第7話:「共存の始まり」
長い説明の後、村長は私たちに村の中を案内すると言ってくれた。
外に出ると、太陽はすでに高く昇っていた。
村を歩きながら、村長は建物や人々について説明してくれる。
小さな神殿、共同の製粉所、鍛冶屋、そして村の広場。
すべてがシンプルながらも、村人たちの生活に欠かせないものばかりだ。
広場では子供たちが遊んでいて、私たちを見つけると大きな歓声を上げた。
「ミラちゃーん!」
エルが真っ先に駆け寄ってきた。
「村長さま、ミラちゃんと遊んでもいいですか?」
村長は優しく笑って頷いた。
「もちろん。でも、無理にひっぱらないように」
その言葉に、子供たちは歓声を上げ、私を取り囲んだ。
エルを含め、5〜6人の子供たちだ。
みんな私と同じくらいの年齢に見える。
「ミラちゃん、一緒に遊ぼうよ!」
「魔法の鬼ごっこしようよ!」
「旧世界のこと教えてよ!」
質問攻めにあって戸惑う私の横で、ティアが緊張した様子を見せた。
しかし、これは敵ではなく友達だと判断したのか、彼女は少し距離を取りながらも見守っている。
リーナが笑いながら言った。
「みんな、ミラちゃんは初めてだから優しくね。一度に沢山質問したらびっくりしちゃうよ」
子供たちは少し遠慮して、一人ずつ自己紹介し始めた。
エルの他にも、トム、マリア、ルーク、サラという名前の子供たち。
みんな明るく元気いっぱいで、私を仲間に入れようとしてくれる。
「魔法の鬼ごっこって何?」
その質問に、子供たちは興奮した様子で説明し始めた。
「鬼になった人は、小さな魔法を使って他の人にタッチするの!」
「でも、まだみんな下手だから、ちょっとした光とか風しか出せないんだー」
「ミラちゃんもできるかな?」
正直、自分に魔法が使えるのかどうか不安だった。
でも、せっかくの機会だ。
試してみる価値はある。
「やってみるよ」
子供たちと広場に出ると、最初の鬼としてエルが選ばれた。
彼女は両手を擦り合わせ、小さな光の粒を作り出した。
それを投げるように私たちに向かって放つと、光の粒は風に乗ってふわりと飛んでいく。
「逃げて!」
子供たちが楽しそうに叫びながら逃げ回る中、私も走り出した。
小さな体での走り方には少し違和感があったが、子供の体は意外と身軽で、走るのは楽しい。
エルの光の粒が私の肩に触れ、小さなピリピリとした感覚が走った。
「ミラちゃん鬼!」
エルは嬉しそうに宣言し、今度は私が鬼になった。
どうやって魔法を使うのか分からないが、子供たちの真似をして、両手を擦り合わせてみる。
「うーん……」
集中してみると、右手の紫色の模様がうっすらと光り始めた。
そこに意識を向けると、手のひらに小さな熱を感じる。
そして、薄紫色の小さな光が浮かび上がった。
「わあ! ミラちゃんすごい! 初めてなのに!」
子供たちの驚いた声に、私も驚いた。
本当に魔法が使えるんだ。
光の粒を前に放ってみると、まっすぐというより、ふらふらと漂いながら進んでいく。
トムに向かって放ったが、彼は器用に避けた。
二度目の挑戦で、今度はマリアに当たり、彼女が次の鬼となった。
子供たちと遊ぶうちに、時間があっという間に過ぎていった。
魔法を使うことで、体の中に新しい感覚が生まれているのを感じる。
魔素という不思議なエネルギーが、体の中を流れているような感覚。
遊びに夢中になっている間に、ティアの状態がさらに悪化しているのに気づいた。
彼女は木陰に立っていたが、首の青い線がほとんど見えなくなっている。
動きも明らかに遅く、通常より反応が鈍い。
「ティア……大丈夫?」
私が駆け寄ると、彼女はゆっくりと頷いた。
「エネルギー残量35%。省エネモードに移行します」
これは昨日よりも急激に減っている。
なぜだろう。
「どうして急に……?」
「この地域の魔素濃度が高く、システムにノイズを発生させています。追加のエネルギーを消費して対処しています」
魔素がティアのシステムに干渉しているのか。
これは予想外の問題だ。
「リーナ!」
近くにいたリーナを呼ぶと、彼女が駆け寄ってきた。
「どうしたの?」
「ティアのエネルギーが急速に減少しているの。魔素の影響みたいで……」
リーナはティアを見て、眉をひそめた。
心配しているように見えたが、その目には別の感情も混ざっている。
警戒? 不信?
