第18話:「彼の隠れ家」
彼が開いた通路は狭く、一人がやっと通れるほどだった。
先に進むレンの背中を見ながら、私は小声でティアに尋ねた。
「信用できる?」
「現時点では判断保留です。有用な協力者の可能性がある一方、目的が不明確です」
ティアの分析は的確だ。
レンの知識と技術は私たちの役に立つだろう。
しかし、彼が何を求めているのかはまだ分からない。
通路を抜けると、そこは予想外に広い空間だった。
古代のコンピュータ端末が並ぶ部屋で、中央には丸いテーブルのような装置がある。
部屋の隅には寝袋や食料、様々な道具が置かれていた。
「ここが君の……拠点?」
リーナが周囲を見回しながら尋ねた。
「ああ、もう一週間くらいここで調査してる」
レンは満足そうに答えた。
ティアは無言で部屋を観察している。
彼女の首筋の青い線は相変わらず弱々しく光っていた。
「座って。食料も水もある。休んでいいよ」
レンは中央のテーブル周りの椅子を指さした。
確かにここ数時間、私たちは休む間もなく逃げ回っていた。
特に幼い体の私には、その疲労が重くのしかかっている。
リーナが私を抱き上げ、椅子に座らせてくれた。
彼女も隣に座り、深いため息をついた。
「ここは協会に見つからないの?」
「ああ、この部屋は公式の設計図には載ってない。研究者たちの隠れ家だったんだろうね」
レンは水筒と何かの乾燥食料を私たちに差し出した。
リーナは警戒しながらも、それを受け取った。
「毒なんて入ってないよ」
レンは軽く笑いながら言った。
彼自身も同じものを口にして見せる。
私は空腹に負け、差し出された食料を少しずつ食べ始めた。
味は素っ気ないが、エネルギー補給には十分だ。
「で、君たちはなぜここに?」
レンが椅子に腰掛け、私たちを見つめながら尋ねた。
手元でナイフを回しているが、それは脅しというより落ち着きのなさの表れに見える。
「私の体について調べるため」
私は簡潔に答えた。
全てを明かす必要はないが、ある程度の情報共有は信頼関係の構築に必要だろう。
「君の体?」
レンは不思議そうに私を見た。
「私は旧世界の人間。この体に再構成されたの」
その言葉に、レンの目が驚きで見開かれた。
「まさか……『眠れる者』?」
彼は思わず立ち上がり、私に近づいてきた。
ティアが瞬時に私の前に立ちはだかる。
「すまない……興奮しすぎた」
レンは再び下がり、興奮を抑えようと深呼吸をした。
「『眠れる者』の伝説は聞いたことがある。旧世界滅亡時に眠りについた人々……まさか本当だったとは」
彼の目には純粋な好奇心と学者のような探究心が宿っていた。
「だから図書館の中心部を目指していたのか。そこには人体再構成に関する情報があるはずだ」
鋭い。
彼は少ない情報から正確に私たちの目的を推測した。
「正確には『古代図書館』の中心部ね。そこに行く方法を知ってる?」
リーナが尋ねた。
「ああ、知ってるとも」
レンは自信たっぷりに答え、中央のテーブルに手をかざした。
テーブルの表面が突然光り、三次元の地図が浮かび上がった。
「おお……」
リーナが感嘆の声を上げる。
それは図書館全体の立体地図で、複雑な通路や部屋が鮮明に表示されていた。
「ここが私たちの現在地」
レンは光る点を指さした。
「そして、ここが中心部……『メインアーカイブ』と呼ばれる場所だ」
彼が示したのは、図書館の最深部にある円形の大きな部屋だった。
私たちの位置からは、少なくとも数キロの距離がある。
「直接行くのは難しい。協会の連中が主要通路を固めているからね」
彼は地図上の別のルートを指でなぞった。
「だが、保守用エレベーターを使えば、地下レベルから接近できる」
エレベーター?
