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世界に二度殺された俺は、“悪”として全部ぶっ壊す 〜自分以外のクラス全員光の使徒になったので、魔王軍の幹部になりました〜  作者: 安威要


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第10話 ダークエルフの器

 森の奥深く、土を固めて築いた小さな野営拠点に、どうにか全員たどり着いた。


 切り株を並べただけの腰掛け。

 焚き火の火。

 簡素な天幕。


 治癒魔法を扱える者たちが、負傷者の上を慌ただしく行き来している。


「大きな致命傷は……ないな。よくここまで持ちこたえたもんだ」


 簡単な応急処置を終えた兵の様子を一通り見回してから、俺はようやく腰を下ろした。


 さっきまで腕の中にいたレアは、すでに自分の足で立っている。

 簡易ベッドの端に腰掛け、包帯を巻かれながらも、周囲に指示を飛ばしていた。


「……ショウマ殿。さっきは、勝手な真似を」


「気にすんな。あそこでお前が残ってたら、あの場にいた全員、たぶん残って死んでた」


 口をついて出た言葉が、思った以上に荒いものだったので、自分で少しだけ面食らう。


「“長”が残れば部下も残る。だったら、お前が前を向け。

 ……そういう話だろ」


 レアは一瞬だけ目を見開き、それから、ぎゅっと拳を握った。


「……はい。重々、肝に銘じます」


 まじめなやつだ。


 そう思ったところで、また、違和感が喉の奥にひっかかった。


(……俺、こんな言い方、してたか?)


 日本にいた頃の自分を思い出そうとすると、妙に霞がかかったみたいに、はっきりしない。

 ただ一つだけ分かるのは――もっと、角を丸めて、相手の顔色を見て話していた、ということだ。


「ショウマ殿」


 レアが、きちんと背筋を伸ばし、改めてこちらを向く。


「さっきは礼も言えず、すみませんでした。

 あなたがいなければ、私の隊は……きっと、全滅していました」


「ん。……それは、お前らがまだ死んでないって結果が証明してる」


 さらっと言いながら、心の中で舌打ちする。


(……言い方が、完全に“こっち側”だな)


 魔王軍。

 魔に連なるもの。

 さっき理の神が言っていた「器を変える」ってやつ。


 ダークエルフという器に魂を詰め込まれた影響なのか、思考の癖も、口の重さも、少しずつ変わってきている気がした。


 人間だった頃なら――

 きっと今ごろ、「助けられなくてすみません」とか、「自分なんかが」みたいな言い回しを探していたはずだ。


(……ま、いいか)


 もう日本には戻らない。

 戻るつもりもない。


 だったら、今の身体に合わせて、自分のほうが変わるしかない。


「ところで、ちゃんと名乗ってなかったな」


 俺は、焚き火越しにレアを見る。


「さっきはバタバタしてたけど……改めて。

 俺はショウマ。理の神だかなんだかに拾われて、魔王軍に回された、ダークエルフの新入りだ」


「“新入り”って……あなた、どう考えてもそんな雰囲気では……」


 レアが困ったように眉をひそめる。


「いえ、失礼しました。私は――」


 一瞬、言葉を切って、レアは胸に手を当てた。


「レアリア=ノクス・シルバ。

 そう名付けてもらいました。ですが、みんなにはレアと呼ばせています」


「レア、ね」


 舌の上で転がしてみる。

 妙にしっくりくる響きだ。


「じゃあ俺もレアって呼ぶ。こっちもショウマでいい」


「……分かりました、ショウマ殿」


「“殿”はやめろ。距離が出る」


 レアが一瞬固まり、それからふっと微笑んだ。


「……じゃあ、ショウマ、さん」


「“さん”もいらねぇな」


 口をついて出た言葉が、また少し荒い。


「同じ魔王軍で、同じ“こっち側”なんだ。

 呼び捨てでいい。お前も、そういう距離感のほうが、部下は動かしやすいだろ」


「……そう、かもしれませんね」


 レアは少しだけ悩むように視線を落とし――やがて、決意したように顔を上げた。


「……分かった。ショウマ」


 名前を呼び捨てにする、その声音には、ほんのわずかに照れと、同じぐらいの信頼が混ざっていた。


     ◇


 ひと段落ついたところで、俺は拠点の外れ、少し高くなった岩の上に登った。


 見張りを兼ねて、周囲の気配を探る。

 森のざわめき。

 遠くの獣の気配。

 それとは別に――地面を伝って、いやな“光”のざらつきが微かに届いていた。


(まだ、追撃は来てねぇか)


