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断罪劇とその後の王子




「ゴホッ…ゴホッ…」



荒く咳をして近くにあった布で口を覆う。その布を離すと血がついていた。



「ふぅ…」



落ち着きを取り戻してベットに仰向けになった。



「…」



今日も何をするでもなくただ眠っていた。気分が少し良いときは部屋にある本を読むが、時折咳をして血で汚すこともある。

最近は毎日届けるように頼んでおいた新聞を読むだけの毎日になっていた。


目の前に広がるのは豪華なベット。しかしそれ以外は本当に何もない部屋。

一応きれいにはしてあるが本当に何もない。

一日3回食事を運んでくるメイド。週に数回湯浴みに付き合ってくれる召使。

それ以外の人間との接触は皆無だった。


何故、そんな事になったのか、それは数年前に遡る。







ここはとある国。名はサナトーツ国。

そして私はその国の第一王子「サミュエル・サンチェス」。


幼き頃から時期王になるために育てられていた。

そんな私には幼馴染の婚約者がいる。

この国の公爵家の令嬢「アンジェリカ・コールマン」。コールマン家のひとり娘。

コールマン公爵はこの国にかなりの貢献をもたらしている貴族。

そんな公爵の娘は第一王子である私の婚約者にすぐに任命された。


幼いアンジェリカに初めて会った時、私の胸は大きく脈打った。きらびやかな金髪その髪と同じ色の金色の瞳。まるで人形のようなその姿に、幼かった私はすぐに心を奪われた。

私を目の前にして笑顔でお辞儀をする彼女。



「初めまして殿下。アンジェリカです」



可愛らしい声、私は一度言葉を失ったが、父親たちが部屋から出ていくと、私はアンジェリカのアンジェの手を引いてすぐに城の中を案内した。

自分の部屋、お気に入りの場所。すべてを彼女は楽しそうに見てくれた。


その日から私はアンジェに会うのが楽しみになっていた。誕生日も欠かさずプレゼントを送っては送られ、舞踏会の日も必ず二人きりで過ごした。


そんな日から数年後。私達は学生生活を送る事になった。

15歳になり、私は貴族が通う学校に通うこととなった。もちろんアンジェも一緒に。

そして強制的に私は生徒会に加入することになる。本当はアンジェも誘いたかったのだが、生徒会には男性しか入れないと言われてしまった。



「仕方ないけど、サムも王子なんだから頑張って」



寂しそうに微笑むアンジェ。いつか私が王になったらそんな男女差別も無くせるようにする。そう心に決めた。


それからは学生生活をつつがなく過ごしていた。強いて言うなら人前でアンジェと会うときは「コールマン公爵令嬢」と呼び彼女も私を「サミュエル王太子殿下」と呼ぶことになり、愛称で呼ぶのは本当に二人きりになる時だけとなっていた。

