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第17話 ふたりだけの、ひかりの言葉 (今日のレシピ:いわしと梅のふんわり焼き/おからとひじきのやさしい炒り煮/炊きたての白ごはん/季節のおすまし)

触れたぬくもりが、こんなにも残るなんて、思っていなかった。

夢だとわかっていても、名前を呼ばれた記憶が、心をやさしく揺らす。

もう少しだけ、知りたいと思った。

あの声の意味も、あの目の奥にあった、なにかも。


朝の光が、障子越しにやわらかく差し込んでいた。

玲央は静かに目を開け、すぐ隣にいる小さな存在に気づく。

シトロンが、体を寄せるようにして眠っていた。

その背中が、わずかに動くたび、夢の中のぬくもりがよみがえる。

(……また、同じ匂いだ)

ふと指先で額に触れると、毛並みの奥から、

夢の中で感じたあの香りがふわりと立ち上る。

玲央の胸の奥が、ひとつ、小さく脈を打った。 


* * *


午前。

玲央は書斎で、昨日のスケッチや資料をもう一度丁寧に広げていた。

母・玲那が遺した旅の記録、フランス語で綴られたメモ、ド・ラ・リュンヌ家に関する断片的な文書。

そして、あの名――《Château de la Brume》が記された地図の複写。


赤ペンで印がつけられた場所に、ふと目が止まる。

パリやロワールから少し外れた、緑の濃い地方。

その地名の横には、フランス語でこう記されていた。

Lieu d'éveil du pacte lunaire.

・・・月の契約が、目覚める場所。

さらに、その下には、玲那の筆跡で書き込まれた日本語訳が挟まれていた。


「月の契約は“目覚め”とともに結ばれる。

 その条件は、二つの印がふれたとき・・・」


玲央はハッとして、自分の胸元を押さえた。

そして、さっき膝の上で眠っていたシトロンの、

首筋のあたりに浮かんだ光の記憶を思い出す。

(やっぱり……あれは、“同じ印”……?)

ページをめくると、そこには淡いインクで描かれた紋様。

まるで月相をかたどったような、その模様の隣に、メモのように書き添えられている。


「印は二重に彫られしもの。片方が鍵となり、もう片方が扉を開く。

 二つがふれたとき、言葉が宿る」


思わず息を呑んだ。

今朝、まさにその“現象”が起こったばかりだった。

ページの隅には、もうひとつ、日本語で走り書きされた言葉があった。

玲那の字ではない。

これは、祖母・・・紗英の筆跡だった。


「それは、継がれし月の血に宿るもの。

  受け継ぐ者に、道は開かれる」


玲央の背筋に、静かな鳥肌が走る。

(……僕が、“継ぐ者”……?)

自分の中に流れる血が、何かを呼び覚まし始めている。

そう思わずにはいられなかった。


昨日、シトロンがぽつりと呟いた言葉が脳裏に残っていた。

『シャトー・ドゥ・ラ・ブリュム──俺、知ってる。俺、行ったことある。』


他に何か手掛かりはないかと、もう一度、書斎の引き出しを丁寧に調べるてみた。

古いスクラップ帳が残っていた。 母・玲那が大学時代に使っていたものだ。

フランス語の資料、メモ、そして風景の写真……

その一枚に、気になる描写があった。

石造りの門。その上に浮かぶレリーフ。

「Château de la Brume」と記されたその建物は、森の中に佇む古い館で、

脇に併記された一文に、玲央は目をとめた。

“Ici, les pactes anciens dorment sous la lune.”

(ここでは、古の契約が月の下に眠る)


