第2話 はじめましてが、むずかしい 〜クリーム色の毛玉と、はにかむ朝〜(今日のレシピ:やさしさのポタージュ)
ひとつ屋根の下で、はじまる静かな朝。
小さな毛玉と目が合っても、どうしたらいいのかわからなくて。
でも、それでも——この子と、ちゃんと向き合ってみたいと思った。
祖母・紗英の「月夜のレシピ帖」をそっと開いて、
不器用な手つきで作ったスープは、
やさしい香りで部屋を満たし、少しだけ心をほどいてくれた。
これは、ふたりの距離がほんの少しだけ近づいた日の、小さな物語
玲央は静かに目を覚ました。高層マンションの窓から差し込む淡い朝日が、部屋の静寂にやさしく溶け込んでいた。毛布を軽く押しのけ、そっと身を起こす。
「……夢、だったのかもしれないな」
昨夜の出来事——あの執事と、バスケットに眠っていたクリーム色の子猫。まるで絵本の一場面のようで、現実感が薄い。
リビングへ足を運ぶと、窓辺の陽だまりに小さく丸くなっている毛玉が目に入った。クリーム色の長毛。淡く光る瞳が、ゆっくりとこちらを見上げた。
「おはよう。……よく眠れたかな」
玲央の声に、猫は小さく瞬きを返しただけだったが、それだけでも何かを伝え合ったような気がした。
しばらく見つめ合った後、玲央は小さく息をついてキッチンへ向かう。朝食の支度を始めようとして、ふと立ち止まった。
(何を食べるんだろう、猫って……)
料理は嫌いではないが、猫のために作るのは初めてだった。スマートフォンで「猫 食べられる 野菜」と検索しながら、冷蔵庫を開ける。
にんじん、さつまいも、そして以前紗英が送ってくれた、小瓶のかぼちゃピュレが目に入る。
(この組み合わせ、どこかで……)
玲央は引き出しから一冊の布張りのノートを取り出す。表紙には銀の文字で「月夜のレシピ帖」と記されていた。
——紗英が、大切な夜にだけ開いていた料理帳。月明かりの晩に、心を整えるために作る料理が綴られている。
> 「これはね、心を開くスープ。
> ひとさじすくうたびに、自分の中の優しさに気づくのよ」
かつてそう言っていた祖母の声が、ふいに脳裏に蘇った。
玲央は静かに鍋を取り出し、野菜を刻み始める。にんじんとさつまいもを柔らかく煮込み、そこにかぼちゃのピュレを加え、豆乳でなめらかに整える。
自分用には塩をほんのひとつまみ。仕上げに刻んだパセリを散らした。猫用の器には、味付けをする前に取り分けておく。
「……これで合ってる、はずだよな・・・」
白い小皿にそっとスープを注ぎ、テーブルの端に置く。シトロンは近づくでもなく、ただその場でじっと見つめていた。
玲央は椅子に腰かけ、自分のスープに口をつける。とろりとした舌触りと、やさしい甘さが静かに体を満たしていく。
ふと、器の方に目をやると——
シトロンが、静かにスープを舐めていた。
「……食べたんだ」
玲央の口元が、わずかにゆるむ。彼の手元で小さく揺れるスプーンの音だけが、朝の静けさの中に響いていた。
洗い物をしながら、玲央はぽつりとつぶやいた。
「……僕は、人との距離を測るのが得意じゃない」
猫に対しても、同じことが言えるらしい。けれど、それでも一歩だけ——今日は前に進めた気がした。
振り返ると、窓辺にちょこんと座るシトロンが、こちらをちらりと見た。
「……シトロン」
名前を呼ぶと、猫の耳がぴくりと動いた気がした。
それだけの朝。
けれど、その静かな時間が、玲央にはとても尊かった。
* * *
【今日のレシピ】
『やさしさのポタージュ 〜かぼちゃピュレとパセリの彩りを添えて〜』
▶ 材料(1人分):
・にんじん……1/2本(薄切り)
・さつまいも……1/3本(小さめにカット)
・かぼちゃピュレ……大さじ1
・無調整豆乳……100〜120ml
・塩……少々
・無塩バター……ひとかけ(省略可)
・パセリ……少量(刻んで仕上げに)
▶ 作り方:
1. にんじんとさつまいもを柔らかくなるまで煮る。
2. かぼちゃピュレを加え、ブレンダーでなめらかに。
3. 豆乳を加えて温め、塩・バターで味を整える。
4. 器に注ぎ、刻んだパセリをふわりと散らす。
▶ 猫用アレンジ:
・味付け前に取り分け、豆乳または水でのばす。
・なめらかに裏ごしし、温度に注意して与える。
▶ レシピ帖のひとこと:
「これはね、心を開くスープ。
ひとさじすくうたびに、自分の中の優しさに気づくのよ」
(祖母・紗英の「月夜のレシピ帖」より)
お読みいただき、本当にありがとうございます。
誰かと一緒に暮らすこと。
それは、嬉しいことばかりじゃなくて、戸惑いや不安もある——
でも、それでも「この子と向き合いたい」と思った玲央の小さな一歩が、
いつか大きな絆へと育っていく物語になればと思っています。
この世界には、ちいさな優しさをくれる魔法のような料理があって、
その香りが、心の扉を少しずつ開いてくれる。
今回のスープも、そんな一皿になっていたら嬉しいです。
次回もまた、玲央とシトロンの日々を、そっと覗きにきてくださいね。
あたたかなひとときをお届けできますように。