学生生活を送り生徒会長となった私はアンジェと会う機会が減ったことをとても寂しく感じていた。



そんなある日の事だった。

私達が3年生になったある日、この貴族学校に平民の女の子が転校して来ることになったのだ。


彼女の名前は「ステラ」


何故平民の彼女が転校して来たかというと、彼女は類稀なる「光魔法」を使える少女だったからだというのだ。

この国の貴族は「火、水、土、風」の4つの魔力を持って産まれてくる。私とアンジェも二人とも火の魔力を持っていた。

しかしステラは平民でありながらもある日、光魔法を発動させたというのだ。

そうして彼女数多の貴族の目に留まり、ほぼ強制的に学園に転校して来たのだ。


彼女は私とアンジェのクラスに転校し、初日の挨拶で来て初めてその姿を見ることができた。平民ならでばの平凡な茶髪に茶色の瞳。しかし可愛らしい顔立ちをしていた。



「ステラでーす。よろしくお願いしまーす!」



だがその間の抜けた挨拶に私達は驚きを隠せなかった。軽く挨拶をしてお辞儀もせずに言われた席にツカツカと歩いていく。

流石に礼儀の無さに動揺したが、元々平民の少女なのだから仕方ないだろうとすぐに理解できた。


休み時間になると彼女はまっすぐに私の席に歩いてきた。



「サミュエル王子ですよね!よかったら学園を案内してくれませんか?」



いきなり名前を呼ばれたのは初めてで驚いた。

あたりも少しザワついていたが、私は彼女愛らしい茶色の瞳を見ると何故か嫌な気持ちになれずにすぐに了承してしまった。

ステラと二人で教室を出る時にチラリとアンジェを見たが、アンジェの瞳は少し悲しそうだった。私はその瞳を見ると何とも言えない高揚感に包まれる。

私が他の女性と二人きりになる事に嫌悪感を抱いてくれているのだ。

なかなか会う時間が無かったが、それでもアンジェは私を想ってくれているのだ。そう思うと私の心は幸福感に満たされた。


それから数日後。なんとステラは生徒会メンバーに任命された。

女性初の生徒会メンバーだが、光の魔力は生徒会でも発揮する事ができるだろうということで任命されたのだ。

私はその事になんの疑問も抱いていなかった。ステラは特別なのだ。だから仕方ない事なのだ。

その時の私の頭にアンジェの事は浮かんでいなかった。


生徒会メンバーになってからという物。ステラは日に日に私に付き合うようになった。



「サミュエル王太子殿下って呼ぶの長いですよね?サム王子って呼んでもいいですか?」



「うん。いいよ」



「やった!では私のことはステラって呼んでください」



「わかったよ。ステラ」



生徒会室の私の席の隣にわざわざ椅子を移動してきてそう言う彼女。周りのメンバーは眉を寄せていたが、私は彼女の事が愛らしく思えて気づかないふりをした。そんな日々が続くと彼女の行動はエスカレートしてきた。



「もう敬語も面倒だから普通に話してもいい?」


「王子って付けるのも他人行儀だからサムって呼んでいい?」


「えっ!舞踏会?私も行きたい!」



人前でも敬語無しで話し、今までアンジェにしか許さなかった愛称も許し、本来なら婚約者と行くはずの舞踏会もステラを呼んだ。

アンジェにはステラは学園で一人の平民で友人が出来にくいから、彼女の助けになりたい。そう言って舞踏会のエスコートを変わる事をいうと彼女は了承してくれた。

そうしているうちに私はアンジェといるよりもステラといる時間が明らかに増えていったのだ。


そんなある日の事。

ステラが腕に包帯を巻いて来たのだ。何があったのかと聞くの彼女は目に涙を溜めながら言った。



「昨日の帰り、階段でアンジェリカさんに突き落とされたの」



「彼女が君を!?いったいどうして…!?」



「私が悪いの。いつもサムと二人でいるのがアンジェリカさんは気に入らなかったみたいで…」



私は頭に血が上るのを感じた。

いくら私を愛してるといえ、罪もないステラをこんな目に合わせるなんて許せない。言いに行こうとするとステラはそれを止めた。

「アンジェリカさんとは友達になりたい。サムがそんな事したらアンジェリカさんと二度と仲良くして貰えなくなる」となんと健気なのだと思った。

ステラに言われて私はアンジェに何も言わずにいた。


しかしその日を境にステラの身に色々なことが起こり始めた。

食べるはずのお弁当に虫を入れられた、私がプレゼントしたドレスが破かれていた、少量の火の魔法が飛んできて火傷した、使うはずの教科書が火の魔法で焦がされていた、など。

そしてそれらはすべてアンジェリカの仕業であるという事。


私はアンジェリカの嫌がらせが飛んでこないようにと、傷ついたステラの為にと、今まで以上にステラのそばにいる事を決めた。

そして生徒会の他のメンバーにもステラがアンジェリカから嫌がらせを受けているから守るようにと伝えた。

だが生徒会メンバーから帰ってきたのはそれを批判する言葉だった。


「コールマン公爵令嬢はそんな事しない」


「いつも勉強やお妃教育に追われている彼女にそんな事する暇なんてない」


「寧ろステラの方がコールマン公爵令嬢に突っかかっている」


そんな言葉しか帰ってこなかった。きっと彼らはアンジェリカがコールマン公爵の娘だから庇っているのだ。もしかするとコールマン公爵家から口裏を合わせるように言われているのかもしれない。