母はすでに・・・何かに気づいていたのかもしれない。

そのとき、背後から気配を感じた。

振り返ると、シトロンが、書斎の戸口にちょこんと座っていた。

その金の瞳は、まるで「気づいた?」とでも言いたげに、じっとこちらを見ていた。


玲央が膝をたたくと、シトロンはひらりと飛び乗った。

そのまま自然に、玲央の腕のなかへおさまっていく。

指が額にふれたとき、微かに胸の印が光を放った。


「レオ……」


「お前、起きてたのか」


「うん。……ずっと、そばにいたよ」


夢と同じ言葉。玲央の喉が、わずかに鳴った。


「昨日……夢の中で、抱きしめられた。お前だったのか」


「……うん。たぶん。夢のなか、やさしかったから」


玲央は言葉が出なかった。

目の前で、猫の姿のまま、自分に話しかけてくる・・・

それは現実のはずなのに、どこか夢の続きのようで。


「触れてると、うまく話せる」

「じゃあ、こうしてれば……」


玲央はシトロンの体をそっと抱き上げる。

温かく、心地よい重み。

夢で感じたものと、同じ。


「……ふふ。レオ、照れてる」


「うるさい」


けれど、抱きしめた腕を、玲央は離さなかった。


* * *


夕暮れ、台所に立った玲央と祖母・紗英は、旬の魚と野菜の支度を始めていた。


「いわし、いい色してるわ。今日はふんわり焼きにしましょう」


「梅としそ、合いますよね」


「そう。うちでは、ふわっと片栗粉をまぶして、焼いてから酒をふるのよ」


隣で、シトロン用の素焼きのいわしを用意しながら、玲央はふと思いつく。


「……かぼちゃ、蒸して、月にしてみようかな」


「ふふ、器にのせたら、きっと喜ぶわね」


炊きたての白ごはん。

みょうがの香りがすっと抜けるおすまし。

食卓に並んだ料理の香りに、シトロンの尾がふわふわと揺れていた。

玲央は彼の小皿に、ほぐしたいわしと、

丸く抜いたかぼちゃをそっと添えた。


「まるいね、これ。……月、みたい」

「そう見えるようにしたんだよ」


「レオが?」


「……なんだよ、文句あるのか」


「ない。……すき、かも。そういうとこ」


玲央の手が、ふと止まった。

シトロンは、わずかに首をかしげると、

金の瞳をまっすぐこちらに向けた。

それはどこまでも、月のように澄んでいて・・・

言葉にしなくても、心に触れてくるようだった。


* * *


【今日の料理レシピ】(3人分+猫用あり)

〜いわしと梅のふんわり焼き

おからとひじきのやさしい炒り煮

炊きたての白ごはん

季節のおすまし(とうがんとみょうが)

シトロンの一皿:ほぐしいわしと蒸しかぼちゃの月あしらい〜


『 いわしと梅のふんわり焼き』

〜梅としその風味がふわっと香る、やさしい初夏の魚料理〜


▶︎材料(3人分+猫用取り分け可)

・いわし(三枚おろし):6尾分

・梅干し:2個(種を除き、たたく)

大葉しそ:6枚(千切り)

・酒:小さじ1(猫用取り分け後に使用)

・片栗粉:適量

・油:小さじ2(焼き用)


▶︎作り方

1. いわしは水気を拭き取り、猫用に1尾を素焼きして骨を除き、取り分ける。

2. 残りのいわしに梅・しそをのせて巻き、片栗粉を薄くまぶす。

3. フライパンに油を熱し、表面がこんがりするまで焼く。仕上げに酒をふって蒸らす。


『おからとひじきのやさしい炒り煮』

〜ふんわりと仕上げた家庭の味。ほんのりしょうがで香りよく〜

▶︎材料(3人分)

・おから:200g

・乾燥ひじき:大さじ2(戻す)

・にんじん:1/3本(細切り)

・油揚げ:1枚(短冊切り)

・生姜:1すりおろし

・出汁:200ml

・醤油・みりん:各小さじ2(調整可)

・油:小さじ1(炒め用)


▶︎作り方

1. 野菜・ひじきを油で炒める。

2. 出汁・おから・生姜を加え、ほぐしながら炒り煮する。

3. 調味料を加え、汁気がなくなるまで炒めて仕上げ。


『炊きたての白ごはん』

土鍋でふっくら炊いた、香り高い白ごはん。


『季節のおすまし(とうがんとみょうが)』

〜涼やかな味わいの夏椀〜


▶︎材料(3人分)

1. 冬瓜:150g(下茹でして短冊切り)

2. みょうが:1個(薄切り)

3. だし汁:600ml

4. 薄口醤油:小さじ1〜2

5. 塩:少々


▶︎作り方

1. だしで冬瓜をやさしく煮て、味を整える。

2. 器に盛り、仕上げにみょうがを添える。


『 シトロンの一皿』

〜ほぐしいわしと蒸しかぼちゃの月あしらい〜

→ 焼いたいわし(骨抜き)と、蒸しかぼちゃを月の形に丸く抜いて添える。


【レシピ帖のひとこと】


『魚の香りも、豆の甘みも、やさしく仕立てたら、心の角もとれてくるわね。

 誰かと食べるごはんって、それだけで“ことば”になるのよ』

 〜〜 祖母・紗英の『月夜のレシピ帖』より

第17話では、玲央とシトロンが初めて「ふれたまま会話できる」という、月の契約の秘密に少しだけ近づきました。

同時に、母・玲那と祖母・紗英が、その鍵をすでに知っていたかのような痕跡も見つかり、

玲央自身が“継ぐ者”である可能性が静かに浮かび上がってきます。

けれど、そんな大きな謎の中でも・・・

触れたぬくもりや、交わされた言葉、

シトロンの「すき、かも」という一言は、まるで静かな光のように、玲央の心を照らしていました。


物語はいよいよ、ふたりの“記憶”と“契約”の核心へ。

それでも今は、この台所のひかりと、まるい月のような食卓が、きっといちばんの宝物です。


次回も、どうぞお楽しみに。

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