乗り合いは助け合い
朝の薄明かりの中、リオは乗り合い馬車に飛び乗った。
荷物袋を背負った拍子に、隣の座席に座っていた籠がぐらりと揺れる。
「うわっ、すみません!」
籠の中の野菜や布切れが転がり落ち、後ろに座っていた客が笑う。
「大丈夫? 慌てすぎだよ」
声に顔を向けると、ふわりとした髪の女の子が立っていた。柔らかい目と笑顔が印象的だ。
「えっと……、あ、はい、すみません。僕、リオって言います」
リオは必死に頭を下げるが、手に持った水袋まで手を滑らせ、膝の上で半分こぼしてしまった。
「私もよくドジするけど、あなたってば私以上ね」
女の子はにこにこと笑いながら、水をかぶったリオを軽く手で払ってくれた。
「……あ、ありがとうございます」
リオは赤面しつつも、どこかほっとする。
馬車がゆっくりと動き出す。街へ向かう道中、二人は自然と会話を始めた。
「冒険者になるんですか?」
ミーナが首をかしげて聞く。
「はい……まだまだだけど、少しずつ強くなりたいです」
リオは胸を張ろうとしたが、言葉に力が入りすぎて剣の鞘に肘をぶつけ、思わず「痛っ!」と声を上げる。
「ほんとに……もう、ドジっ子なんだから」
ミーナは微笑みながら手を差し出す。
「でもね、夢に向かって頑張ってる姿って素敵だと思うよ」
リオはその言葉に少し勇気づけられた。
馬車の窓から見える緑の森と小川が、まぶしく輝く。
「僕も、自分なりの冒険者になってみせます」
リオがそう言うと、ミーナはうんうんと頷き、にこにこ笑った。
話は自然に、ミーナの夢のことにも及んだ。
「私? 私は街に行って、自分の屋台を持ちたいんです」
そう言うと、手元の小さな帳面を開き、屋台で出す予定の料理のメモを見せた。
「素材は冒険者が集めてくれるから、私も少しは冒険者の勉強してるんですよ」
リオは目を丸くする。
「へぇ……すごいな、料理と冒険を両立するんだ」
だが、その瞬間もリオは荷物の紐に足を引っかけて転びかけ、ミーナに手を掴まれる。
「やっぱり……あなたってば、私以上ね」
笑いながら言うミーナに、リオは思わず苦笑した。
馬車は小さな村を抜け、遠くに街の塔や城壁が見えてきた。
リオは田舎者丸出しで目を輝かせるが、歩きながら荷物の紐に足を取られ、再びよろける。
ミーナはふわっと手を差し伸べ、リオを支えながら笑った。
「ほら、こけるよ」
「う、うん……すみません!」
ぎこちない二人のコンビネーションが、馬車内の空気を和ませる。
街門が近づくと、リオは胸の中で決意を固めた。
「僕も、自分なりの冒険者として、一歩ずつ進んでみせる」
リオは小さく呟き、揺れる馬車に身を任せた。
馬車が街門をくぐると、目の前には雑踏の広場。商人の屋台、冒険者の装備屋、鍛冶屋……街のにぎやかさにリオは圧倒される。
「ほら、また荷物落とすんじゃない?」
「は、はい……気をつけます!」
リオは背負い袋の紐をぎゅっと握り直す。ミーナは手に持った小さな帳面をかばんから取り出し、メモを確認しながら歩いていた。
「街に着いたら、まずはギルド?」
リオが尋ねると、ミーナは首をかしげて答えた。
「私は商業ギルドに寄って、屋台の申請をするの。自分のお店を持つのが目標だから」
「なるほど……僕は冒険者ギルドに行くんだ」
自然と二人の進む方向は分かれた。だが、まだ歩き始めたばかりの距離感に、どこか安心感があった。
歩道で人混みに揉まれるリオ。慣れない街のせいで、荷物の紐に足を取られそうになり、後ろにいた商人のカートにぶつかる。
「わっ、す、すみません!」
カートの果物が少し転がったが、ミーナは笑顔で駆け寄る。
「相変わらずだね……でも大丈夫?」
リオは深く頭を下げながらも、ミーナの笑顔に安心し、ふっと肩の力を抜いた。
「はい、大丈夫です。ミーナも頑張ってくださいね!」
言葉を交わすと、二人の表情が少し真剣になった。お互いの目的に向かって頑張ろうという、穏やかな励ましが自然に生まれる。
街の広場を抜け、リオは冒険者ギルドの大きな建物を目指す。
重厚な木製の扉、外壁に刻まれた紋章……田舎の村では見たことのない威厳に、胸が高鳴る。
「ここが……父さんのいる街か」
思わず小さく呟き、息を整えた。
だがその瞬間、後ろからカゴを持った通行人にぶつかりかけ、またしてもバランスを崩す。
「リオ……まったく、あなたってば」
振り返ると、ミーナが手を差し伸べて笑っていた。
「ははっ、気をつけます……」
リオは苦笑しながら手を握り返す。
二人はここで立ち止まり、少しだけ向き合った。
「じゃあここでお別れね、私も行くわね。ねぇ、リオ。屋台の手続きを済ませたら、私達また会えるかな?」
「もちろん。1番最初のお客は僕がなるよ!お互い、頑張ろうね」
短く励まし合い、ミーナは街の反対側へと歩き出す。リオはその後ろ姿を目で追いながら、胸の中で自分に言い聞かせる。
「しっかりして、少しずつ強くなるんだ……」
リオは深呼吸をして、冒険者ギルドの重厚な扉を押し開けた。
中は思った以上に広く、数十人の冒険者たちが書類を手にしたり、掲示板を眺めたりしている。
「す、すみません……登録を……」
小さな声で受付に近づくと、机の向こうの職員が一瞥して書類を差し出した。
「では、簡単な試験を受けてもらいます。基礎戦闘・魔法・素材知識の確認です」
リオは胸を張ろうとしたが、剣を受け取る際に手を滑らせ、机にぶつけて小さな音を立てた。
「うわっ、す、すみません!」
周りの冒険者がクスクスと笑う。リオは赤面しつつ剣を握り直した。
最初の戦闘試験は、木製の練習用人形相手。
リオは剣を振るが、力が入りすぎて空振り、後ろに倒れかける。
「……やっぱり、まだまだですね」
自分で呟くと、少し笑いをこらえた職員が優しく声をかける。
「大丈夫、基礎だけでいいんだ。慌てずに」
次は魔法試験。小さな光の魔法を対象に当てるだけの簡単なものだが、リオは魔法を暴発させ、光が壁に当たって跳ね返り、周囲の書類を散らしてしまった。
「……や、やってしまった」
肩をすくめるリオに、職員は笑いながら紙を拾ってくれた。
最後は素材知識の確認。モンスターの骨や草の標本を見せられ、名前や用途を答える。
リオは覚えたつもりで答えたが、思わず「えっと……これ、確か……」と口ごもる。
職員は「まあ、初めてだし、これも練習。合格は大事な書類の受け取り後でも確認する」と言って、にっこり笑った。
試験を終え、リオは少し肩の力を抜いた。
小さな成功もあった。木製人形に一度だけ剣を当て、魔法も暴発ながら光を的に当てた。
「……まだまだだけど、焦らず、しっかり身に付けていこう」
自分にそう言い聞かせ、深く息を吐く。
職員から登録書を受け取り、リオは胸の中で静かに決意を固めた。
街に着いたときのミーナの言葉が浮かぶ。
「お互い、頑張ろうね」
思わず笑みがこぼれる。