可哀想なステラ。誰も味方のいない中、一人で耐えて戦って。

それなら私だけでもステラの味方になってあげよう。


そうして私はある日、帰宅しようと校門を出たアンジェリカを呼び止めた。



「待て、アンジェリカ」



私が冷たく後ろから呼び止めると、彼女は少し止まってからゆっくりと振り返った。

その瞳はとても美しいが、かつてのような柔らかな優しさは見えなくなっていた。



「サミュエル王太子殿下、どうなさいましたか?」



「呼び止められた意味はお前がよくわかっているだろう?」



「…私には全く見当がありません」



「ステラの事だ」



「ステラ様の事ですか?彼女が何か?」



「とぼけるな!貴様がステラに嫌がらせをしているのだろう!?ステラの物が焼かれたり彼女自身が火傷をしたり…こんな事をして恥ずかしくないのか!」



私がそう言うとアンジェリカは目を細める。貴族令嬢らしい振る舞いだが、それを見た私はかつての優しいアンジェはもういないのだと悟った。



「恥ずかしい、ですか。私には全く心当たりがありません」



「お前…シラを切るのか!?」



「なら言わせて頂きますが、ステラさんの方が私には恥ずかしいと思われる行動が目に余りますわ」



「なっ…ステラが…だと?」



「学園生活とはいえ、周りの貴族の方への馴れ馴れしさ、婚約者のいる殿下への立ち振る舞い。いくら平民といえど目に余る行動だと思いませんか?」



「ステラは平民で周りに友人が出来にくいのだ!それくらい仕方ないだろう!」



「平民で光の魔力があれば何でも許されると?私はそうは思いません」



「…お前がそのような女だとは思いもしなかった。もう良い」



わたしはそれだけ言うとアンジェリカに背を向けた。

もう時期卒業式でパーティーが開かれる。そこでアンジェリカとの婚約を破棄し、ステラへの数々の悪業を露見し、すべてを公の場に晒すことを決めた。

そうして私は準備を進めていった。









「アンジェリカ・コールマン!貴様との婚約を破棄する!」



卒業パーティーの舞踏会にて、私は大広間でステラの肩を抱き、アンジェリカに向けてそう叫んだ。


周りはザワついていたが、アンジェリカは冷たい眼差しで扇子を持ち口元を隠している。



「理由をお伺いしても?」



「お前の数々のステラへの仕打ち、忘れたとは言わせない!そんな奴にこの国の王妃が務まるものか!」



「数々の仕打ち?身に覚えがございませんわね」



「酷いです!アンジェリカさんは殿下と仲の良い私を恨めしく思って私にたくさん酷い事をしてきたではありませんか!」



隣にいたステラは涙を流して言った。今日の彼女は私が用意したドレスを着て私がプレゼントしたアクセサリーを付けてくれている。

この日のために私が用意した物だ。



「わかりました」



するとアンジェリカは扇子をパチンと閉じて息を吐いた。



「その婚約破棄、謹んでお受けいたします」



そしてくるりと背を向けて会場を後にしようとする。



「待て!ステラへの謝罪をしてもらう!そして然るべき罰を受けさせる!」



私が彼女の背中に向かって叫ぶと彼女は一度だけ振り返った。



「私は婚約破棄だけはお受けします。ですが身に覚えのない罪に対しての謝罪など致しませんわ」



「なんだと!?貴様後悔するぞ!」



しかし彼女はまた背を向けて会場を出ていってしまったのだ。

最後までステラへの謝罪をさせられなかったのは悔しいが、アンジェリカとの婚約は破棄できた。これでステラと安心して婚約を結べるだろう。

私はそう信じて疑わなかった。










卒業パーティーから数日後。

私は父上に、国王陛下に呼び出された。

玉座に座る父上に私は膝をついていた。



「サミュエル、コールマン公爵令嬢に婚約破棄を突きつけたのは真か?」



「はい父上。彼女の度重なる悪事に嫌気が差し、そうした次第にございます」



「そうか。それでお前はどうしたいんだ?」



「はい。ステラを新たなる婚約者として迎え入れたいと思っております」



父上は玉座に座りながら重たく頷く。そして口を開いた。



「サミュエル、国王の座はワイアットに継がせようと思う」



「なっ!?」



その言葉に驚きを隠せなかった。ワイアットとは2つ年下の私の弟。つまりはこの国の第二王子だ。



「何故ですか父上!?」



「当然だろう。お前はコールマン公爵令嬢との婚約を破棄したのだ。そうなればワイアットが国王になり、その婚約者でありお妃教育を受けているマルティネス公爵令嬢が王妃になる。必然であろう」



