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第9話:「協会から逃れるために」

 村長はセバスチャンが自分の宿泊場所に戻った後、私たちに向き直った。


「これは予想以上に早く問題が表面化してしまった……」


 重い声に、不安が募る。


「どうすればいいんですか?」


 リーナの問いに、村長はしばらく考え込んだ後、低い声で言った。


「協会の調査をこの村でさせるつもりはない。彼らの要求に完全に応じれば、ティアはきっと連れ去られてしまう。そして、ミラも詳しく調べられるだろう……」


 それは絶対に避けたい。

 ティアだけでなく、私自身も旧世界の遺物として扱われる可能性がある。


「このまま村に滞在するのは危険です」


 ティアの冷静な分析が響く。


「一時的に村を離れ、魔術師協会の注目が薄れるまで潜伏するのが最適解です」


 村長も同意するように頷いた。


「その通りだ。だが、単純に逃げ出せば追われる。何らかの策略が必要だ」


「策略……」


 リーナが呟いた。

 彼女の目に決意の光が灯る。


「私が考えがあります」


 リーナの提案に、全員が耳を傾けた。


「まず、今晩までティアさんは見つからない場所に隠れましょう。セバスチャンが調査を始めたら、私たちは『ティアが行方不明になった』と報告します」


 なるほど、ティアが自分で逃げ出したと思わせる作戦か。


「そして夜のうちに、私とミラちゃんでティアさんと合流して村を出ます。セバスチャンが気づくころには、もう遠くに行ってるはず」


「リーナ……」


 その計画には重大な問題がある。

 リーナも一緒に村を出るということは、彼女の生活も犠牲にすることになる。


「ダメだよ。リーナまで巻き込むわけにはいかない」


 リーナは優しく私の頭を撫でた。


「大丈夫だよ。私はミラちゃんを守りたいの。それに……」


 彼女はティアを見つめた。


「ティアさんのこともよく分かってないけど、信じたいと思う。この一週間で、ティアさんがミラちゃんのためだけに行動していることは分かったから」


 その言葉に、思わず涙がにじんだ。

 私のためにここまでしてくれる人がいるなんて。


「リーナ……ありがとう」


「しかし問題がある」


 ティアが静かに言った。


「私のエネルギー残量は50%程度。村から離れた場合、充電の手段が限られる。また、三人での移動は注目を集めやすい」


 確かにその通りだ。

 ティアのエネルギー問題はまだ完全には解決していない。

 そして、アンドロイドと二人の少女という組み合わせは、どこに行っても目立つだろう。


「そこは考えたわ」


 リーナは自信を持って言った。


「村長さんが作っている魔素結晶を持っていきましょう。それと、ティアさんは旅人の姿に変装するの」


 村長が頷いた。


「魔素結晶はこちらで準備しよう。変装用の衣服も用意できる」


 リーナは続けた。


「それから、私たちが向かうのは叔父さんが住んでいる西の村。山越えの小さな村だから、魔術師協会の影響もほとんどないの」


 よく考えられた計画だ。

 しかし、これで本当に大丈夫なのだろうか。


「セバスチャンはすぐに追跡するでしょう」


 ティアの懸念に、村長が応えた。


「それは私が対処しよう。偽の情報を与え、別方向を探索させる」


 村長の協力まで得られるなんて……。

 本当にこの村の人たちは優しい。

 でも、それが却って罪悪感を強くさせる。


「村長さん……本当にいいんですか? 私たちのせいで村が……」


 村長は穏やかに微笑んだ。


「ミラ、心配することはない。魔術師協会は強大だが、村での調査権限は限られている。協会に対して村を守るのもまた、村長の仕事だ」


 その言葉に、少し安心する。

 しかし、この穏やかな村を離れなければならないという現実が、胸に重く圧し掛かる。


「では決まりだ。今日一日で準備を整え、夜に出発する」


 村長の言葉に全員が同意した。


 残された時間は限られている。

 リーナは必要な荷物の準備を始め、村長は魔素結晶と変装用の衣服を用意すると言って部屋を出た。


 ティアは省エネモードに入り、エネルギーを温存している。

 その姿を見ていると、何とも言えない切なさを感じる。

 この短い期間で、グリーンヒル村は私たちにとっての「ふるさと」のような場所になっていた。

 それを去らなければならないなんて……。


 部屋の窓から村の風景を眺める。

 子供たちが広場で遊ぶ姿、井戸端で話す女性たち、畑を耕す男性たち。

