第4話:「村の反応」
ティアの腕の中から見える景色が少しずつ変わっていく。
深い森を抜けると、小さな丘の上に広がる村が見えてきた。
「あれがグリーンヒル村だよ」
リーナが誇らしげに指さした先には、二十軒ほどの家々が点在している。
茅葺き屋根の小さな家々は、まるでおとぎ話の挿絵から抜け出してきたような素朴な佇まい。
家々の周りには畑が広がり、ところどころに水車や井戸が見える。
村の中央には大きな広場と、これまた小さな石造りの塔のような建物がある。
「のどかな村だね」
思わず声に出していた。
本当に別世界に来たんだな、と実感する風景。
「うん、平和な村なんだ。魔獣の被害も比較的少ないし」
リーナの声には明らかな愛着が感じられる。
こんな風に自分の故郷を誇りに思えるって、いいことだな。
私は……元の自分の街のことなんて、あまり考えたこともなかった。
丘を下って村に近づくにつれ、畑で働いていた人々がこちらに気づき始める。
特に目立つのは、やはりティアだ。
白いローブを着た彼女の姿は、どこか異質で神秘的に見える。
村人たちは手を止め、不思議そうな、あるいは警戒するような目でこちらを見ている。
「リーナ!」
畑から中年の男性が駆け寄ってきた。
日焼けした顔と、たくましい体つき。
農作業で鍛えられた体だろう。
「モートおじさん、おはよう」
リーナは自然な笑顔で応える。
「どこ行ってたんだ? 危ないぞ、今朝も魔獣の足跡が見つかったばかりなのに」
「薬草を集めてたの。で、この子たちを見つけたんだ」
男性――モートと呼ばれた人は、ティアと私を交互に見た。
特にティアを見る目は疑念に満ちていた。
「お前は……何者だ?」
ティアは静かに応えた。
「私はティア。この子の保護者です」
その言葉に、モートは眉をひそめた。
「保護者……? 人間じゃないな?」
鋭い。
やはり、ティアの無機質な美しさは普通の人間には見えないらしい。
「肯定。旧世界の技術品です」
ティアの正直な応答に、モートの表情が硬くなる。
村人たちが少しずつ集まってきて、小さな輪ができていた。
「旧世界の……?」
「遺物ってこと? 生きてるの?」
「危険じゃないの?」
村人たちの間でざわめきが広がる。
中には子供たちもいて、彼らは恐れるというより好奇心いっぱいの目でティアを見ていた。
緊迫した空気の中、私はティアの腕からそっと身を乗り出した。
「ティアは危険じゃないよ。むしろ私を守ってくれるの」
大人びた表現が出てしまったことに、後から気づいた。
村人たちの目が、今度は私に向けられる。
「この子……」
「かわいいね!」
「でも話し方が……」
子供らしくない話し方をしたことで、村人たちの注目を集めてしまった。
恥ずかしさで頬が熱くなる。
ティアに顔を埋めたくなる衝動と戦いながら、なんとか視線を保つ。
「みんな、落ち着いて」
リーナが一歩前に出た。
彼女の声には不思議な落ち着きがある。
「ティアとミラはここ数日森の中で過ごしてた。ミラは怪我してたし、二人とも食べ物も見つけられなかったんだよ。とりあえず村長さんに会わせるから、それまで大騒ぎしないで」
リーナの言葉に、村人たちのざわめきはやや収まった。
ただ、視線はまだ私たちから離れない。
「じゃあ、村長さんのところに行こうか」
リーナの促しに、ティアは再び歩き始めた。
村の中を進んでいくと、至るところから視線を感じる。
窓から顔を出したり、作業の手を止めたりして、村人たちが私たちを見つめている。
石造りの塔……というほど大きくはないが、村の中では目立つ建物に到着した。
扉を叩くと、中から「入りなさい」という声が聞こえた。
中に入ると、本棚がいくつか並び、机と椅子が置かれた質素な部屋だった。
机に向かっていたのは、白髪混じりの髪を長く伸ばした老人。
穏やかな表情の中に、知性の光を宿した目が印象的だ。