「ステラは光の魔力を持っています!王妃として相応しい女性です!」



「では、光の魔力以外に彼女は何ができる?学力はコールマン公爵令嬢とは雲泥の差らしいではないか。そんな彼女がお妃教育をこなせると思ってるのか?」



「それは…彼女ならやってみせます!彼女ならきっとできます!」



「わかった。では明日からステラ嬢にも家庭教師をつける。良いな?」



「はい、父上」



そうして次の日からステラを王宮に呼び寄せ、彼女へのお妃教育が始まった。










「うわぁぁん!サム!私もう嫌!」



「ステラ?どうかしたのかい?」



ノックも無しに私の部屋に飛び込んできたステラ。その目には涙が浮かんでいる。



「だって!お妃教育の先生が私を虐めるのよ!」



「ステラ…」



これで何度目だろうか。お妃教育の始まったステラはその日から音を上げ始めた。

しかも毎回お妃教育の担当教師が自分を虐めると言って。実際に担当教師を問い詰めると、彼女にはまだ初歩的な事を少ししか教えていないのにすぐに出来ないと諦め、それを注意すると泣きながら逃げていくというのだ。

きっと教育係のせいだろうと教師を変えても、変えたその日に同じことを言って泣きついてくる。

お妃教育を始めて数日だが、全くと言っていいほど進んでいないのだ。



「ていうか!どうして私がお妃教育なんて受ける必要があるの?そんな物無くたって私は立派な王妃になれるわよ!」



「ステラ…そういう訳には行かないんだ。お妃教育を完了してから初めて王妃に近づけるんだよ」



「だってサムは第一王子でしょ?それなら奥さんの私が王妃になるのは当然じゃない!」



「確かに私は第一王子だ。でも継承権は弟のワイアットにもあるんだよ。このままじゃ、ワイアットの婚約者であるマルティネス公爵令嬢との差がどんどん開いて行ってしまうんだよ」



私は彼女の背を押すために言ったつもりだが、彼女はそれを聞いて何か思いついたように手を合わせた。



「そうよ!それだわ!」



「ステラ?」



「サムの弟の婚約者さんに王妃の仕事をやってもらえばいいのよ!」



「…え?」



「私が王妃になってサムの弟の婚約者さんがその仕事をやれば全部丸く収まるじゃない!」



空いた口が塞がらないとはこの事を言うのだろうか。何を言っているんだステラは。

面倒な事をすべてワイアットの婚約者のマルティネス公爵令嬢に押し付けて、自分はただ王妃になればいい。そう言っているのか。


ステラは学生時代はもう少し可愛らしく思えていた。

優しくて健気で頑張り屋で、少し間の抜けた所があるがそこが彼女らしくて愛らしく見えていたのに。

それなのに今は、私の公務中にも関わらずにベタベタと抱きついてきてはお妃教育の文句しか言わない。プレゼントしたドレスもアクセサリーも、一度身に着けてすぐ飽きてまた新しい物を欲しがる。義務を果たさなければ権利を得られない、という事を彼女は何度説明しても理解してくれないのだ。



