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第16話 その声は、まだ夢のなか (紫キャベツとりんごのマリネ 白身魚と野菜のやさしいミルクグラタン シトロンのやわらか煮ごはん”猫用アレンジ”)

「夢なんてただの記憶の断片だ」

そう思っていたはずだったのに、今朝の夢だけは違った。

触れられたぬくもりも、名前を呼ばれたときの震えも、全部まだ胸に残っている。




夢の中だった。


ひとひらの月光のなかで、玲央は静かに歩いていた。

どこまでも白く、揺らいでいる。霧とも雲ともつかないその世界で、

前を行く誰かの背中を、遠くから見つめていた。

その人物は、やがてゆっくりと振り向いた。

長い金の髪。細く光る瞳。

見覚えがある。けれど、言葉にはならない。


「……レオ」


名前を呼ばれたその瞬間、彼はふわりと近づいてきた。

金色の髪が月光をすくい、夜のしじまをまとうように揺れている。

気がつけば、目の前にいた。

何も言わず、ただそっと両腕を伸ばし、玲央を抱きしめた。

その動きはあまりに自然で、拒む理由も、余地もなかった。

熱を帯びた体温が胸元にふれ、腕の中で鼓動が重なる。

髪が、玲央の頬にふれた。

金の絹糸のような髪が、さらりと肌を撫でる。

その瞬間――甘く、やさしい、けれどどこか妖しくくすぐるような香りが鼻先をかすめた。

花でもなく香水でもない、呼吸に混じるような香り。

それだけで、頭の奥がじんわりと熱くなる。

なぜだろう。夢だとわかっているのに、

そのぬくもりに、香りに、触れられている感触に、クラクラと眩暈がした。


「……ずっと、ここにいたよ」


耳元で、低く囁くような声が落ちる。

その声は、胸の奥にすっと入り込んで、痛いほどにあたたかかった。

言葉を返そうとしたそのとき・・・

光が差し込み、夢が音もなくほどけていった。


玲央は、目を覚ました。

朝の光がカーテンの隙間から差し込んでいる。

隣に目をやると、シトロンが丸くなって眠っていた。

小さく、あたたかい毛玉。

けれどその寝息のリズムが、どこか人間のように感じられた。

玲央はそっと手を伸ばし、前足にふれてみた。

すると、その小さな手が、きゅっと握り返してきた気がした。

胸元が、ふっと熱を帯びた。


……印、か。


思わずシャツをめくると、胸元の「契約の印」がうっすらと光を帯びていた。

その瞬間――


「……レ、オ……」


また、聞こえた。

確かに、声だった。誰かの空耳じゃない。

玲央は息を呑んでシトロンを見つめた。

けれどシトロンは、夢の中にいるように、静かに目を閉じたままだった。


* * *


午前、玲央は書斎にこもっていた。

母のスケッチブックを開き、昨日見つけた旅程の断片を地図の上に並べる。

パリ、ロワール、ストラスブール・・・

その中に、見覚えのない地名が一つ、書き込まれていた。


《Château de la Brume》


「シャトー・ドゥ・ラ・ブリュム……」


玲央がその名をつぶやいた瞬間だった。

足元から「にゃ」と短く鳴く声がして、机の下からシトロンが顔を出した。

そのまま玲央の膝に飛び乗ると、迷いなく丸くなって落ち着く。


「どうした。……いつもは勝手に寝てるくせに」


ふっと笑いながら、玲央はそっとその背を撫でた。

やわらかな毛並み。あたたかな体温。

触れていると、不思議なぬくもりが胸の奥からじんわりと広がる。

シトロンは静かに目を閉じ、呼吸を整えていた。

そのとき、玲央の胸元がふわりと熱を帯びる。

シャツの下、契約の印がまた微かに光を帯びている。


「……さっき、喋ったよな」

玲央がそう呟いたとき・・・


「……シャトー・ドゥ・ラ・ブリュム」


玲央の手の中で、確かにその声が聞こえた。


「……俺、知ってる」

「俺、行ったことある」


息が止まった。

今のは、はっきりとした“言葉”だった。

玲央はそっと顔を下げ、シトロンの目をのぞき込む。

金の瞳が、ほんの少しだけ開かれていた。


「……シトロン、お前……」


「わからない。けど、そこ、懐かしい。風の匂いと……銀の石の感触。夜になると、月が……」


言葉は途切れがちだった。

それでも、間違いなく“シトロン自身の記憶”に触れている。

玲央は無意識に、その額に自分の頬を寄せていた。


(・・・記憶と、印と、声。全部が、触れているあいだだけ、つながる……?)


