第5話:「リーナの優しさ」
そうして、村長との会話を終え、私たちはリーナと共に外に出た。
村の通りには、さきほどよりも多くの人々が集まっていた。
好奇心いっぱいの視線が、再び私たちに向けられる。
「村長さんがOKってことは、危険はないって判断したってことだね」
「でも、アレは何なの? 人形? でも動くなんて……」
村人たちの声が耳に入ってくる。
ティアは無表情のまま、そんな声に一切反応せずに立っている。
リーナは前に進み出て、村人たちに向かって言った。
「ティアさんとミラちゃんは、しばらく私の家に泊まることになったから。村長さんも認めてくれたの」
その言葉に、村人たちの中から小さな少女が飛び出してきた。
私と同じくらいの年齢に見える。
金色の髪をした、愛らしい顔の子だ。
「わあ! 新しい子だ!」
少女は遠慮なく私に近づいてくる。
その無邪気さに、思わず後ずさりしてしまった。
「エルもいい加減にしなさい。怖がらせちゃダメでしょ」
エルと呼ばれた少女の母親らしき女性が声をかける。
「でも、新しい友達だよ!」
エルは全く怯まず、明るい笑顔で私に手を差し伸べた。
「私はエル! あなたは?」
「み、ミラ……」
思わず詰まった声で応えると、エルはパッと明るい笑顔を見せた。
「ミラちゃん! 一緒に遊ぼうよ!」
その無邪気さに、どう対応していいか分からない。
意識は17歳なのに、この体では何となく気恥ずかしい。
「えっと……」
「エル、今日はやめておきなさい。ミラちゃんは疲れてるし、怪我もしてるんだから」
リーナが助け舟を出してくれた。
「えー、そうなの?」
エルは少し残念そうな顔をしたが、
「わかった! また明日ね!」
そう言って、母親の元に戻って行った。
ほっと胸をなでおろす私に、リーナは微笑みかけた。
「人見知り?」
「いや……そういうわけじゃないんだけど……」
どう説明すればいいのだろう。
子供として接せられることに、まだ慣れていないだけなのだが。
「大丈夫だよ。エルは元気いっぱいだけど、いい子だから」
リーナの優しい言葉に、小さく頷いた。
村人たちの好奇の目を受けながら、私たちはリーナの家へと向かった。
村の東側、小さな果樹園に囲まれた一軒家だ。
木造の質素な作りだが、窓辺に飾られた花や、きれいに手入れされた庭を見れば、住んでいる人の人柄が伝わってくる。
「ここが私の家。大きくはないけど、二人なら十分かな」
リーナは扉を開けて、私たちを中に招き入れた。
中に入ると、素朴ながらも清潔感のある部屋が広がっていた。
一階は居間と台所が一体となった空間で、木製の家具が並んでいる。
壁には乾燥させた薬草が吊るされ、ふわりと優しい香りが漂う。
「こっちが寝室。上の階にももう一部屋あるから、そこを使ってね」
リーナは階段を指さした。
「ありがとう。本当に親切にしてくれて……」
思わず丁寧な口調になってしまう。
リーナはクスッと笑った。
「堅苦しいなぁ。もっとリラックスしていいのに」
その言葉に、少し肩の力が抜けた。
「じゃあ、お茶でも入れようか。それとも先に傷の手当てをする?」
「あ、傷は……」
腕を見ると、リーナの魔法のおかげで、かなり良くなっていた。
まだ少し痛みはあるが、緊急の手当ては必要なさそうだ。
「お茶、飲みたいな」
素直な気持ちを伝えると、リーナは嬉しそうに頷いた。
「座っててね。すぐ入れるから」
リーナは台所に向かい、器用に薬草らしきものを取り出して、お湯を沸かし始めた。
ティアは無言で部屋を観察している。
何をスキャンしているのか、データを収集しているのだろう。
「あの、リーナさん……一人暮らしなの?」
