表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花鳥風月  作者: 慈雨
4/4

月の名前を呼ぶ

最終回です。お楽しみください

風が止んだ。


まるで、それまでの時間が夢だったかのように、花びらの舞いも収まり、御花地は静けさに包まれた。

けれど千羽の心は、確かに何かが変わっていた。

澪に「ありがとう」と言えたことが、深く胸に残っている。


「……もう一度、生きてみたいって、思えたんだ」


ぽつりと千羽が呟くと、楓は穏やかに頷いた。


「風はね、過去を運ぶけど、それだけじゃない。前に進む力も、きっと届けてくれる」


千羽はふと空を見上げた。雲が流れ、日が傾き始めていた。夕暮れが、あたりを淡く染めている。


「……帰らないと」


千羽は、手のひらをぎゅっと握る。でも、その足はすぐには動かなかった。


「ねえ、楓さん。わたし、またここに来ていい?」


「もちろん。ここは、風が帰ってくる場所。あなたの記憶も、あなたの願いも、きっと受け止めてくれる」


そう言って、楓は千羽の頭を撫でた。どこか懐かしい手の温もり。――まるで澪が撫でてくれたときのようだった。

***


 


青岬町の駅まで、渚が送ってくれることになった。

夜の帳が降りはじめた町を、ふたりでゆっくり歩いていく。


「……最初に見たとき、幻かと思ったよ」


渚が笑いながら言う。

千羽は、まだ少し照れたような顔で視線を落とした。


「ごめんなさい。勝手に来ちゃって」


「いや、来てくれて……よかったと思ってる」


ふと、足が止まった。駅までの坂道の途中、電灯に照らされた舗道に、ふたりの影が伸びている。


「澪のこと、教えてくれてありがとう。あの子のこと、ずっと忘れないよ」


「……俺も。きっと、風の中で見守ってる」


沈黙が落ちた。

でも、それは重いものじゃなかった。夕暮れの風が、静かにふたりの間を通り過ぎる。


 


***


 


駅の改札をくぐる直前、千羽はもう一度だけ、振り返った。

遠く、空の高いところに、一羽の白い鳥が舞っていた。


「……あ」


言葉にならない感情が、胸にあふれた。

けれど涙は、もう出なかった。


(わたし、行ってくるね)


心の中でそっと呟いて、千羽は再び前を向いた。


 


***


 そして夜――。


紅岬社の奥、社殿の裏手にて、楓はひとり風鈴の手入れをしていた。夏の終わりを思わせるような、静かな夜風が境内を撫でていく。そのとき、不意に背後から声がした。


「肩入れしすぎだよ、楓」


その声に、楓は手を止め、ゆっくりと振り返る。月――ゆえ、がそこに立っていた。

人の姿を借りた、月の神。白い衣をまとい、髪は夜そのもののように黒く長い。


「また出てきたの、月」


「ずっと見てたよ。あの子のことも、あの風の記憶も」


楓は風鈴をそっと吊るし、ひとつ息を吐いた。


「……私は、放っておけなかった。それだけ」


「知ってる。けど、あれは“鳥”の子だよ。風の巫女でも、神の使いでもない。あまり深入りすれば、楓自身が傷つく」


「それでも……」


楓は月を見据える。


「風が呼んだの。だから、私は応えただけ。私にできることは、それしかないから」


月は、その言葉にふっと目を細めた。


「……優しすぎるんだよ、君は」


「あなたが言う?」


思わず楓が笑うと、月も肩をすくめるようにして笑った。


「まあ、確かに」


そして、空を見上げる。


「さて――これから、“鳥の病”が動き始める。風と月だけじゃ、もう抑えきれない。君も、覚悟しておきなよ」


「……わかってる。見届けるわ、ちゃんと」


月は夜の闇に溶けるように、その姿を消していった。


風が、また吹いた。風鈴がひとつ、かすかに鳴った。

まだまだ未回収な伏線もあるので、ゆるーく続き書いていこうと思います。ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