第4話
ここは、千葉県某所にある。とある町。
旧市町村の名残から、津田沼区域と呼ばれるその町は、2999年現在、日本で最も貧富の差が激しい区域と言われている。
津田沼区域は、大きく3つのブロックに別れている。
そのうち最も栄えているのが、新津田沼駅周辺。本屋や出版社が乱立するその区画。人呼んで本屋街は、昼夜問わず、背広を着た者達が行き交っている。
新津田沼駅を中心に栄えた本屋街を抜け、北の方角に進むと、若者たちが取り仕切る俗に言われる脱法市場が行われる旧津田沼駅があり、その旧津田沼駅を中心に主に、住宅などが並ぶ区画を、旧市街と呼ぶ。
そして、もう1つは。その2つの居住区とは一線を画す。貧困の巣窟。
津田沼全体の地下に広がる。極貧街。
さて。そんな津田沼、旧市街の、閑静な住宅街にある。古びた、木造二階建てのアパート。その一室では、1人の少女が、何やら、3つのモニターを見つめながら、右手でマウスを操作し、左手でキーボードを叩いている。
モニターに接続されているパソコンとは、別の場所から男の声が流れる。
どうも、スマートフォンのようだ。
通話画面が表示され、スピーカーボタンが灯ったスマートフォンは、あぐらをかく少女の右膝に置かれていた。
「うん。どうも、間違いないみたい」
2つの眼は、3つのモニターに釘付けになったまま、しかし少女は、スマートフォンの通話口に向かって話している。
「私たちがずっと探し求めていた同類。この症状の事を国は秘匿したがっているけど、やっと見つけた」
電話口の男は、どうも、信じ難いようで、まさか、あの青年が。と驚いている。
「うん。日暮忠文は、レモン達がずっと捜し求めた同類」
「クラック症候群患者だ」
そう宣言した少女の眼前に広がる3つのモニターは、1人の青年が神社に入る姿を、三様、角度を変えて写していた。
半年ぶりくらいに、腹が限界まで膨れるほどに肉を食べ、満足した僕は、腹ごなしも兼ねて旧市街を練り歩いていた。
間違った情報を流す。確かにそれは有効な手段だ。しかし、それはつまり、なにか聞かれるまでは、何もしないのと同義。
「流石に、受動的すぎる」
極貧街までは、いかずとも、この街の住人だって、豪遊会の噂くらいは聞くだろう。
何か使える情報があればと思い、情報収集に出てきたという訳だ。
「冷静に考えれば、今回の件、妙なところが多い」
確かに、豪遊会が、自分の縄張りであるはずの津田沼区域で、違法に市場を開き、その市場をコミュニティ化し、一大勢力を築いた若者たちがいるとなれば、捨て置いてはおけないだろう。
けれど、僕がこの街に引っ越してから2年間、その間も市場は開かれていたが、豪遊会のお咎めはなかった。
「なんで、今になって……」
自警団。光蜂の台頭というのは、確かに要因の一つではあるだろう。
だが、光蜂にしたって、少なくとも2年以上前から存在はする組織だ。
今動き出したのには、それなりの理由があるはずだ。
それを調べるために、僕はアパートから15分ほど離れた所にある津田沼区域の外れに位置する寂れたコンビニに入った。
「いらっしゃ……おや、こりゃまた、久しい客だ」
「よお、カンタ。元気か?」
レジカウンターに両足をのせて、新聞紙をアイマスク代わりにしていたこの、店員もどきは、カンタ、と呼ばれている。本名は、誰も知らない。あるにはあるらしいが。
このコンビニには、コンビニと呼べるほど多数の品はない。良いとこ、病院の売店レベルだ。
立地も最悪だし、コンビニとしてこの店が生き残る未来を僕は想像出来ない。
「余計なお世話だ。んで?今日はどうした?」
「いやね。情報が欲しいんだよ」
「は?情報屋なら、立派なのが住んでんだろ?お前のアパートに」
「やっぱり、檸檬の正体にも、もう気がついて居たか」
僕だってつい昨日知ったばかりなのに…まあ、いい。
今の1連のやり取りだけで、コイツの腕が鈍っていないことは確かだ。
カンタは、この津田沼区域で名を馳せる情報屋だ。
なんでも、逃げ出したペットの所在から、ヤクザの構成員の住所まで、この街の事で知らない事はないとか。
僕も、今のアパートを契約すると時にすこし力を借りた。
間諜、太郎。で、カンタだと、誰かが言い始めたらしい。
「檸檬は、インターネットが使い物にならない今、欲しい情報とのパイプラインを形成してからじゃないとアクティブに動けないみたいなんだ」
「なるほど?それで、この街の事ならなんでも知れる俺のとこに来たってわけか」
「そうだ。話が早くて助かるよ」
