第21話 『誓いのキス、そして月はふたりを照らす』 (今日のレシピ:『 Le baiser d’amour』〜“一度きりの味を、ふたりで”〜)
静かな朝。
猫の姿で眠るシトロンにそっとネックレスをかけ、玲央は出かけていった。
それは、何気ない日常のはずだった。
けれど、夕暮れの風がすべてを変えていく。
月と鍵が導いた、運命の夜。
これは、“どんな姿でも愛したい”と願った心が、
本当の奇跡を呼び起こす物語。
『猫と暮らせば、恋がくる。』
第一章のクライマックスを、どうぞ見届けてください。
都内のマンション。
玲央は、まだ朝の淡い光が差し込むリビングのソファを見やった。
白く細い肢体を丸めて眠るシトロンの姿がある。猫の姿に戻った彼は、まるで無垢なぬくもりのように、安らかな寝息をたてていた。
「行ってくるよ……」
玲央は小さく囁き、そっと手にしたネックレスを彼の首にかける。
銀の月と鍵が一体化した不思議なペンダント。
それはまるでお守りのように、玲央の想いを託して光を宿していた。
* * *
退社時刻。
オフィスのエントランスは、普段と違うざわめきに満ちていた。
「え、何あの人……」「モデル?」「なんか映画の撮影?」
社員たちが携帯を手に、ざわめくその先・・・
玲央は眉をひそめ、足を止める。
騒ぎには慣れていない。裏口から帰ろうとしたそのときだった。
「……玲央」
不意に、胸の奥に響いた声。
振り向いた瞬間、目が合った。
まっすぐに自分を見つめてくる、金色の瞳。
・・・あの夢の中と、まったく同じ。
光をまとうような長身の青年。
プラチナブロンドの髪が、夕方の風に揺れる。
玲央の身体が、反射のように動いた。
彼に向かって、小走りに駆け出していた。
「……シトロン……?」
「迎えに来た」
それだけを告げると、青年は玲央の手を取り、外へと導いた。
停められていたのは・・・
玲央の愛車、シルキーホワイトのアルファロメオ8Cスパイダー。
「乗れ。俺が運転する」
助手席に乗り込んだ玲央は、混乱のまま、運転席の男を見つめた。
朝、確かに猫の姿だった。
けれど今、そこには眩しいほど美しい“青年”がいる。
首元に揺れるペンダント。その銀細工が、どこか違って見えた。
「……それ、ペンダント。なんだか、形が違う?」
「やっと気づいたか。話すこと、それだけか?」
シトロンは、口元に皮肉な笑みを浮かべながら前を見た。
けれどその声は、どこか嬉しそうだった。
「昨夜のうちに、変化は始まっていた。ネックレスが熱くなり、俺の印も光った。……気づいたら、朝にはこの姿になってた」
「……えっ、じゃあ……」
「それだけじゃない」
彼は、ちらりと玲央を見る。
金の瞳に、どこか優しい光が宿っていた。
「この首飾りに刻まれていた言葉が、読めるようになった。“無条件の信頼と、愛。
・・・それこそが、契約”……って」
玲央は、思わず目を見開いた。
「……祠じゃなくて……僕が、あの夜……」
「そう。お前は、俺のそばにいて、俺を選んだ。それだけで十分だったんだ」
その瞬間、車は海沿いの静かな小道に停まった。
遠くには、ゆるやかに沈んでいく夕陽。
空は茜色に染まり、二人の間に、言葉では表せない空気が流れた。
「……玲央・・・おまえがすきだ。」
その声は、まっすぐで、揺らぎのない響きを持っていた。
玲央は、目を伏せたまま、少しだけ頬を赤くして答えた。
「……僕の車、どうやって運転してきたの?」
「それ、今聞くか?」
そして、次の瞬間。
玲央の顎にそっと指を添え、顔を上げさせた。
シトロンはその唇に、深く、静かに口づけた。
一度目のキスは、誓いのように。
二度目は、深く、熱を帯びて。
指先でそっと玲央の頬をなぞりながら、言葉のかわりに想いを伝えるように。
キスが終わったとき、ふたりの間に、ひとすじの月明かりが落ちていた。
その光は、過去と未来を静かに結ぶ、銀の糸のようだった。
玲央の頬に指先を添えたまま、シトロンはその額へ、そっと口づける。
凛としたその眼差しには、どこか神の使いのような厳かさと、確かな愛の温もりがあった。
そして、低く、真っ直ぐな声で囁いた。
「……契約だ。
おまえを守ると、あの夜、心に誓った。
その誓いは、もう揺るがない」
その瞬間、シトロンの胸元のペンダントと、二人の胸の印が、淡く呼応するように輝いた。
光は一瞬、風に散り、ふたりのまわりを包み込む。
どこかで、風鈴のような音が微かに響いた気がした。
風はふたりの髪を撫で、やがて月へと昇っていく。
夜空に浮かぶ満月が、静かに見守っていた。
未来の扉は、もう開きはじめている・・・
ふたりの歩むべき、光の記憶の道へと。
* * *
【今回のレシピ】
『 Le baiser d’amour』 “一度きりの味を、ふたりで”
▶︎材料
・勇気 少々
・ときめき 大さじ2
・信じる心 一握り
・抑えきれない想い 適量
▶︎作り方
1. 月の下で、心と心をしっかり温めておきます。
2. そっと近づいて、目を見つめたら、ためらわずに想いをのせましょう。
3. 長めに、深く・・・でも、やさしく。
4.あとは、体温と鼓動に任せて、仕上げの余韻を大切に。
*保存不可。一度きりの瞬間を、ふたりで味わってください。
▶ レシピ帖のひとこと
『いちばん深い想いは、そっと触れた唇に宿るのよ。』
〜〜祖母・紗英の『月夜のレシピ帖』より
ここまで物語を読んでくださり、心より感謝申し上げます。
月夜に出会ったふたりが、言葉よりも深く想いを交わしながら、
少しずつ歩み寄ってきた道。
玲央の優しさと、シトロンの情熱。
そして、ふたりの間に流れる静かな光。
シーズン1もあと1話となります。
これはまだ、旅の途中。
遠い祖先からの記憶と契約。
祠に秘められた真実。
すべてが、ふたりを次なる扉へと導いてゆきます。
最終話で秘密が少し明かされます。
お楽しみに!