 そう確認していると、背後から気配が近づいてきた。


「ここにいたんだね、ショウマ」


 レアだった。

 さっきよりも顔色は良いが、まだところどころに疲労の色が残っている。


「お前、休まなくていいのか」


「隊の様子は一通り見た。あとは、治癒班に任せるほうが早いからね」


 レアは俺の隣に立ち、森の向こうを見下ろした。


「さっきは、本当に驚いたよ。

 崖の上から飛び出してきて、聖騎士を蹴り飛ばすなんて」


「余裕かまして上なんか見てなかったからな、あいつら」


 俺は肩をすくめる。


「魔に襲われてるくせに、背中と頭上をガラ空きにしてる。

 ああいうのは、殴ってでも分からせたほうがいい」


「言い方が、完全にゲリラ部隊の長だね」


 レアが、くすっと笑った。


「ドルガ隊長が聞いたら、きっと喜ぶよ。

“お前の隊に、ようやくまともな後ろ盾ができたな”って」


「ドルガ隊長……だったか。お前が戻るって約束してる相手」


 レアの表情が、少しだけ引き締まる。


「うん。ガルド将軍の配下で、前線寄りの部隊を任されている人。

 ……父のような人、って言うと、ちょっと照れるけど」


「じゃあ、ちゃんと生きて顔見せてやれよ」


 それは、昔の俺だったら口にできなかった種類の言葉だ。


 説教臭く聞こえるんじゃないか、とか。

 お前にそんなこと言う資格があるのか、とか。

 そういう余計なことばかり気にして、飲み込んでいた類のもの。


 今は、すっと出た。


「お前が無茶してここで死んでも、そいつは喜ばねぇだろ。

 だったら、歯ぁ食いしばってでも生きて帰れ。

 ……魔王軍の“長”ってのは、そういうもんだ」


 レアは、少しだけ目を潤ませて、こくんと頷いた。


「……うん。絶対に、帰るよ」


 その横顔を見ながら、俺は自分の中で渦巻く違和感を、もう一度見つめ直す。


(俺は、いつから“魔王軍”って主語で物を考えるようになった?)


 クラスメイト。

 日本。

 家族。


 そういうものは、確かに存在していたはずなのに、今はまるで、夢の中の出来事みたいに遠い。


 代わりに、魔王。

 ミラ。

 グルド。

 レアたちの顔が、はっきりと浮かぶ。


 理の神が言っていた「器を変える」という言葉。

 寿命も、魔力回路も、思考の耐性も――ダークエルフのものに合わせて調整されているのだとしたら。


(だったら、口調が荒くなるぐらい、安いもんか)


 こっちのほうが、今の俺にはちょうどいい。


 世界から“不要”だと切り捨てられた人間として生きるより、

 魔王軍の“新入り”として、前線で血を流すほうがよほどマシだ。


     ◇


 日がすっかり傾く頃、周囲の地形が変わってきた。


 森が途切れ、開けた丘陵地帯が広がる。

 遠くには、朽ちかけた塔や砦の影が、いくつも突き立っていた。


「あれが、前は人間側との争奪地帯だった場所だ」


 レアが、少し苦い声で言う。


「拠点を取っては取り返されて……何十年も、ずっと。やっとここより先まで押し込めて、後方にできたのに」


 乾いた風が、焼けた石と土の匂いを運んでくる。


「聖教会とそれに連なる人間諸国は、毎年必ず兵を各所へ差し向けてくる。こっちは、それを押し返すだけで精一杯なんだ」


「……なるほどね」


 かつての前線。

 いまは魔王軍側の“後ろ”になっているその場所を眺めながら、俺は小さく息を吐いた。


「押し返した分だけ、また押される。

 光の使徒だか聖教会だか知らねぇが、……まあ、いい性格してるよ」


「性格?」


「自分たちこそが“光”だと信じてる奴らは、基本、押しつけがましいってことだ」


 レアは、一瞬だけ言葉に詰まり、それから苦笑した。


「それは、否定しづらいね」


     ◇


 そのときだった。


 遠く、地平線の向こう側。

 かつての争奪地帯のさらに先――人間側の領域だ。


 そこから、空を貫くような“光の柱”が立ち上がった。


「っ……!」


 レアが、息を呑む。


 白く、眩しく、いやに“整った”光。

 見ているだけで、皮膚の奥がざわざわと逆撫でされるような、あの感じ。


 ――知っている。


 異世界召喚。

 加護。

 勇者。


 その手のワードを、テレビやネットで嫌というほど聞かされていた頃。

 ワイドショーがありがたがって流していた、“奇跡”とやらの映像。


 あのとき画面越しに見た光と、同じ匂いがする。


「……“光の使徒”側の大規模魔法、か結界か……」


 レアが、顔を強張らせたまま呟く。


「この規模だと、ただの祈祷儀式じゃない。

 どこかの前線が、今まさに――」


「やられてるだろうな」


 俺は、無表情のまま、その光を見つめていた。


 怒りも、恐怖も、焦りも、不思議と湧いてこない。

 ただ、遠くで上がっている花火を見ているような感覚で、あの柱を観測しているだけだ。


(“勇者様”は、今日も楽しそうに暴れてるってわけか)


 胸の奥のどこかで、ぺたり、と冷たいものが張り付く。


 あの光の向こうにいるのが、クラスメイトかもしれない。

 坂上マサトの顔が、ふと脳裏をかすめる。


『二年三組だけ異世界召喚とか熱すぎwww』

『光の使徒を名乗る連中に選ばれなかった可哀想なやつw』


 ネットの文字。

 ワイドショーのテロップ。

 あの日、俺を刺した女の、「光の使徒と称する人間達が」という言葉。


 全部まとめて、光の柱の向こう側へと繋がっている気がした。


「ショウマ……?」


 レアが、不安そうに俺の横顔を覗き込んでくる。


 俺は、視線を光から外さないまま、短く答えた。


「いい景気づけだな」


「……え?」


「“勇者様”が、どれだけ楽しそうに俺の味方を焼いてるのか。

 確かめに行く理由には、十分だ」


 炎色の瞳に、ようやく、わずかな熱が宿る。


「魔王軍の新入りとして。

 そろそろ、“こっち側”の仕事をちゃんと始めないとな」


 光の柱は、なおも空を焦がし続けている。


 俺はその眩しさを、まぶたを伏せることなく見据えながら、静かに息を吐いた。


 ――次は、あの光の真下で会おうぜ、“勇者様”。

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