、教会よりタチ悪いじゃねぇか」


「いいね、それ」


 ショウマは、口の端を上げた。


「ああ、悪だよ。

 俺はこの世界じゃ“悪”でいい。“魔王軍の新入り”だからな」


 あっさりと言い切る。


「ただ――正義の看板掲げて味方ごと焼く連中よりは、まだ自分で名乗る分マシだと思ってる」


「何がマシだよ」


「“悪しき魔に連なる者”っつって、魔族を全部まとめて地獄行きにしようとしてるのは、あいつらだ」


 ショウマは、欠片から指を離した。


「お前も、あいつらの言葉で自分を支えてる。

 それが悪いとも言わねぇよ。

 でも――」


 視線が、真正面からユウキを射抜く。


「高城ユウキ。

 お前、あいつらを“全部信じてる”って顔じゃない」


「……」


 否定しようとして、言葉が出てこない。


 あの森の焼け跡。

 味方の影。

 司祭の笑い声。


 それと、「聖なる光の栄誉」の言葉が、頭の中でぐちゃぐちゃに絡み合っている。


「答えは今じゃなくていい」


 ショウマは、椅子の背にもたれた。


「教会に戻れば、嫌でも考える時間はある。

 お前が何を信じて、何を信じてないか。

 カズマの“献身”を、どこまで自分の言葉で語れるか」


「戻れるとは限らねぇだろ」


 ユウキは、精一杯の強がりで返す。


「お前らに捕まって、こうやって尋問されて……

 このまま殺されるかもしれないってのに」


「さあな」


 ショウマは、曖昧に笑った。


「それを決めるのは、もうちょい先だ」


     ◇


 地下牢の外は、ひんやりとした空気が漂っていた。


 魔王城の石壁は、夜になると静かだ。

 遠くで兵たちの足音がする程度で、この階層まで降りてくる者はほとんどいない。


 ショウマは、結界牢の前に立っていた。


 薄く張った結界越しに、ユウキの線が見える。


 眠りに落ちた勇者。

 その胸の奥で渦巻いている、光と影の混ざった線。


(クラスメイト。カズマ。聖教会。聖骸核。焼けた森)


 指先で、空中の線をなぞる。


 理の神の声が、頭の奥でよみがえった。


『過剰な異物を排除する方法は、おおむね二つ』

『この世界において線を断つか。汝らの元いた世界へ線を戻すか』


 殺すか。

 戻すか。


『いずれ、均衡がある程度戻った時点で、汝には選択してもらう』


 宿題。


「……今じゃない」


 ショウマは、小さく息を吐いた。


 ここでユウキを殺せば、すっきりはする。

 聖教会にとっての勇者が一人減り、聖骸核の素材も一つ減る。


 だが、それで終わりだ。


 教会の中で膨らみかけている不信の芽も、そこで潰える。


 一方で、今すぐ「元の世界に戻す」なんて選択をしたら――


 まだ何も準備が出来ていない。

 地図も曖昧なまま。

 聖教会の内情も、聖都の構造も分からない。


 そんな状態で手を打つのは、どう考えても悪手だ。


「どう料理するか決めきれてない材料は、捨てるより寝かせたほうがいい」


 独り言のように呟く。


 グルドたちと広げた地図が、頭の中に浮かんだ。


 北方の戦線。

 魔王城。

 人間たちの砦と街。


 その向こうに、まだ輪郭だけの聖都。


(地図も、駒も、まだ揃いきっていない)


 高城ユウキという勇者。

 カズマという核。

 聖教会という盤。


 それらを、どう落とすか。


「ここで殺してやるほど、俺は優しくない。

 かといって、今返してやるほど甘くもない」


 ショウマは、結界に軽く触れた。


 微かな波紋が広がり、すぐに消える。


 ユウキの記憶には、今のところ手を付けない。


 影の魔将と話したことも。

 聖骸核にカズマの匂いを感じたことも。

 教会への不信の芽も。


 その全部を抱えたまま、しばらくここに寝かせておく。


 殺すか、戻すか、そのどちらを選ぶにしても――


 その前に、もう少し世界の輪郭を描きたい。


「高城ユウキ」


 名前を、静かに呼ぶ。


 結界の向こうの勇者は、何も答えない。

 ただ、眠りの底で何かにうなされるように、わずかに眉をひそめただけだった。


(お前をどこに“返す”か――殺すか、元の世界か、この世界のどこかか)


 ショウマは、その線を思い描いて、口の端をわずかに歪めた。


(その決めどころは、もう少し先でいい)


 地図の上に、新しい線が一本引かれる音がした気がした。

 影の魔将は背を向け、静かな通路を歩き始めた。

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