気になっていたことを尋ねると、リーナの手が一瞬止まった。
「うん……両親は3年前に魔獣の襲撃で亡くなったんだ」
重い言葉に、申し訳なさを感じた。
「ごめん……聞かなければ良かった」
リーナは振り返り、優しく微笑んだ。
「ううん、いいんだよ。もう乗り越えたことだから」
彼女の強さに驚く。
15歳で一人になり、それでも前を向いて生きている。
「薬師見習いをしてるの。村長さんが師匠なんだ。だから、この家も使わせてもらってるってわけ」
ハーブティーの香りが、部屋に広がってきた。
リーナはカップに熱い飲み物を注ぎ、私に手渡した。
「これ、疲れを取ってくれるハーブティーだよ。少し苦いけど、効くから」
恐る恐る一口飲むと、確かに苦みはあるが、後から不思議な甘さが広がる味だった。
体が芯から温まっていくような感覚。
「おいしい……」
素直な感想に、リーナは嬉しそうに微笑んだ。
「よかった。ティアさんは……飲み物は必要ない?」
「不要です。私は飲食機能を持ちません」
リーナはティアの冷たい応答に、少し戸惑った様子を見せたが、すぐに表情を取り繕った。
「そっか。でも、座ってリラックスすることはできるでしょ?」
その言葉に、ティアは一瞬考えるような仕草をした後、椅子に腰掛けた。
リーナは自分のカップを手に取り、私の隣に座った。
「それで、ミラちゃんはどうして……その……大人みたいな言葉を知ってるの?」
ああ、やはり気になっていたのだろう。
正直に話すべきか、それとも隠すべきか。
ティアを見ると、彼女は無表情のまま私を見ていた。
この状況での最適解を計算しているのかもしれない。
「実は……私、本当は17歳なんだ」
思い切って告白すると、リーナは驚いた表情を見せた。
「え? でも……」
「説明します」
ティアが口を開いた。
「ミラの意識は17歳の少年のものです。旧世界の記憶を保持したまま、この体に再構成されました」
リーナは唖然とした表情で、私とティアを交互に見た。
「それって……本当? 17歳の男の子が……この子供の女の子の体に?」
頷く私を見て、リーナはさらに驚いた様子だった。
「信じられないような話だけど……でも、確かにミラちゃんの話し方は子供らしくない」
リーナは少し考え込んだ後、私の目をじっと見た。
「だから村長さんも……『眠れる者』って言ってたのね」
「そう……私は旧世界の人間なんだ。でも、この体になって、感情のコントロールが難しくて……」
その言葉に、リーナの表情が和らいだ。
「そうか……だから時々すごく子供っぽくなったり、急に大人びたりするのね」
彼女は私の手を優しく握った。
「大変だね……でも、安心して。ここにいる間は私が守るから」
その言葉に、胸がぎゅっと締め付けられるような感覚。
突然、涙がこみ上げてきた。
「う……ありがとう……」
声が震える。
ティアが言った通り、幼い体は感情の制御が難しい。
特に優しさに触れると、すぐに泣きそうになる。
リーナは私の頭をそっと撫でた。
その温かな手の感触に、さらに感情が溢れそうになる。
「大丈夫だよ……ゆっくり休んで」
その日の夕方、リーナは村の人々に私たちのことを説明するために出かけた。
ティアは部屋の隅で「省エネルギーモード」に入り、静かに佇んでいる。
私はリーナが用意してくれた新しい服――村の子供のお古らしい質素なワンピースに着替え、窓の外を眺めていた。
村は夕暮れ時を迎え、オレンジ色の光に包まれている。
畑から帰ってくる農民たち、井戸に水を汲みに行く女性たち、広場で遊ぶ子供たち。
すべてが穏やかで、のどかな光景。
こんな平和な日常が、私にも訪れるなんて思ってもみなかった。