それが使えるなら、確かに便利だ。
しかし……。
「200年以上経った今も動くの?」
私の疑問に、レンは自信満々に頷いた。
「この図書館は非常時用の独立電源システムを持っている。限られた機能だけど、基幹システムは今も生きてる」
その言葉にティアが反応した。
「それは重要な情報です。私のシステム診断と充電も可能かもしれません」
レンはティアを興味深そうに見つめた。
「エネルギー切れかい? それなら……」
彼はポケットから小さな青い結晶を取り出した。
それは魔素結晶よりも洗練された形をしていて、内部から均一な光を放っている。
「これは旧世界のエネルギーセルを模したもの。協会の目が届かない場所で自作してる」
彼はそれをティアに差し出した。
「使ってみて。君のシステムと互換性があるといいけど」
ティアは慎重にそれを受け取り、分析するように見つめた。
「成分分析……純度98.4%の魔素結晶。変換効率は通常の結晶の約3倍と推測されます」
彼女は首元のアクセスポートを開き、結晶を挿入した。
彼女の首と手首の青い線が、徐々に明るさを増していく。
「エネルギー残量上昇中……40%……50%……安定しました」
ティアの声には、わずかな安堵の色が感じられた。
「ありがとう」
私はレンに感謝の言葉を伝えた。
彼はただ微笑み、手を振った。
「気にしないで。僕にとっても、君たちとの出会いは貴重だから」
彼は再び地図に目を向けた。
「さて、問題は協会の連中だ。彼らも中心部を目指している可能性が高い」
「何を探してるんだろう」
リーナが不安そうに言った。
「おそらく同じものさ」
レンは静かに答えた。
「旧世界の知識。特に人体再構成や魔素との関係性についての情報。それは現代の魔法理論を覆しかねない」
彼の言葉に、私は思わず身を乗り出した。
「魔素との関係性?」
「ああ。実は旧世界の科学者たちは、世界の崩壊直前に『魔素』の前身となるエネルギーを発見していたという記録がある」
レンの目が熱を帯びる。
「つまり、魔法と科学は別物ではなく、連続したものなんだ。その境界線上の研究こそが、この図書館に眠っている」
これは重要な情報だ。
もし本当なら、私の異常な魔素適合度と、旧世界からの転生には何らかの関連があるかもしれない。
「いつ中心部に行く?」
「明日の朝がいい」
レンは地図を消すと、立ち上がった。
「今夜は協会の連中も休むだろう。その間に準備をして、明け方に動く。彼らが最も警戒が緩む時間帯だ」
確かにその作戦は理にかなっている。
今はまず休息が必要だ。
特に幼い私の体は、長時間の緊張と活動で限界に近づいていた。
「休んで。交代で見張りをするよ」
レンは自分の荷物から毛布を取り出し、私たちに差し出した。
リーナは感謝の言葉を述べ、それを受け取った。
「最初は私が見張ります」
ティアが言った。
エネルギーが回復したことで、彼女の動きもスムーズになっていた。
「了解、二時間後に交代しよう」
レンは軽く頷き、部屋の隅に腰を下ろした。
彼はポケットから小さな装置を取り出し、何かを操作し始めた。
リーナが毛布を広げ、私を優しく包み込んでくれる。
安心感と疲労で、すぐにも眠りに落ちそうだった。
しかし、眠る前に、私はレンの行動をもう一度観察した。
彼は親切で知識豊富だ。
協力者として頼りになりそうだ。
だが……何かが引っかかる。
彼がティアに見せる過剰な興味。
そして、あの装置の扱いの熟練度。
一般的な遺跡探索者がそこまで旧世界の技術に精通しているだろうか。
彼は本当に単なる探索者なのか。
それとも、別の目的があるのか。
その疑問を抱えたまま、私は静かに目を閉じた。
明日は重要な日になる。
中心部で待っている情報が、私の体の謎を解く鍵になるかもしれない。
そして、レンという男の正体も、おそらく明らかになるだろう。
眠りに落ちる直前、私はティアを見上げた。
彼女は無表情のまま部屋を見回し、私たちの安全を見守っている。
彼女の存在が、この未知の状況での唯一の安心材料だった。
「おやすみ……」
小さく呟きながら、私は深い眠りへと落ちていった。