 平和な日常の一コマ一コマが、今は特別に思える。


「寂しい?」


 リーナが私の横に座り、優しく話しかけた。


「うん……やっと居場所ができたと思ったのに」


 小さな声で答えると、リーナは私を優しく抱きしめてくれた。


「大丈夫。また新しい場所でも、きっと居場所は作れるよ」


 彼女の優しさに、また涙がこみ上げてくる。

 幼い体の感情の表出を制御するのは、まだ難しい。


「でも、リーナの生活も台無しにしちゃって……」


「そんなことないよ。私はミラちゃんと一緒にいたいの。それに、叔父さんがいる村なら大丈夫」


 それでも、このような形で村を離れることになるとは。

 グリーンヒル村で過ごした日々が、走馬灯のように思い出される。


 その日の午後、村長の指示でティアは村の古い倉庫に隠れることになった。

 魔素結晶で最低限のエネルギーを保ちながら、完全な省エネモードで待機する。


 私とリーナは普段通りに振る舞いながら、荷物をまとめていた。

 必要最低限の衣服、食料、薬草、そして魔素結晶。

 すべてをリーナの旅行用バッグに詰め込む。


「無事に西の村まで行けるかな……」


 不安を口にすると、リーナは自信ありげに笑った。


「大丈夫。私は何度も叔父さんの村に行ったことがあるし、道もよく知ってる。一日歩けば着くよ」


 その言葉に少し安心しつつも、胸の奥の不安は拭えない。

 魔術師協会という強大な組織から逃れるなんて、本当にできるのだろうか。


 夕方、村長が戻ってきた。

 彼の表情は複雑だった。


「セバスチャンは明朝から調査を始めると言っていた。彼は今、宿で休んでいる」


 つまり、今夜がチャンスということだ。


「これを持っていきなさい」


 村長は小さな袋を差し出した。

 中には青白く光る結晶が10個ほど入っている。


「特殊な魔素結晶だ。ティアのエネルギー源として使えるはずだ」


「ありがとうございます……」


 感謝の言葉を述べると、村長は優しく微笑んだ。


「もう一つ、これも」


 彼は小さな羊皮紙を取り出した。

 開くと、地図が描かれている。


「リーナ、君が行こうとしている西の村までの最短ルートだ。この赤い線を辿れば、山道を通って最も早く到着できる」


 リーナは感謝の意を表し、地図を受け取った。


 夜になり、村が静かになるのを待った。

 小さな窓から見える月明かりが、私たちの旅立ちを照らすことになる。


「時間だ」


 村長の言葉に、私とリーナは準備を整えた。

 暗い色の旅装束に着替え、荷物を背負う。


 まず最初に、ティアが隠れている倉庫へ向かった。

 真っ暗な中、ティアの青い線だけが微かに光っている。


「行く時間です」


 私の声に、ティアはゆっくりと動き始めた。

 彼女も厚い旅人用のマントを羽織り、顔を覆うフードを被った。

 これで一見しただけでは、普通の旅人に見える。


 三人で村長の家に戻り、最後の打ち合わせをした。


「魔術師協会の注意をそらすため、明朝、私は彼らに『ティアが東の方角に逃げた』と報告する。彼らが東に向かっている間に、あなたたちは西へ逃げるのだ」


 村長の計画に頷く。


「リーナ、君の叔父には事前に連絡を入れておいた。彼なら協力してくれるだろう」


「ありがとう、村長さん」


 リーナは感謝と別れの意を込めて、村長を抱きしめた。

 村長も彼女をしっかりと抱き返している。

 まるで父娘のような光景だ。


 次に村長は私に向き合った。


「ミラ、旅は危険が伴うかもしれない。だが、君なら乗り越えられる。魔法の才能も確かだ。これからも修行を続けなさい」


「はい……」


「そして、ティア」


 村長はアンドロイドに向き直った。


「どうか二人を守ってあげてほしい」


「それが私の存在意義です」


 ティアの答えに、村長は満足そうに頷いた。


 いよいよ出発の時だ。

 村の東側にある小さな裏門から出ることになっていた。

 人目につかないよう、静かに村の端まで歩く。


 最後に振り返ると、月明かりに照らされたグリーンヒル村が見える。

 短い間だったが、私にとって大切な「ふるさと」になった場所。

 いつかまた戻ってこられるだろうか。


「行こう……」


 リーナの小さな声に頷き、私たちは夜の森へと足を踏み入れた。

 未知の旅路の始まり――魔術師協会の影から逃れ、新たな安住の地を求めて。

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