つい昨日までは地下施設で目覚め、旧世界の消滅を知り、見知らぬ森を彷徨っていたというのに。
「不思議だな……」
つぶやいた言葉が、静かな部屋に響く。
日が落ち、リーナが戻ってきた頃には、私はすっかり疲れて眠気と戦っていた。
「ただいま。みんな、話を聞いて納得してくれたよ」
リーナは少し疲れた様子だったが、優しく微笑んでいた。
「ありがとう……」
「大丈夫。村の人たちは優しいから、すぐにミラちゃんのことも好きになるよ」
リーナは台所で夕食の準備を始めた。
シンプルな野菜スープと、焼いたパンのような食事だったが、空腹の私には最高の御馳走に感じられた。
「おいしい……」
素直な感想に、リーナは嬉しそうに笑った。
「よかった。もっとあるから、たくさん食べてね」
ティアも省エネモードから復帰し、傍らで見守っている。
彼女は食事をしないので、ただじっと立っているだけだが、その存在が妙に安心感を与えてくれる。
食事を終え、リーナが用意してくれた小さなベッドに横になる。
上の階の小部屋は、かつてリーナの両親が物置として使っていた場所を、急いで寝室に改造したものらしい。
質素だが清潔なベッドと、小さな窓がある。
「ティア、君はどうするの?」
「壁際で省エネモードに入ります。警戒モードを維持したまま」
相変わらず機械的な応答だが、ティアなりの気遣いなのだろう。
「おやすみ……」
ベッドに潜り込むと、思ったより疲れていたのか、すぐに眠気が襲ってきた。
でも、完全に眠りに落ちる前に、部屋のドアがそっと開く音が聞こえた。
「ミラちゃん、寝た?」
リーナの小さな声。
「まだ……」
薄目を開けると、彼女が部屋に入ってきた。
「大丈夫? 怖くない?」
その優しい問いかけに、心が温かくなる。
「ちょっと……不思議な感じ」
正直な気持ちを伝えると、リーナはベッドの端に腰掛けた。
「そうだよね。急に見知らぬ村に来て、知らない家で寝るんだもん」
彼女の手が、そっと私の頭を撫でる。
その温かい感触に、突然寂しさが押し寄せてきた。
両親のことや、失われた世界のことを思い出してしまう。
「リーナ……ありがとう」
思わず伝えると、彼女は優しく微笑んだ。
「何が?」
「親切にしてくれて……受け入れてくれて……」
声が震えた。
リーナは何も言わず、そっと私を抱き上げ、抱きしめてくれた。
その温もりに包まれて、抑えていた感情がどっと溢れ出す。
「うっ……ひっく……」
子供らしい泣き声を出す自分が恥ずかしかったが、止められなかった。
リーナは何も言わず、ただ優しく背中をさすってくれている。
彼女の体温、鼓動、匂い――すべてが安心感を与えてくれた。
「大丈夫だよ……もう一人じゃないから」
その言葉に、さらに涙が溢れる。
私は無意識のうちに、リーナにしがみついていた。
小さな腕で、精一杯抱きついて。
静かに見守っていたティアが、何か言いかけたように見えたが、言葉を飲み込んだ。
私とリーナの時間を邪魔しないようにしているのかもしれない。
しばらくそのまま抱きしめられていると、不思議と心が落ち着いてきた。
泣き疲れたのか、それともリーナの温もりのおかげか。
「少し、一緒にいようか? 寝付くまで」
リーナの優しい申し出に、小さく頷いた。
彼女は私の隣に横になり、そっと腕を回してくれた。
安心感に包まれ、次第に瞼が重くなっていく。
「ミラちゃん、これからはここが新しい家だからね……」
リーナの囁きが、遠くなっていく意識の中に響いた。
最後に見たのは、窓から差し込む月明かりに照らされたティアのシルエット。
そして、私を優しく抱きしめるリーナの温もり。
新しい家。
新しい家族。
そんな幸せな思いを抱きながら、私は深い眠りに落ちていった。