〈アンジェ…〉



そんな時思い出すのはアンジェリカの事だった。

幼き頃からお妃教育を受け、その結果は素晴らしいもので教育係からの評判も良く王妃になるに相応しい女性であると誰もが認めていた。


そう考えて首を横に降る。

駄目だ。どんなに聡明だとしても彼女はステラを虐げて来たのだ。そんな女に王妃なんて相応しくない。

きっとステラも最後にはわかってくれる。そしてお妃教育も完了してくれるだろう。










その日から数日後、私は父上に呼び出された。今度は部屋を設けられ、そこにはコールマン公爵とアンジェリカも呼んであるというのだ。

やっと自分の悪事を認めて謝罪する気になったのか。

もし本当に心から謝罪し、ステラが許してくれるならアンジェリカを側妃に迎えよう。今までステラを虐げた罪滅ぼしとして彼女の仕事を手伝わせるのも悪くない。

そう考えて私は部屋に向かった。


用意された部屋にはコールマン公爵とアンジェリカが並んで座っていた。その姿は謝罪しに来たというわりには凛々しい趣で違和感を覚えた。

私は父上の横に座りながら向かい側の二人を厳しく見つめる。



「アンジェリカ、やっと謝罪する気になったのだな」



私がそう言うと彼女は何も言わない。代わりにコールマン公爵が口を開いた。



「殿下、残念です。殿下なら娘を幸せにしてくれると思っていたのに」



「幸せに?ステラが其方の娘のせいでどれだけ傷つけられたと言うのだ。ふざけるのも大概に…」



「もう黙れサミュエル!この馬鹿息子が!」



すると隣にいた父上が声を荒らげる。驚いて隣を見ると眉間にシワを寄せ汗をかき、その額に手を当てて俯く父上がいた。



「最近のお前の行動には目に余るものがあった。しかしまさかこれ程とは…」



「ど、どういう事ですか父上…」



「こういう事ですよ。殿下」



コールマン公爵は目の前のテーブルの上に書類を広げて見せた。それを見るように父上に言われて私は目を通す。

そこには目を疑う事が書かれていた。



「こ、れは…」



書類を持つ手が震える。

それらにはすべてアンジェリカがステラに行っていた悪事が虚偽の物であることが示されていた。


ステラが怪我をさせられたと言う日のアンジェリカのアリバイ、ステラが物を壊されたと言っていた物への他者の魔力痕、ステラがアンジェリカへ暴言を吐く姿を見たという物の証言。



「そんな…馬鹿な…!」



「本当ですよ。殿下。それらは事実です」



ステラが階段から落とされたという日、アンジェリカはお妃教育の教師と一緒だったという事。ステラの燃やされた教科書やドレスはアンジェリカでは無い者の魔力痕が残っていたという事。ステラが度々アンジェリカに王太子である私に近づくなと暴言を吐いているのを見たという証言の数々。

そんな、こんなの嘘だ。私が信じていた物が嘘で出来上がっていたなんて。

するとコールマン公爵がため息を吐く。



「殿下、調べれはこれは簡単にわかることでした。それなのに貴方様は一人の女の言うことを鵜呑みにして卒業パーティーであのような事をするとは」



「こ、こんなの捏造だ…コールマン公爵家の力を使えばこんなのいくらでも捏造できるだろう…!」



「いえ、すべて事実です。いくら公爵家といえど貴族の皆さんを買収なんてできるわけがない。殿下もお分かりになるでしょう?」



「だ、だか…いや…しかし…」



ここにある事がすべて事実。

そうなると今までの事はどうなる。

私はステラの言うことだけを信じ、卒業パーティーで皆の前でアンジェリカを断罪するような事をしたのだ。

その事は父上もコールマン公爵もパーティーに来ていた貴族達も知っている。


ガクガクと身体が震えて嫌な汗をかいた。こんなの嘘だ俺は認めない。



「こんなの嘘だ…こんな物…」



「いい加減にしないか、サミュエル」



隣にいた父上の重たい声が聞こえた。

見ると父上は何とも言えないと言った顔をしている。そんは父上を見たのは初めてだった。



「お前はあの光魔法の小娘に騙されていたのだ。だが、コールマン公爵の言うとおり彼女の言葉のみを聞くのではなく、他者の意見も聞き入れるべきだった。立ち止まるチャンスは何度もあったのにそれを踏みにじったのは貴様自身なのだ」



その時思い出した。

そうだ。生徒会のメンバーもアンジェリカが悪事を犯してなどいないと言っていた。てっきりコールマン公爵家を敵に回したくないと思って虚偽の発言をしている物と思っていたが、あれこそ真実だったと言うのか。