「おやリーナか。それに……見慣れない客人だね」
老人はゆっくりと立ち上がり、私たちに近づいてきた。
ティアと私を交互に見つめる目は、先ほどの村人たちとは違う。
警戒より好奇心が強いように見える。
「村長さん、森で出会ったの。この子はミラ、そして……」
「ふむ、そしてこちらは人間ではないな」
老人――村長は静かにティアを見つめた。
「正確な観察です。私はティア。旧世界のAIアンドロイドです」
その言葉に、村長の目が少し大きく開いた。
「AIアンドロイド……旧世界の知性機械か。珍しいものを見た」
驚くほど冷静な反応。
この老人は見識が深いようだ。
「座りなさい。話を聞こう」
村長の促しで、リーナは椅子に座った。
ティアは私を抱いたまま立ち続けている。
「まずは子供を下ろしてあげなさい。腕が疲れるでしょう?」
「疲労はありません。しかし……」
ティアは私を見た。
確かに、ずっと抱かれていると落ち着かない。
小さく頷くと、ティアは慎重に私を床に降ろした。
「それで、どこから来たのかな?」
村長の質問に、どう答えるべきか迷う。
ティアが応えた。
「南方の地下施設から来ました。ミラは旧世界の実験体として保存されていました」
率直すぎる回答に、思わずぎょっとする。
しかし、隠し事をするよりは正直に話したほうがいいのかもしれない。
「旧世界の……実験体?」
村長の視線が私に向けられた。
その目には驚きと……同情のようなものが見える。
「遺跡探検者から聞いたことがある。『眠れる者たち』の話を……」
村長は立ち上がると、本棚から一冊の本を取り出した。
かなり古そうな革表紙の本だ。
「旧世界が滅びる直前、一部の人々は地下に隠れ、未来に向けて『眠り』についたという言い伝えがある。それが本当だったとはな……」
村長は私をじっと見つめた。
「不思議だ。なぜ子供の姿で……?」
この質問には私も答えたかった。
ティアの説明は理解しているつもりだが、まだ納得できていない部分も多い。
「再生技術の限界です。成人体を再構成するリソースがなく、最小限の体で意識を再生しました」
村長は「ふむ」と唸り、何かを考えるように目を細めた。
「それで、これからどうするつもりだね?」
その質問に、言葉につまる。
正直、これからのことなんて何も決まっていない。
ただ生きること、この世界になじむこと以外に、目標らしい目標もない。
「当面の目標は安全な居住地の確保と、新世界への適応です」
ティアの言葉に、村長は小さく頷いた。
「なるほど。つまり、落ち着く場所を探しているというわけだ」
「はい……」
小さく応える私に、村長は優しい目を向けた。
「子供一人と……特殊な保護者では、旅は危険だろう。もしよければ、しばらくこの村に滞在してはどうかね?」
その言葉に、希望が湧いてきた。
でも同時に、迷惑をかけるのではという不安も。
「いいの……? 私たちみたいな知らない人を……」
村長は優しく微笑んだ。
「グリーンヒル村は小さいが、困っている者を見捨てない。それが我々の誇りだ。特に子供はな」
その言葉に、胸が熱くなった。
ここで安全に過ごせるなら、何より有り難い。
「ありがとうございます!」
思わず深々と頭を下げると、村長が優しく笑った。
「そんなに堅苦しくなくていいよ。それより……」
村長はリーナの方を向いた。
「リーナ、この子たちを預かってくれないか? あなたの小屋なら空き部屋もあるだろう」
「え? 私が?」
リーナは少し驚いた様子だったが、すぐに「わかった」と頷いた。
「ミラとは気が合いそうだし、ティアさんも……まあ、大丈夫かな」
リーナは私に微笑みかけた。
その笑顔に、なぜか安心感が広がる。
「では決まりだ。村の者たちには私から説明しておこう。リーナ、この子たちを連れて行ってあげなさい」
「うん、わかった」