「……シトロン。いま、話せてるんだな」


「……レオが、さわってるから。わかる、から」


かすれた声だった。けれどその響きは、玲央の胸に真っ直ぐ届いた。


(これは……会話だ)


そう思った瞬間、シトロンの体がふっと熱を帯び、印の光が少し強くなる。

けれど次の瞬間には、再び静かな呼吸に戻り、彼はすうっと目を閉じた。


「……無理は、しなくていいよ」


玲央はそう言いながら、両手で包み込むようにシトロンを抱きかかえた。


その重みは、ただの猫のそれではなかった。

心のどこかで、玲央はすでに気づいていた。

シトロンの中に眠っている、まだ知らない“誰か”の存在に。


* * *


その日の昼食には、紗英がさっぱりとしたマリネと、白い魚のミルクグラタンを用意してくれた。


「熱すぎると猫ちゃんも食べられないでしょ。先にシトロンくんの分、よそっておいたからね」


「ありがとう」


玲央は自然にそう言いながら、シトロンの小皿をテーブルに添えた。

言葉はまだ不安定だ。

でも、こうして並んで食卓を囲んでいると、少しだけ――家族のように思えた。


そして、もう一度だけ思い出す。

あの夢の中で、聞こえた“名前”。


「……レオ」


その声とともに、胸の奥に残っていた感触が蘇る。

腕の中に落ちてきたあたたかさ。

頬にふれた金の髪の感触。

息を呑むほど近くで聞こえた、囁くような声。


・・・ずっと、ここにいたよ。


夢だとわかっていたのに、

なぜか、そのぬくもりが今も残っている気がして、

たまらなく、切なくなった。

ほんの短い接触だったのに、

どこか、渇いたところにふれてしまったような痛み。


(夢の中で……俺は、抱きしめられていた)


その記憶を思い返すたび、呼吸が少しだけ、うまくできなくなる。


* * *


【 今日の料理レシピ】(3人分+猫用あり)

(紫キャベツとりんごのマリネ

白身魚と野菜のやさしいミルクグラタン

シトロンのやわらか煮ごはん(猫用アレンジ))


『紫キャベツとりんごのマリネ』

〜ほんのり甘くて爽やか。季節の果実を使ったカラフルな副菜〜


▶︎材料(3人分)

・紫キャベツ:1/4個(細切り)

・りんご:1/2個(いちょう切り)

・塩:少々

・白ワインビネガー(または酢):大さじ2

・オリーブオイル:大さじ1

・はちみつ:小さじ1(猫用取り分け後に加える)


▶︎作り方


1. 紫キャベツに塩をまぶし、しんなりするまで置く。軽く水気を絞る。

2. りんごと合わせ、酢・オリーブオイルを加えて和える。

3. 猫用に少量取り分けた後、はちみつを加えて味を調える。

4. 冷蔵庫で15分ほど冷やして、味をなじませる。


『 白身魚と野菜のやさしいミルクグラタン』

〜やさしいミルクの香りが広がる、ふんわり軽い白いグラタン〜


▶︎材料(3人分+猫用取り分け可)


・タラやカレイなどの白身魚:2切れ

・じゃがいも:中1個(薄切り)

・にんじん:1/3本(薄切り)

・玉ねぎ:1/4個(薄切り)

・牛乳:300ml

・小麦粉または米粉:大さじ1

・オリーブオイル:小さじ1(猫用取り分け後に使用)

・塩・こしょう:少々

・パン粉・粉チーズ:お好みで(仕上げ用)


▶︎作り方


1. 野菜はすべて薄切りにし、牛乳で下煮する(やわらかくなるまで)。

2. 白身魚は骨を取り、軽く火を通す。

3. 火を止め、小麦粉(米粉)を加えてとろみをつける。

4. 猫用に味つけ前の一部を取り分け、冷ます。

5. 残りに塩・こしょうで味を整え、耐熱皿に流してパン粉やチーズを散らし、軽く焼く。


『シトロンのやわらか煮ごはん』

〜グラタンから取り分けた素材でつくる、やさしい一皿〜


▶︎材料(1匹分)


・白身魚(加熱済):少量ほぐす

・にんじん・じゃがいも(加熱済):各少量(細かく刻む)

・白米(または軟飯):大さじ2

・煮汁:適量


▶︎作り方


1. すべての材料をあわせて、煮汁でやさしく温め直す。

2. 冷ましてから小皿に盛り、風味が立つよう整える。


【 レシピ帖のひとこと】

「やさしいものを、やさしく作って、やさしく食べるのよ。

 誰かと気持ちがつながったときのごはんは、不思議と体にすっと入るもの。

 ・・・心をほどく鍵になるかもしれませんね」

〜〜 祖母・紗英の『月夜のレシピ帖』より



触れた瞬間、ふいに言葉が生まれる・・・

それは奇跡のようでいて、どこか必然にも思えました。


玲央とシトロンのあいだに、

まだ名前のない“つながり”が芽生えはじめた今回。

夢か現か、曖昧な境界線の中で、

ふたりの関係が少しずつ動き出しています。


静かに開いた扉の向こうに、

どんな記憶と未来が待っているのか。

これからを、どうぞ見守ってください。

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