「あ、アンジェ…わ、私は…」



私は許しをこうかのように思わずアンジェを見た。しかしアンジェの瞳は私ではなく父上を見ている。



「私は婚約破棄を受け入れます。ですが卒業パーティーでの殿下の発言は虚偽のものであったとあの場にいた方々に伝えて欲しいのです」



「ああ、わかった。すぐにでも使いの者達に伝えるように言おう」



「ありがとうございます、陛下」



「コールマン公爵にアンジェリカ公爵令嬢、今回のことはまた改めて謝罪文を送らせていただく」



「いえ、私は私の名誉を守れればそれで良いので」



「関大な言葉に痛みいる」



どんどんと話が進んでいき俺は息をのんだ。

婚約破棄。つい先日自分も言った言葉だが、その言葉を聞いた今の自分は背筋が凍るのを感じる。



「ま、待ってくれアンジェ!私は婚約破棄など…!」



「王太子殿下、私達はもう婚約者ではありませんので愛称で呼ぶのはおやめください」



「国王陛下に王太子殿下、我々はこれにて失礼をする」



二人はそう言うと立ち上がり部屋を出て行こうとした。私は部屋を出ようとしたアンジェの肩に手を伸ばす。



「アンジェ!待ってくれアンジェ!」



「よさんか!」



しかし父上に抑えられてその手が届くことは無かった。

アンジェは一度も振り返ることなく、部屋を出て行ってしまった。










その日から数日後。

すぐに卒業パーティーに居合わせた貴族達に伝令が回った。


卒業パーティーでの私の発言は虚偽の物であったこと。私とアンジェの婚約は完全に破棄されたこと。

だがしかし、私が婚約者であるアンジェをほったらかしにしてステラと一緒にいた事は学園中の者が知っていた為、わざわざそんな事をしなくとも誰一人として信じてはいなかったらしい。


私は話し合いが終わった直後にステラの部屋に行って今回の事を突き詰めた。しかし彼女は何でもないかのようにこう答えたのだ。



「もともと私とサムは愛し合っていたのだから、邪魔者のアンジェリカさんなんてどうなってもいいじゃない」



その目は本当に何とも思ってないという目をしていた。

それを見て本当に私はステラに騙されていた事を実感した。同時に自分の不甲斐なさも痛いほどに痛感した。



「ステラ、今すぐにこの城を出て行ってくれ」



「は?なんでよ?」



「お前のせいで私はアンジェとの婚約を破棄する事になったのだぞ!?今すぐに出て行け!」



「嫌よ!私は絶対に王妃になるの!」



言っても聞かないステラ。私は衛兵を呼び出し、ステラを王宮の地下牢に閉じ込めた。本当は城から追い出そうとしたのだが、父上は公爵令嬢と王族を騙した罪人にお咎め無しという訳には行かないと、彼女を罪人という事にし全ての罪をステラに押し付ける形で場を収めることにしたのだ。



「…」



私は城の廊下を歩く。父上に呼び出されたのだ。

いったいなんの話だろう。ステラの事だろうかそれとも他のことだろうか。

ため息を吐きながら私は玉座に座る父の前に膝をつく。珍しく今回は隣に母上もいたのだ。



「父上、要件とは」



「サミュエル。お前の結婚が決まった」



「は?わ、私の結婚ですか?」



「そうだ。お相手は遠国のネリハノム王国の女王陛下だ」



「な…!?」



遠国にあるネリハノム王国。かなりの貿易国で経済の周りも良いとされている評判の良い国だ。

しかし、その国の女王陛下であるジョアンナ・グティエレス王女は私よりも20歳年上の女のはずだ。数年前に夫を亡くしていて、跡継ぎのいない女王陛下は新しい夫を探していると聞いたことがある。ひとまわりも年上の、しかも死別した夫を持つ女と結婚しろと父上はそう言っているのだ。



「お待ちください父上!私は第一王子です!私にはこの国を収める義務があります!」



「心配するな。私の後は第二王子のワイアットに継がせることが決定した」



「ワイアットが…?何故ですか…!?」



「当然だろう。ワイアットはお前が光魔法の小娘と遊んでいる間も公務の勉学に励み、その婚約者であるマルティネス公爵令嬢も先日お妃教育を終えたところだ。お前は公務も満足に出来ない上に婚約者もいない。ワイアットととは雲泥の差だろう」



「お待ちください!私は玉座に座れるほどの実力があります!それに婚約者ならマルティネス公爵令嬢よりも頭の良い女性を任命すれば…」



「ふん。光魔法の小娘にいとも容易く騙されて卒業パーティーで恥をかいたお前などに嫁ぎたい令嬢などおらぬわ」



「ですが…!」



「それに女王陛下はお前を気に入ってくださった。本来なら貴族の令嬢と結婚できずに王位継承を剥奪されたお前など平民に成り下がってもおかしくない。ジョアンナ女王陛下はそんなお前を貰ってくれるというのだぞ?光栄なことではないか」



平民に成り下がる。私は自分の立場をようやく理解した。

私は隣にいた母上を見たが母上は悲しそうな顔で何も言わずにただ私を見つめていた。


今回の件は全てをステラ一人の責任として彼女を牢屋送りにした。私はもうその責任を負わなくて良いと思っていたが、周りの貴族達は平民の女にあっさりと騙された私の事など信用するに値してないというのか。