「そらま、こっちだって暇じゃないからな。んで?知りたい情報ってのは?」
「豪遊会」
「はっ!!」
お前もかよ!っと、カンタは笑い飛ばした。
「お前も?他にも同じ依頼があったのか?」
「ああ。あった。」
「その依頼をしたのは?」
「バカか?俺は、情報屋だぜ?依頼主の個人情報なんてタダで漏らすかよ」
つまり、金さえ積めば喋るのか。
守秘義務なんて、この街で暮らすうちに忘れたのかもしれない。
僕の考え込んだ顔を見て、何かを察したのか、カンタはニヤリと笑った。
「まあでも、馬鹿正直なお前に免じて、面白そうだから今回だけ特別ヒントをやろう」
「特別ヒント?」
「そ、まず、豪遊会の事を聞きに来たのは、お前が初めてではない。ここ2~3日の間に、豪遊会について聞きに来たのは、お前で3人目だ」
3人……。
つまり、僕の他に2人か。
「そして、そのメンツから想定するに、お前は、無駄足だったな」
そう言って、カンタはシシシと、笑った。
実にいけ好かない顔だ。
しかし、無駄足か。なるほど。
およそ考えにくいが、情報を聞きに来た人物にあたりはついた。
もし、想像通りなら、確かに僕は無駄足だ。
「カンタ」
「なんだ?」
「この部屋、というか、このコンビニに電話はあるのか?」
「俺のケータイ以外ない」
「なら、それだな」
「は?」
解せない。という声のトーンとは裏腹に、カンタは楽しそうだった。
コイツは、2年前からずっとそうだ。
どうも、僕を困らせるのが好きらしい。
「1人目の依頼者は、檸檬だな?」
カンタは、何も言わない。心無しか口角が少し上がったような気はした。
「僕が豪遊会というワードを聞いたのは、今日の昼間。そして、この時、豪遊会の大まかな計画にも満たない目論見を知り得たのは、僕と、出版社の社員のみ。」
ならば、少なくとも僕が豪遊会を意識しだしたその瞬間か、それよりも前に豪遊会を意識する立場に居なければいけない。
それだけ聞くと、何も絞れていない。そんな奴大勢居そうだと思うかもしれないが、豪遊会は、言ってしまえばヤクザなのだ。
わざわざ、情報屋を使ってまで関わろうと思う連中はそもそも少ない。
そして、そんな連中の大半は、それこそ何らかの組織に属していて、情報屋などの不確かな筋を辿る前に、組織の間諜を使うはずだ。
「来るとしても、答え合わせでここに来るぐらいだ」
「なるほど?そして、2~3日の間にその、答え合わせが行われる確率は低い」
「そう。確かにその確率もゼロではないが、もし、答え合わせが行われていた場合、お前がこれを問題にするわけが無い」
「ほう?なぜそう思う?」
「勘」
不確かな根拠に、カンタはケラケラと笑った。だってそうだろ?と僕は続ける。
「確かに、お前は情報をタダではやらない。でも、ヒントを出した。それは、僕が答えを出し得る人物だからだ。もしも、何処ぞの組織の間諜が答え合わせに来ただけなら、そもそもヒントなんざ、必要ない。出したところで、僕は分かりえないからな。」
よって、単独での情報収集。それも、僕が豪遊会というワードを聞いてから、動き出した人物の可能性が高い。
「で、ここまで来ると候補は3人。1人目は出版社、編集部社員。もう1人は、光蜂リーダーのリョウマ。そして、最後の一人が檸檬だ」
「なるほどな?そして、前者2人に関しては、そもそも己の組織の間諜を放つのが先だと」
「それ以前の問題だよ。この2つ、出版社と、光蜂の間諜は、そもそも僕だからね」
「ははん?だが、1つ解せない。そこで、何故レモンちゃんの名前が上がるんだよ」
「アイツは、凄い奴でね。監視対象に監視がバレる事を恐れていない」
そ、今僕がここに来ていることだって、きっとあの3つのモニターでお見通しなのだ。
肉を持って帰った時、神社や、駅のLIVE映像が流れっぱなしだったし、それを隠す素振りもなかった。
「なんだそれ?面白い女だな。ホント」
ケラケラと、カンタは笑い続ける。さてと、仕上げか。
「ま、それでも、僕が知る以前に豪遊会を調べていた人間の可能性は捨てきれない。でも、そんな奴が、2~3日の間にこの情報屋を頼るなんて確率は無いに等しい。」
「そうだな。仮にそんな奴がいたとしても、ヒントを出してまでお前に問題として解かせる意味がないと」
「そーゆこと。」
「やっぱ、お前は面白い。恐れ入った。じゃ、遊びはここまでにして、本題にはいろう」
「2人目は?聞かなくてもいいのか?」
「ああ。暇つぶしにクイズにしてみただけだし、十分楽しめたからな。」
あっそ。
どうして、僕の周りの人間は、こう、自分勝手な奴らが多いのだろう。