2話
金を得るために小説を書き始めたのは、母親が死んでからだった。
死んだ母に対して思うことは特になく、なんと言うか、可哀想な生涯だったなー。と思っただけ。
別に不仲だったわけでも、仲がすごく良かった訳でもない。育ててくれた事には感謝しているけれど、時代が悪いのかなんなのか、僕は、母を大切だと思う心と、亡くした時に流すはずの涙が、もう、無かったんだ。
だからそう、多分、編集者っぽく、言うなら。
「愛が、なかったんだろーなー。って思うよ」
母に対する。そして、世間に対する。
「へえ!そっか!レモンは、忠文愛してるぞ!だって肉まんだし」
意味が分からん。なんだ?コイツは俺が、自分の顔をちぎって毎回肉まんを生成しているとでも思っているのか?
檸檬が少し過去を語ってくれたので、僕も自分の昔を少し語ることにして、何か聞きたいことはないかとたずねた所「おいたち!」と言われたので、まあ。今に至るまでを掻い摘んで説明した。
こんなのを聞いて、何が楽しいんだろう?
見れば、コイツ、さっきからパソコンの矢印キーだけの操作でマリカをやっている。
まず、パソコンにマリカをどうやってインストールしたのだろう?
どうやっているのか分からないドリフト走行をしながら、「じゃーさー!」と、檸檬がいう。
「じゃー。忠文は、なんかやりたいこと、ないの?」
「やりたいこと?」
「そう!将来の常!的なやつ」
夢、な。
1文字違うだけで、偉く現実的な言葉になってしまう。
日本語って、ふっしぎー。
ともあれ、夢。ね。
「んー。改めて聞かれると、これと言ってないかもなー」
「なにそれ!おもんな!」
「うっせぇなー。そう言う檸檬はあるのかよ」
「あるよ!」
んとねー。と言いながら、画面の中では、コーナーを曲がる檸檬。
「今のレモンの夢は、このレースで1番とること!」
は?
「そんなんでいいのかよ」
「そんなんで、いいんだよ!」
そう言った檸檬には、一切迷いが見えなかった。
なんていうか、カッコイイな。
「僕も、もう1つ聞いていいか?」
「なんでも聞きたまえ。腹の中の肉まんが消化されるまでは、レモンちゃんは気分が良いからね!」
「なんで、世界中のネットワークをクラックしたりした?」
檸檬が本当に強炭酸粉コーラのリーダーなら、それは、自分が大犯罪集団のボスだと告げているのと一緒だ。
まあ、そこはいい。今は。
僕はその、動機が知りたい。
「なぜって。そりゃ、勿論」
言いながら檸檬は、宣言通り1位をとった。そして、笑顔で、続ける。
「楽しそうだったからだよ!」
駅前には、様々な奴らが来る。
1癖も2癖もある客連中は勿論のこと、野良販売人たちも中々癖のある奴らばかりだ。
そして、その土地にもよるが、大体の地域には、野良作家や販売人達が有志で作り上げた。野良販売組合なるものが存在する。
組合員になれば、法外な場所代と引き換えに、そこそこの保証と組合からの後ろ盾がえられる。
「そ。だから、忠文。悪いことは、言わねー。ここで商売続けたいなら、お前もそろそろ組合に入りな」
檸檬の正体を知った翌日。
いつも通り日銭を稼ぎに来たら、見知った顔に、そんなふうに勧誘された。
「全く、相変わらず君は何も隠そうとしないね。リョウマ」
コイツの名はリョウマ。僕と同じく親のいない子供で、この駅周辺の組合を仕切っている奴だ。
僕が初めてここに来た日、組合に勧誘してきたので、断った。
当然だ。法外な場所代と、少しの保証なんて。釣り合っていないにも程がある。
でもまあ、コイツのそういう正直な所が好感がもてるとかで、不思議と組合員の数は少なくないらしい。
「俺の性格はどうでもいい。どうだ?組合に入る気はあるか?」
「答えはノー。だけど、そもそも、なんで僕をそんなに勧誘したいんだ?」
「特に理由はねーけど。なんか、馬が合いそうだしなー。それに、組合員が増えれば、俺の収益も増える」
「ホント正直だね。君は、そういう所は嫌いじゃないよ」
「そうか。まあ、また誘うわ」
「こりないね」
リョウマは、僕と違って、名前もない。親が貧民街育ちらしく、リョウマを産み、施設に預けてすぐに、姿を消したらしい。
15の時に施設を出て、すぐに組合を立ち上げたリョウマは、同じ施設で育ったゴリゴリの喧嘩自慢達をまとめあげて、自警団みたいな物を設立して、この駅周辺を常に仕切っている。
それが、組合に入って得られる後ろ盾だ。
これ程親しげに話すようになったのは、彼ら自警団に僕が助言をしたことがあり、その助言を切っ掛けに事件が解決し、以来、リョウマから話しかけて来るようになった。
「組合に入らずとも、おまえは、俺のダチだからな。な。なんかあったら、相談くらいのってやる」
とか、言ってたっけ。
ようは、まあ。リョウマはこの辺の若者たちからみれば、ストリートのカリスマみたいな扱いなのだ。
そんな、リョウマと話せたのだ。今日は少しいい日だ。
2時間後、いつも通り編集部にいくと、珍しく原稿を受け取ってもらえた。