そんな私と結婚したいと思ってくれる令嬢などいない。しかもまともな令嬢はもう婚約者持ち。今更私と結婚してお妃教育を受けてくれるような令嬢なんていないのか。



〈いや…待て…〉



その時のハッと脳裏に思い浮かんだのはアンジェの顔だった。

そうだ。私にはまだアンジェがいるではないか。

アンジェはつい最近まで私と婚約していて他に婚約者となれる令息はいない。しかも幼き頃からお妃教育を受けていた上に教師たちからは太鼓判を押してもらっている。



「そうだ…アンジェだ…!私にはアンジェリカがいます!」



「なんだと?」



「アンジェリカにもう一度婚約を申し込みます!彼女ならお妃教育も受けているし他に婚約者もいません!心から謝罪すればきっと許してくれます!」



私は幼き頃私と遊んでくれて愛してくれたアンジェを思い出していた。

あんなに冷たい態度になったのも私がステラばかりにかまって気分を害していたからだ。つまりまだアンジェは私の事を愛してくれている。

私が再度婚約を申し込むのを待ってくれてるはず。

しかしそんな言葉に反して父上はため息まじりに言った。



「何を言っている。アンジェリカ嬢はすでに隣国の王太子と婚約が決まっている」



「は…?」



「テタ国の第一王子「チャヴェス・ドミンゲス」王子だ。お前も知っているだろう」



隣国のテタ王国。その国の第一王子とはパーティーで何度か挨拶をした事はある。確かに婚約者はまだいなかったはずだが。



「何故ですか!何故アンジェがチャヴェス王子と婚約を!?」



「お前がアンジェリカ嬢に婚約破棄を告げた後にこの国に謁見で参られてな。本当はワイアットに頼む予定だったが、外せない用事ができてしまい代わりに案内を申し出てくれたのだ。その時にアンジェリカ嬢を気に入られて、正式にお前との婚約破棄されてから結婚を申し込んだという事だ」



「それなら私を呼んでくだされば…」



「馬鹿者。平民女にうつつを抜かして勝手に公爵令嬢を断罪しようとした奴に、大切な隣国の王子の案内など任せられるか」



「そんな…」



ガクリとその場に膝をつく。まさかそんな事になっていたなんて。

アンジェの心はもうとうの昔に私から離れていたのだ。



「お前は明日ジョアンナ女王陛下の夫になるべくネリハノム王国へ旅立つ。これはもう決定事項だ」



父上は冷たく言い放つと玉座から立ち上がり、その場を後にした。

残された私は助けを求めるかのように母上を見上げる。



「母上…私は…」



「サム、どうかお元気で」



「は、母上…!」



しかし母上もそれ以上は何も言わずに父上の後を追いかけるように去っていった。

私はしばらくそこから動けずにいた。










翌日。私は遠国に旅立つために馬車に向かっていた。

見送りには父上も母上もワイアットすら来てくれる事は無かった。

来てくれたのは荷物を運ぶための使用人のみ。しかもその使用人達は皆遠国までには着いてきてくれないらしい。幼き頃から一緒にいてくれた爺やさえも一緒に来てはくれないらしく、向こうの国で新たに使用人達をよういしているそうだ。



「はぁ…」



使用人達は荷物を馬車に乗せ終わると馬車から離れた。

私は馬車に乗る前に一度振り返る。



「…」



そこには使用人達が頭を下げる姿があった。誰一人目を合わせてはくれない。


まるで売られた男娼にでもなった気分だ。私はこれから親ほど年上の女の所へ行き、子供を作るための種馬のような扱いを受けるのだろう。



〈アンジェ…〉



後悔がとめどなく溢れ出る。昨日父上達と別れてからずっと後悔しかしていなかった。どうしてもっとアンジェと話し合わなかったのだろう。どうしてもっと周りの言葉に耳を傾けなかったのだろう。

