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第7話 月のしるべ、君の声 〜満ちる夜、ひとことだけの奇跡〜(今日のレシピ:白いリゾットとサラダ、ミニパンケーキとキャビア、チーズのバゲット添え 〜de la Lune家の贈りもの〜)

満ちてゆく月は、

胸の奥にしまっていた“なにか”をそっと浮かび上がらせます。

それが、ひとことの声でも。

記憶のかけらでも。

それとも、まだ名のない感情でも・・・


今夜、ふたりの物語に“しるべ”が灯ります。

その日は朝から、少しざわついた空気を感じていた。

ビルの合間を吹き抜ける風も、地下鉄のアナウンスも、どこか“ふつう”とは違って聞こえた。

それでも仕事を終え、まっすぐ帰宅すると、マンションのリビングはいつものように静かで、温かかった。


窓辺に座るシトロンが、いつもよりずっと長いこと、空を見上げていた。

「……月、見てるのか?」

玲央は思わず声をかけた。

返事はない。けれどその背中から、何かが伝わってくる気がした。

カーテンの隙間から差し込む光が、いつもより強く柔らかく、部屋の空気をほのかに染めていた。

今夜は満月…祖母・紗英が、ふいに電話で言っていた。

「今夜は月がきれいよ。あの子と過ごすなら、きっとなにかあるわ」

その言葉の意味はよくわからなかったが、心に引っかかっていた。


お湯が沸く音に、少しだけ現実に引き戻された。

夜の静けさに、ふと気づく。

「……こんな時こそ、食事だな」

自分に言い聞かせるように呟いて、冷蔵庫を開けた。

取り出したのは、無調整の豆乳と冷やごはん。

そして、蒸しておいたやわらかなかぼちゃ。

今夜は白いリゾットにしよう。月の夜には、まるい料理が合う。

祖母・紗英のレシピ帖にも、そんな言葉があった気がした。


小鍋に豆乳を注ぎ、火にかける。ごはんとかぼちゃを加え、ゆっくりとろみをつける。

塩も油も入れない猫用を、途中で取り分けて冷ます。

人間用には、仕上げにほんの少しだけレモンの皮を削った。

蒸し器では、ささみとカブが湯気をまといながら、ほこほこと白く仕上がっていく。

盛りつけながら、ふと玲央の手が止まる。

「……あれを、開けるか」

冷蔵庫の奥。丁寧にしまわれた、小さな瓶。キャビア。

それは玲央の誕生日に、祖母が贈ってくれたものだった。

封を開けられずにいたが――今夜なら、いい気がした。

小さなパンケーキを温める。

そして、思い出したように食器棚を開けた。

取り出したのは、小さな白い陶器の小皿。

祖母が昔、キャビアのときにだけ使っていた器だ。


「キャビアは、金属を嫌うのよ。

 冷たすぎても騒がしすぎても、拗ねてしまうから」


幼い頃、祖母の声と一緒に聞いた“de la Lune家の教え”。

キャビアは、“月の子ども”なんだと。

パンケーキの上にキャビアを一匙のせ、そっとその器に置く。

横には、トーストしたバゲットにやわらかい白カビチーズを塗って。

タイムをひとひら添えた。

グラスに注いだシャンパンの泡が、ふわりと立ちのぼった。

特別な夜の、小さな祝福の音だった。


すでに食べ終えたシトロンが、窓辺でじっと月を見ていた。

その背中が、どこか寂しげに見えたのは・・・気のせいじゃない。


玲央は静かに立ち上がり、そっとその体を抱き上げた。


猫の体は思っていたより軽くて、けれど確かに、あたたかかった。

腕の中で、そっと頭に顔を寄せる。

「……ひとりじゃないって、言っただろ」


そのときだった。


「……れお」


耳元で、小さな声がした。

かすかに、けれど確かに。

玲央は息をのんだ。

驚いて顔を離すと、シトロンは金の瞳を細めてこちらを見つめ返していた。

その胸元には、再び“印”が浮かび上がっていた。

今夜のそれは、はっきりと、まんまるの満月のかたちだった。


玲央は言葉を呑んで、微笑んだ。

静かな奇跡は、静かな夜に訪れる。

そんなことを、はじめて信じた夜だった。


* * *


【今日のレシピ】

『白いリゾットと金色のしるし』

〜豆乳仕立ての、まるい優しさ〜


▶ 材料(1人と1猫)

・ごはん……1膳分

・無調整豆乳……150ml

・かぼちゃ……30g(蒸して潰す+スライス数枚)

・レモンの皮・塩・オリーブオイル……各少量(人間用のみ)


▶ 作り方:

鍋に豆乳を温め、ごはんと潰したかぼちゃを加えて煮る。

とろみが出たら猫用を取り分け、スライスかぼちゃを添えて冷ます。

人間用には塩・レモンの皮・オリーブオイルで整えて皿に盛る。


『ささみとカブの蒸しサラダ』

〜やわらかな白に、ぬくもりを添えて〜


▶ 材料(1人と1猫)

・ささみ……1本

・カブ……1/2個(皮をむいてスライス)

・オリーブオイル・塩……各少量(人間用のみ)


▶ 作り方:

ささみとカブを蒸す。

猫用には細かく裂いて冷ます。

人間用には塩・オリーブオイルで味を整えて盛る。


『ミニパンケーキとキャビア、チーズのバゲット添え』

〜de la Lune家の贈りもの〜


▶ 材料(人間用)

・ミニパンケーキ……2〜3枚

・キャビア……少量

・バゲット(スライス)……2枚

・白カビ系やフレッシュなチーズ……適量

・タイム(生または乾燥)……少々

・シャンパン……1杯(お好みで)


▶ 作り方:

パンケーキを温め、陶器皿にキャビアをのせる。

バゲットを軽くトーストし、チーズを塗ってタイムを添える。

シャンパンを添えて供する。


* * *


レシピ帖のひとこと:

「キャビアは、金属を嫌う月の子。

 静かな夜に、小さな声を届けてくれるわ」


〜祖母・紗英の『月夜のレシピ帖』より



“れお”と呼ばれる声が、ふたりの時間にそっと息を吹きこむ――

そんな一夜を描きました。

はじめての言葉。

はじめての満月の印。

少しずつ、静かに物語が動き出す夜です。

次回は、“言葉”を交わしたふたりのあいだに生まれる

小さな変化と、心のざわめきの物語をお届けします。


また、お腹がすいたら、お立ち寄りくださいね。

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