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花鳥風月  作者: 慈雨
3/4

御花地

もうちょいで終わりです

神社の境内に、一歩足を踏み入れた瞬間だった。空気が変わった――そう感じたのは、気のせいではない。肌に触れる風が、ふわりと柔らかく、まるで手招きをしてくるかのようだった。


「こっちだよ。ついておいで」


巫女――楓は、そう言って千羽を手招きした。背筋がすっと伸びていて、でも歩く姿には不思議な優しさがある。千羽は、その背に続いて境内を奥へと進んでいった。


 


***


 


境内の裏手にある小さな社――そこは、通常の参拝者には開かれない場所だった。苔むした玉砂利の道を踏みしめ、鳥のさえずりだけが響く静寂のなか、ふたりは石の鳥居をくぐった。


「ここが、御花地――天竺葵が咲く場所。風の記憶が眠る場所よ」


そう言って、楓が指さした先には、一面の白。見渡すかぎり、白い花が風に揺れていた。


「……きれい」


千羽が息を呑んで呟くと、楓はそっと頷いた。


「ここに、澪ちゃんの風の記憶がある」


「……記憶って、本当に“ある”の?」


「うん。風はすべてを見ていて、すべてを覚えてる。誰かが強く願えば、その記憶に触れることができる。だけど――」


楓は言葉を切った。


「その風が、あなたを呼んでくれたのなら。千羽ちゃん、あなた自身の中にも澪ちゃんとの“約束”があるんじゃないかな」


千羽は、胸の奥に手を当てた。あの日、月の世界で聞いた声。光の中で交わした、澪との再会の約束。

それが、今ここに繋がっている。


「……わたし、思い出したい。澪ちゃんのこと。全部じゃなくても、あの子が笑ってた記憶を、ちゃんと……もう一度、会いたい」


「それなら、大丈夫。風が、あなたを導いてくれる」


楓がそう言って、手を広げた瞬間、天竺葵の花びらが舞い上がった。風がふわりと吹いて、千羽の身体を包み込む。目を閉じる。風の中に身を委ねる。すると、遠くで、声が聞こえた。


 


「千羽ちゃん、遊びに行こうよー!」


それは、間違いなく澪の声だった。


 


***


 


気づけば千羽は、小さな坂道の途中に立っていた。周囲には、見慣れたようで、でも今とは少しだけ違う青岬町の景色。


「ここ……昔の町?」


「そうよ。記憶のなかの景色。私の中にある、“千羽ちゃんとの日々”」


ふいに隣から声がして、千羽は振り返る。そこには――


「……澪、ちゃん」


白いワンピースを着て、風の中に佇む少女がいた。あの日と同じ笑顔、けれど、どこか大人びた寂しさも纏っていた。


「やっと、来てくれたね」


澪はそう言って、千羽の手を取った。温かかった。風の記憶の中なのに、確かに手があった。


「わたし、ずっと待ってた。千羽ちゃんが、わたしを忘れても、いいように。でも、忘れないでいてくれて、嬉しかった」


「……忘れるわけ、ないよ。わたし、ずっと……ずっと会いたかった」


澪が笑う。その瞳の奥には、風のような優しさがあった。


「もうすぐ、お別れ。でも――最後に、ちゃんと伝えたかったの。ありがとうって。千羽ちゃんと、過ごせて、本当によかった」


「……私もだよ。澪ちゃんがいたから、生きてこれた。ありがとう」


ふたりは、風の中で手を取り合ったまま、しばらくのあいだ黙って立っていた。時が止まったような、けれど風だけが静かに吹き抜けていく。


 


***


 


「……戻ってきた」


目を開けた千羽は、再び天竺葵の咲く御花地に立っていた。目元が少しだけ湿っていたけれど、笑っていた。


「会えたのね」


楓の優しい声に、千羽は小さく頷いた。


「うん。もう、大丈夫。ありがとう」


風が、また吹いた。それはどこか、澪の声に似ていた気がした。

次で!最後!1時間以内に出しまぁす☆

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