何度考えても答えなんて出ない。


もう一度前を向いて私は馬車に乗り込もうとした。

その時の事だった。



「っ?あれは…」



近くの茂みから人影が飛んできた。それはすごい速さでこちらに向かってくる。

そしてザクリという鈍い音と共に腹部に焼けるような痛みが走った。



「ガハッ…」



次の瞬間口から血が飛び出る。

真っ赤な血を吐くと私はその場に倒れた。



「お前ぇぇ!お前のせいで私はぁぁ!!」



そこにいたのはステラだった。一瞬誰だかわからないほどにボロボロな髪と肌。ボロボロの布を被ったその手には鋭いナイフが握られていた。



「王子!王子!しっかりしてください!」



「おい!誰か!医者を呼べ!」



「その女を取り押さえろ!」



私の体はドサリという音でその場に倒れた。すぐに使用人達が駆け寄ってきてステラを取り押さえる。

ステラは使用人達に押さえつけられながらも暴れて叫び狂う。



「離せ!離せよぉ!!どうして!どうして私がこんな目に合わなきゃいけないんだぁ!私はヒロインだろうがぁ!どうして悪役令嬢のアンジェリカがチャヴェス様と結婚するんだよぉ!!!断罪劇の後に謁見に来たチャヴェス様とヒロインが恋に落ちるはずだろぉ!その為にこんな王子とのバラメーターまで上げたんだぞ!?どうなってんだよこのゲームの世界はぁ!!!」



わけのわからない事を叫び散らすステラ。

私はどういう事かと問い詰めたかったが、腹部の焼けるような痛みが瞼を下ろしていく。

そのまま意識を手放してしまった。










気がつくと私は自室のベットに寝かされていた。

目を開けると極度の疲労と痛みが体を襲う。意識を戻した私のそばには白衣を着た医者がいて、その後何があったかを教えられた。


ステラは地下牢から脱走し、王族しか知らないはずの薬品庫から毒薬を盗み出して犯行に及んだというのだ。

しかもその毒薬は王族が大昔に使用した闇の魔力を込められていて、私の体は闇の魔法で呪いにかかり二度と治らぬ病を患ったというのだ。

私が目を覚ましたのは事件から数日が経った頃。何人もの魔法使いたちが呪いを除去しようとしても出来なかったらしい。


事件の後、ステラは王宮の地下牢ではなく、罪人達が送られる労働施設行きになったそうだ。そこは地下深くに作られた鉱山であり、一度入ると二度と出ることは許されない場所。そこで一生を終えるらしい。

そこに送られる道中も「ここはヒロインの私の世界なのに」「ゲームならリセットさせてよセーブからやり直させて」などわけのわからない事を言い続けていたらしい。


私の遠国行きは無かった事になった。それはそうだ。若くて健康な体がなければ老いた女王とはいえ私を貰ってくれるわけがない。

更に感染力が無いかの確認のために別棟に隔離される事になった。

私はベットから一人で起き上がる事もできず、度々血を吐いては眠れない日々を過ごした。感染力が無いことが確認できても、自室に戻ることは許されなかった。私は嫁ぐ事も出来なくなった役立たず王子。ステラの事も自分で巻いた種。そう城中の人々に思われていた。



「ゴホッ…ゴホッ…」



苦しさに目を覚ます。起き上がるとベットの近くにある鏡に自分が映った。

そこにはまだ20代半ばだというのに40歳くらいには老け込んだ自分だった。金髪だった髪は白くなり、頬は痩せこけ、目には隈が出来ている。



「はぁ…」



窓の外を見る。

本日はパレードが開かれるらしく、完全な王太子となったワイアットと婚約者のマルティネス嬢が主催したものらしい。隣国の王太子夫妻も来ると聞いた。そう、チャヴェス王子とその妻であるアンジェが久々にサナトーツ国に来るらしい。



「…」



外から聞こえる人々の声パレード音楽隊の音。チラチラと見える紙吹雪。

今頃サナトーツ国の国王夫妻と私の弟とその婚約者、そして隣国の王太子とその婚約者が国民たちとお祝いをしているだろう。

そう思うと病とは別の意味で自分の胸が痛くなった。


本当ならそこにいるのは私のはずだった。それなのに今こうして別棟に隠すようにして隔離されている。

しかも私は王国席を外されてもおかしくないはずなのに、父上と弟のお情けで未だこの城に入られるのだ。

時折聞こえてくる「王族の恥さらし」「国王になれなかった馬鹿王子」「平民の女にうつつを抜かした間抜けな男」そんな言葉も聞き慣れた。



「アン…ジェ…」



頬をつたう涙。思い出すのは愛しい人の名前。

目を閉じてベットに体を預ける。


どうして大切にしなかったのだろう。どうして彼女の言葉を聞かなかったのだろう。

そうすれば今ごろ愛しい彼女と結婚して国王の座を継いで。



〈せめて…楽しかった日の夢を…〉



幼き頃に城の庭を手を繋いで走り回ったあの日の夢を見れますように。

そう願って目を閉じた。




END

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