「勘違いしないでね?読み切りとして、掲載してあげるだけだから。契約とかじゃないからね?勿論、原稿料は出すけどさ」
「はあ……」
なんだろう、とても、裏がありそうだ。
「で、乗せてあげる代わりと言っちゃなんだけど……」
ほらきた。
何がのぞみだろう。檸檬の事がバレて、身柄を引き渡せとか?それとも、リョウマについての情報だろうか。組合も、営利目的の出版社からしたら、十分脅威だろうしな。
「スパイ。やってもらえない?」
「……は?スパイ?ですか?」
「そう。忠文くん。あの駅で商売してるんでしょ?」
「はい、そうですけど」
「なら、組合とか、入ってる?」
「入ってはいません。存在は知ってますけど」
「そっか、その組合のバックについてる自警団体。名前を、光蜂って言うらしいんだけどね?」
「はあ……」
アイツら、そんな名前だったのか。
センスあるな。
「その、光蜂に近づいて、ウチに情報を流して欲しいんだ」
「構いませんけど、理由だけ伺ってもいいですか?」
リョウマは、友達。だけど、金の為だ。なんだってするさ。こちとら、2人分の食費を稼がないといけないからね。
うちの、檸檬姫に、ひもじい思いはさせられない。
「どうもね、うちの出版社のバックについてる、豪遊会って所と、ちょっと揉めてるらしいんだよね」
豪遊会。聞いたことがある。なんでも、いち早く出版ビジネスの景気回復に着目し、その手の企業をいくつも買収して、シノギにしているっていう。ヤクザの元締めだ。
なるほど。
「ようは、その豪遊会からの依頼で、光蜂が邪魔だから消して欲しいって話ですね?」
「ま、平たく言えばそう。でもまあ、できるだけ穏便に、って話だから、とりあえず裏で行き来する人間が1人欲しくてね」
「分かりました。引き受けます。でも、それじゃ、本誌読み切り掲載だけじゃ、割に合わない」
「ほう?望みはなんだい?」
「勿論、作家としての正規契約ですよ」
原稿料と、契約手付金として、かなり分厚い札束をもらった。
今夜はステーキだな。こりゃ。檸檬が喜ぶ顔が目に浮かぶ。
しかしまあ、今日は、まだ寄るところがある。
ステーキは、もうしばらく、お預けだ。
あまり遅くなっても怒られる。手短に済ませよう。
「しかしまあ、ここに来るのも久しぶりだなー」
屋根に、穴の空いたアーケードが続く、落書きだらけのシャッター街。肌の露出が激しい派手な女と、その女に鼻の下を伸ばす豚みたいおっさん。
タバコと、硝煙、血と酒の匂いが、染み付いて取れない空気の感触。
ここは、元は千葉県津田沼駅付近の繁華街だったが、
今は、僕ら貧民の最下層が住む街。その名も、津田沼極貧街。
こんな所、好んで来たくはないが、仕方がない。
金のためだ。
シャッター街を進み、2番目の角を右に曲がる。チンピラのたまり場になっているコンビニの隣に続く細い石畳の階段を上る。
鳥居の前で、一応一礼して、中に入る。
そう、神社だ。
この神社は、今、リョウマが住んでいて、光蜂の拠点でもある。
「リョウマ。いる?」
「ん?ああ。忠文か。上がれよ」
宮内に招き入れられ、リョウマのいる客間に通された。ここまでの道のりも、慣れたもんだ。
「で、今日はどうした?」
「今日はって、昼間もあったでしょ?」
「だったな。なんだ?概ねあの後、出版社で金になりそうな話でも聞いてきたか?」
「察しがいいね。」
僕は、リョウマにさっき出版社で聞いた話を全て話た。
話終えると、終始真顔だったリョウマは、かはっ!と笑った。
「おまえは、ホントにキモの座った奴だな!」
「そうかな?でも、僕が二重スパイになれば、いくぶんやりやすいんじゃない?」
「はっはー!そりゃ、俺からしたら助かるが……で?望みはなんだ?金か?」
豪胆に笑いながら膝を叩くリョウマに、僕は、出版社でもらった札束を見せる。
「金はもう、もらった。そうだね、僕と、僕の家の警護。が、1つ目の望みかな?」
「そうか、2つ目は?」
「僕を、仲間に入れて欲しい」
「ほう?」
この1件。上手く転がせば、出版社のバックそのものを、光蜂にすることだって、出来そうだ。
でもその為には、たくさんの人出と、信頼出来る仲間がいる。
そう説明すると、リョウマは、あっさりと引き受けた。
「まさか、組合員にならず、光蜂のポストを狙いにくるとはなぁ!いいぜ。気に入った!忠文。今日からおまえは、光蜂のジョーカーだ!」
「ジョーカー?」
「そうだ!表向き、紙面や、データ上も決して光蜂の団員であることは、明かさず、あらゆる敵対組織に諜報員として潜り込む!」
なるほど?ようは、ただのスパイね。
「OK。それでいいよ。けど、仕事の度にしっかりと取り分は貰うから」
宣言して、僕は立ち上がる。帰ろうと、する僕を、リョウマは、まて!と制した。
「1つ目の約束を果たそう。お前ら!ジョーカーのお帰りだ。送ってやれ」
「へいっ!」
光蜂の下っ端たちが、リョウマの一言で僕にへいこらしてくる。
悪くない気分だ。
さ、帰ろう。姫のまつ、5000円の城へ。