1話
愛がないよね。
そう、言われ続けた。
何を伝えたいかも明白で、そつなく書けてる。
でもね……なんて言うか、こう、君の顔、というか、気持ちって言うのかな。
そう、愛。愛が見えないんだよ。
日銭稼ぎ程度の娯楽を書きたいならこれでもいいかもしれない。でもね、プロの契約作家になりたいなら、もっとこう……感じ取れるくらい、さらけ出さないと。愛を!!
「愛愛愛愛……うるせぇ!他の単語を知らないのか!編集者のくせによ!」
西暦2999年。強炭酸粉コーラと呼ばれるハッカー集団により、世界全土の軒並みのインターネット関連がクラックされた。
それに伴い、普及していた電子媒体は、衰退の一途を辿り、低迷の底から紙媒体が引き上げられた。
同時に、かつて若者から離れていたとある文化が、今、注目を集めている。
そう、活字だ。
紙媒体の普及により、自ら筆をとり、己の意を示す字をしたためる事が増えた。
読めなきゃ書けない。どうせ読むなら、面白いものを。そうして、書籍は瞬く間に流行の最先端に返り咲いた。
そんな波にのり、筆1本で金を儲けようとする連中、人々は野良作家なんて呼んでるけど、そういった連中が後を絶たない。
無論、出版社からのスカウトもある。
僕、日暮忠文もそんな時代の野良作家の1人だ。
インターネット世界の一斉クラック。つまりは同時多発インターネットテロにより、世界情勢も激変し、かつて、借金大国と言われながらも平和と安寧を保ったこの国、日本も今や貧民と遊民の優劣がハッキリと別れる国となった。
貧民は、基本的に正規雇用されない。どんな仕事でもだ。というか、まず、住所がない。
遊民は、複数の家を所持し、とてもとても安い月給で奴隷とかを雇っているらしい。
なんていうか、羨ましいかぎりだ。
だから、そんな情勢だからこそ。
貧民は、自らの文字に夢を乗せる。宝くじを買う感覚で、1つの作品を書き上げる。
最も、僕の場合は違うけれど。
僕は、駅で自分の作品を売って日銭を稼いでいる。
何かで見たような題材を、どこかで見た技法で表現し、昔見た文法で取り繕って書いて、それを駅前でレジャーシートに乗っけて販売している。
何故か?簡単だ。生きるため。
バイトをしているのと変わらない。ただ、電車なんて今や、遊民しか乗らない乗り物だから、そいつら相手に娯楽を提供する方が売れるってだけだ。
「まあ、それでも、宝くじを買う行為は毎日してるけどね。」
毎回、なんの意味もないが、売れ残りを出版社に持って行ってる。
僕の作品を買ってくれなくとも、生の読者の声は聞ける。書いて売るだけのフリーターには、時間が余ってしゃーない。持っていくだけなら、ただだしな。
今日もっていった、どこぞのRPGにありそうなら異世界ファンタジー小説も、いつも担当してくれる持ち込み担当人の春日部さんいわく、
愛がない。とのことだった。
逆に問いたい。こんな世の中で、愛を書けるやつがいるのか?
そもそも愛ってなんだ?
そんな釈然としない気持ちで出版社を出て、斜向かいにあるコンビニで、2つ肉まんを買って帰路についた。
「お、そ、い!!!!!」
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ…パシン!!
家賃5000円の安アパートの扉を開けて、聞こえて来た音をそのまま表現するとこんな感じだった。
僕の借りているアパートは、6畳一間なのだが、そのうち約2畳分が僕の領地である。
残った4畳のうち、2畳がパソコンその他周辺機器に貸し与えられ、最後の2畳をそのパソコンの主、赤井檸檬が占拠している。
「檸檬…何度も言ってるけど、部屋では靴をぬげよ」
「嫌だ!!靴をぬいだら足ごと剥がれる!」
なにそれ、ちょっと見たい。
この奇妙な少女とは、半年前、公園で出会った。
こいつは、なんと言うか、色々と勘違いされやすい娘なのだ。
公園のベンチでデスクトップパソコンを開いてなにやら作業する姿を、目撃はしていた。で、ちょいちょい気にもしていた。
何故なら、この檸檬という娘は、顔がとてつもなく可愛い。ホントもう、時代が時代なら、普通にアイドル業のトップに立ってそうなやつだ。
んで、顔も去ることながら、そのファッションも奇抜だった。サイズのまったく合っていない、恐らくは男物と思われるダボダボのジーンズ生地の繋ぎを着ていた。
容姿、服装、行為。どれをとっても、時代にも、公園にもそぐわなかった。
まあでも、最初は、ただ、よく見る目の保養ぐらいにしか思ってなかった。
そんなある日、いつもの様に、出版社で愛を語られて悶々としながら帰路に付くと、事もあろうに檸檬は、チンピラにナンパされながら、小学生に泥団子をぶつけられつつパソコンを、必死に庇っていた。
あほらしすぎて、拾って帰ってきて、以来、家に居着いている。
要は、まあ、人型のペットみたいなもんだ。
そんな、人型ペットは、どうも、ご立腹である。
「遅い!遅い!!遅い!!!」
まあ、確かに、昨日よりは若干遅く帰ってきてしまったか。
「そう言うなよ。ほら、見上げだ」
言いながら、僕は、コンビニで買った肉まんを投げて渡す。
すると檸檬は、マウスから右手を離して、右手だけで、宙に浮いた肉まんの包装紙を剥がして、肉まん本体を口でキャッチした。
「……すげ。」
器用な奴だ。
しかしまあ、もう、半年だ。そろそろ、色々聞かねばなるまい。
僕は一向に構わない。コイツがこのままここに居ても、さして食費が上がったわけでも無いし。
そして、何せ顔が可愛い。どタイプだ。
それでも、まあ、ヤクザの女とかだったら怖いし、一応身元みたいなのは知っときたい。
「ってな訳で。檸檬。そろそろ答える気にならないか?」
「もぐもぐたいむなので、むり」
「ならその後でいい。一つだけ応えろ」
そう言うと、檸檬は左手をこちらに伸ばし待てのポーズとって、コンビニの肉まんを3口で口につめ、リスのよう頬を膨らませて咀嚼したあと、出していた左手を招き猫のように動かした。
どうも、応える意思があるようだ。そうだな、何を聞こう。否、どう聞こう?
「…おまえは、何者だ?」
「レモンはねー……」
そう言って、指に残った肉まんのシルを舐め取りながら、檸檬は応えた。
「強炭酸粉コーラの、リーダーだよ」
西暦2999年、強炭酸粉コーラと呼ばれるハッカー集団により、世界のインターネットは、一斉にクラックされた。
そんな、大規模同時多発デジタルテロのリーダー。
それが、僕の同居人だったらしい。