「村長さんに相談してみましょう」
村長に事情を説明すると、彼は深刻な表情になった。
「魔素がシステムに干渉するとは……考えられる対策はあるかね?」
ティアは弱々しい声で応えた。
「太陽光充電の効率を上げるか、魔素からのシールド機能を強化する必要があります」
「魔法のシールドは効くかな?」
リーナの提案に、村長は考え込んだ。
「魔法で魔素の流れを制御する……可能かもしれないが、難しい技術だ」
「やってみる価値はある」
リーナは決意を示し、ティアに近づいた。
しかし、彼女が手を伸ばそうとした瞬間、ティアが微かに身をひるがせた。
「データ改ざんのリスクがあります」
その言葉に、リーナの表情が硬くなった。
「改ざん……? 私を信用してないってこと?」
「リスク評価の結果です。個人的な判断ではありません」
二人の間に緊張が走る。
リーナはティアの無感情な言葉を、拒絶ととらえたようだ。
「だって、あなたには感情がないんでしょ? どうやって信頼関係を築けばいいの?」
リーナの声には明らかな苛立ちが含まれていた。
ティアは無表情のまま応えた。
「感情は信頼構築の唯一の手段ではありません。論理的整合性と行動の一貫性が……」
「それじゃダメなの!」
リーナの突然の叫びに、周囲が静まり返った。
彼女は感情を抑えようと深呼吸をし、続けた。
「あなたがミラちゃんのために行動してるのは分かってる。でも、計算だけで動く存在を、私は完全には信じられない……」
その言葉に、私は胸が痛んだ。
リーナの気持ちも分かる。
感情を持たない存在を理解するのは難しい。
でも、ティアは私をずっと守ってくれている。
「リーナ……」
私が声をかけると、彼女は申し訳なさそうな表情を見せた。
「ごめん、ミラちゃん。ティアさんを傷つけるつもりじゃなかったの。でも……」
「理解できます」
ティアの静かな声が響いた。
「人間が非感情的存在に不信感を抱くのは自然な反応です。しかし、私の目的はミラの安全と幸福です。その目的は変わりません」
リーナはティアをじっと見つめた後、小さく頷いた。
「とりあえず、エネルギー問題を何とかしましょう」
村長が間に入り、緊張を和らげようとした。
「魔素を集中させた結晶があれば、エネルギー源として利用できるかもしれない。協会の都市なら手に入るが……」
「そんな遠くまで行けないわ」
リーナが心配そうに言った。
「今はとにかく、太陽光を十分に浴びることが大事だろう」
村長の提案に、ティアは頷いた。
午後は、ティアを村の一番日当たりの良い場所に置き、太陽光充電を試みた。
効率は悪いが、少しずつエネルギー残量が回復していくのが確認できた。
子供たちは私をすっかり仲間として受け入れ、次々と遊びに誘ってくれる。
魔法の練習をしたり、かくれんぼをしたり、村の外れにある小川で魚を観察したり。
すべてが新鮮で楽しい体験だった。
日が沈み始める頃、リーナが私たちを呼びに来た。
「そろそろ帰ろう。ティアさんはどう?」
「エネルギー残量40%。充電効率は期待より低いですが、維持可能なレベルです」
リーナはまだぎこちない様子だったが、努めて優しく話しかけている。
彼女も関係を改善しようとしているのだろう。
リーナの家に戻る途中、夕焼けで赤く染まった空を見上げながら考えた。
この世界での生活は始まったばかり。
ティアとリーナの対立、ティアのエネルギー問題、魔術師協会の存在……
課題は多いが、希望もある。
村の子供たちとの交流、自分の中に眠る魔法の可能性。
夕食はリーナの手料理。
シチューとパンという質素なものだが、温かくて美味しい。
食後、リーナは私の髪を優しく梳かしてくれた。
「ミラちゃん、子供たちと遊ぶの楽しかった?」
「うん、とても。魔法も少し使えたよ」
「すごいね! 最初から使えるなんて。才能があるのかも」
嬉しそうなリーナの表情に、心が温かくなる。
彼女はティアと対立しつつも、私には変わらぬ優しさを見せてくれる。
「リーナ、ティアのことだけど……」
言いかけると、リーナは少し表情を曇らせた。
「ごめんね、あんな風に言って。ティアさんが大切な存在だってわかってるの。ただ……」
「感情がないことが怖いの?」
リーナは小さく頷いた。
「うん……どう考えているかわからないから。でも、努力するよ。ミラちゃんのためにも」
彼女の優しさに感謝しつつも、ティアとリーナの間の溝を埋める方法を考えなければと思った。
二人とも私にとって大切な存在なのだから。
就寝時間が近づき、ティアは省エネモードに入った。
部屋の隅で静かに立っている彼女の姿に、少し寂しさを感じる。
リーナは私のベッドに腰掛け、おやすみのキスをしてくれた。
「明日も楽しい一日になるといいね」
「うん、おやすみ」
ベッドに横になり、この一日を振り返る。
新しい世界での生活は始まったばかり。
困難も多いけれど、希望も見えてきた。
窓から見える月明かりと、部屋の隅に立つティアのシルエット。
そして、隣の部屋で眠るリーナの存在。
まるで新しい家族のような安心感。
目を閉じると、今日遊んだ子供たちの笑顔、村の風景、魔法の感覚が思い出される。
明日はどんな発見があるだろう。
そんな期待を胸に、私は眠りについた。