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第4話 眠りの印、白いグラタン 〜白い食卓と、こころを整える朝〜 (今日のレシピ:ミルクと白身魚のやさしいグラタン)

夜明け前、

ほんの一瞬だけ、空気がやわらかく揺れるときがある。

夢と現実のあわいに、

光のような、気配のようなものがそっと触れる――そんな瞬間。

それはまだ名前のない変化。

けれど、心のどこかが、静かに目を覚ましていく。


この朝もまた、

白い湯気とやさしいぬくもりの向こうで、

ふたりの物語が、少しだけ動き出します。

夜明け前、ふと目が覚めた。

夢を見ていた気がするのに、内容は曖昧で、ただ胸の奥にぽっかりと穴が空いたような感覚だけが残っていた。

布団の中でしばらくまどろんでいると、どこかで風の音がする。

不思議に思って起き上がり、寝室の扉を開けると、微かに冷たい空気が廊下を流れていた。

リビングのソファも、キッチンの椅子も、シトロンの姿はなかった。

静かだった。まるで、時間だけが置いていかれたような――そんな夜。

カーテンが揺れていた。

窓が少し開いている。

「……ここ、開けたままだったか?」

いや、閉めたはずだ。

そう思いながら近づくと、カーテンの影に、小さな丸いかたまりがあるのが見えた。

「……シトロン?」

彼は窓辺のフローリングに身体を丸めて、眠っていた。

薄い月明かりに照らされたその毛並みは、まるで雪のように静かで柔らかだった。

そっと近づくと、ふいに――

その胸元に、光が浮かんだ。

薄く、淡く、まるで水面に映った月のように。

それは一瞬の出来事だった。

金でも銀でもない、どこか現実味のない光の輪が、彼の胸のあたりに現れて、すぐにふっと消えた。

息を呑んだ。

目の錯覚かと思ったが、そこには確かに――「印」が、あった。

けれどシトロンは目を開けることなく、ほんの少し尻尾を動かしただけだった。

その仕草は、まるで「見た?」とでも言いたげに思えた。


***


キッチンに立ちながら、玲央はひとつ息を吐いた。

冷蔵庫に残っていた牛乳と白身魚。

祖母・紗英のレシピ帖には、こんな言葉が添えられていた。


「迷ったときほど、白い料理が心を整えてくれるのよ。

 焦らずに、やさしい気持ちでね」

 ――『月夜のレシピ帖』より


何かに追い立てられるようにして、冷蔵庫の中身を確かめる。

白身魚、さつまいも、ブロッコリー、そしてミルク。

それらを手早く火にかけて、パン粉とチーズをのせて、オーブンに滑り込ませた。

「……白、ばっかりだな」

自分でも気づいていた。

昨夜の印が、あの白い毛並みと重なって、頭から離れない。

リビングの隅では、いつものように丸まったシトロンが、匂いにつられて身体を起こす。

「……焼けたぞ」


皿をふたつに分ける。ひとつは猫用にチーズ控えめで、具も刻んだもの。

もうひとつは、人間用。パン粉はカリカリに。

ふたり分の白いグラタン。

少しだけ、距離が近づいた気がした。


スプーンを口に運ぶと、やさしい味がした。

身体の中からあたたかくなるような――そんな味だった。

シトロンは、無言で皿を舐め終えたあと、こっちを見た。

黄金の瞳が、どこか探るように瞬く。


「昨日の……あれ、なんだったんだ?」

問いかけたところで、返事があるはずもない。

けれどシトロンは、そっと尻尾の先を、玲央の手元に巻きつけた。

それは、まるで――「わかってるよ」と言っているようで。


玲央は息を吸い、吐いた。

朝の光はまだ柔らかく、リビングはほんのりと、グラタンの匂いで満ちていた。


【今日のレシピ】

『ミルクと白身魚のやさしいグラタン』

〜白い食卓と、こころを整える朝〜


▶ 材料(1人と1猫)

・白身魚(骨なし)……1切れ

・さつまいも……1/4本(小さめにカット)

・ブロッコリー……適量(小房に分けて)

・牛乳……100ml

・薄力粉……小さじ1

・バター……5g(人間用のみ)

・とろけるチーズ……少量(人間用のみ)

・パン粉……適量(人間用のみ)


▶ 作り方:


鍋に牛乳と薄力粉を入れて火にかけ、とろみをつける。

白身魚、さつまいも、ブロッコリーを加えて軽く火を通す。

猫用にはチーズ・バターなしで少量取り分け、粗熱を取る。

人間用には耐熱皿に盛り、チーズ・パン粉・バターをのせてオーブンで焼き色をつける。


▶ レシピ帖のひとこと:

「迷ったときほど、白い料理が心を整えてくれるのよ。

 焦らずに、やさしい気持ちでね」

 ――祖母・紗英の『月夜のレシピ帖』より



ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

今回は、シトロンの胸元に浮かんだ不思議な“印”をきっかけに、物語が少しだけ奥へと進みました。

けれど、それは決して恐ろしいものではなくて――どこかやわらかく、ふたりを包み込むような気配として描けたらと思いながら書きました。

玲央が作った「ミルクと白身魚のやさしいグラタン」は、自分の心を整えるためのレシピでもありました。

祖母の言葉に導かれながら、少しだけ前に進もうとする姿を、そっと見守っていただけたら嬉しいです。


次回は、玲央のもとに一つの“鍵”が届きます。

それは、かすかに閉じられていた記憶の扉を、そっとノックするような――

そんなエピソードになる予定です。

また、ふたりの物語に会いに来ていただけたら幸いです。



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