第16話:「終わらない追跡」
「魔術師協会の制服を確認。6名の追跡者です」
魔術師協会……。
ここまで追ってきたのか。
それとも、別の目的でここにいるのか。
「隠れる場所はない?」
リーナが周囲を見回したが、この通路には隠れるような場所はなかった。
「ミラ、指示を」
ティアが静かに私に言った。
彼女は私の判断を求めている。
幼い体でも、思考は高校生のままだ。
冷静に状況を分析する。
「戦うか逃げるか……」
選択肢は限られている。
後退するには来た道を引き返すことになる。
しかし、それでは図書館にたどり着けない。
かといって、魔術師協会の追跡者6名と正面から戦うのはリスクが高すぎる。
「通路の構造は? 分岐点はある?」
「50メートル先に技術室があります。そこから別の通路に分岐できます」
それならチャンスがある。
「リーナ、魔法で視界を遮ることはできる?」
「グリーンミストなら、でも……通路全体を埋めるのは難しいかも」
「部分的でいい。敵の前だけ、濃い霧で見えなくするの」
「わかった、やってみる」
リーナが両手を前に出し、緑色の光を集中させ始めた。
「ティア、私を抱えて、最大速度で技術室まで走って。リーナは私たちの後ろを走って」
「了解」
ティアが私を抱き上げた。
彼女のエネルギー残量は少ないが、短距離なら全力で動けるはずだ。
「リーナ、合図したら霧を出して」
追跡者たちが近づいてくる。
彼らの姿がはっきりと見えてきた。
青いローブを着た魔術師たちで、先頭にはセバスチャンの姿はなかった。
おそらく下級の調査官か追跡専門の魔術師だろう。
「今だ!」
私の合図でリーナが魔法を放った。
緑色の濃霧が通路を埋め尽くし、追跡者たちの前で壁のように広がった。
「そこだ! 止まれ!」
男性の声が霧の向こうから聞こえた。
同時に、ティアが全速力で走り出した。
リーナも私たちの後を必死で追いかけてくる。
霧の効果はすぐに打ち消されるだろう。
魔術師は対抗魔法を持っているはずだ。
数秒の猶予を最大限に活用しなければならない。
「技術室まであと20メートル」
ティアの報告に、心臓の鼓動が早まる。
後ろから追跡者の足音が迫ってくる。
青白い光が見えた。
魔法の光だ。
「ティア、左に曲がって!」
技術室の入り口が見えた瞬間、左に曲がるように指示した。
通常、人間なら慣性で曲がりにくいが、ティアのバランス制御は完璧だった。
鋭角に曲がり、技術室へと滑り込む。
リーナも続いて入ってきた。
彼女の呼吸は荒く、顔は汗で濡れていた。
「ドアを……閉めて……」
彼女の言葉に、ティアがすぐさま反応し、重い金属ドアを閉めた。
古いロックシステムを素早く操作すると、かちりという音と共にドアがロックされた。
「一時的な防御にしかなりませんが、時間稼ぎにはなるでしょう」
ティアの言葉通り、すぐにドアの向こうから叩く音が聞こえ始めた。
魔法で破られるのも時間の問題だ。
「次はどうする?」
リーナが息を整えながら尋ねた。
技術室は思ったより広く、様々な機械や装置が並んでいた。
奥には別の扉があるのが見える。
「あの扉から別の通路に出られるの?」
「肯定。技術者用の裏通路です。しかし、状態は不明です」
選択肢は限られている。
このまま捕まるわけにはいかない。
「行きましょう」
私たちは奥の扉へと向かった。
ティアが開けようとすると、扉は固く閉ざされていた。
「通常の方法では開けられません。制御パネルが機能していません」
「どうすれば?」
「物理的な力で開ける必要があります」
ティアがそう言って、右腕のブレスレットを変形させ始めた。
刃状の武器に変わったそれで、扉の周りを切り始める。
金属が軋む音がする中、外のドアに魔法のエネルギーが集まるのを感じた。
「急いで! もうすぐ破られる!」
リーナが緊張した声で言った。
ティアの作業はまだ途中だった。
「エネルギー残量が低下しています。全力での作業が困難です」
このままでは間に合わない。
何かできることはないか。
技術室を見回すと、古い装置の中に、まだ形が残っている工具類が見えた。
「リーナ、あの棚の工具を取って! ティアに渡して!」
リーナはすぐに行動し、いくつかのレバーやハンマーを見つけた。
ティアはそれらを使って、扉のロック機構を物理的に破壊しようとする。
外のドアに青白い光が集中し、金属が溶け始める音が聞こえた。
時間がない。
「リーナ、ドアの前に何か障害物を!」
リーナは緑の魔法を使って、床から蔦のような植物を生やし始めた。
それらは急速に成長し、ドアを覆い始める。
一時的な防御だが、数秒の猶予にはなるはずだ。
「扉のロックが解除されました」
ティアの声と共に、奥の扉がようやく開いた。
その瞬間、外のドアが爆発的な音と共に吹き飛んだ。
蔦の障壁も吹き飛ばされ、追跡者たちが姿を現した。
「逃がすな!」
先頭の魔術師が青い魔法の球を放った。
それはティアの脇をかすめ、壁に激突して爆発した。
「急いで!」
私たちは裏通路へと飛び込んだ。
追跡者たちは容赦なく魔法を放ってくる。
「リーナ、霧を!」
彼女は振り返り、最後の力を振り絞るように緑の霧を放った。
濃密な霧が通路を埋め尽くし、一時的に視界を遮った。
裏通路は狭く、天井も低かった。
おそらく保守用の通路なのだろう。
ティアが私を抱えたまま前を走り、リーナが後に続く。
「この通路はどこに続いているの?」
「データベースに詳細情報がありません。しかし、方向から判断すると図書館に近づいています」
それは希望だった。
もし図書館に先に到達できれば、ティアの言うアクセス権限を使って何かできるかもしれない。
通路は何度か曲がり、上下に階段があった。
追跡者たちの足音はまだ聞こえるが、距離は開いているようだった。
「前方に扉あり。おそらく図書館の外周部です」
ティアの言葉に、期待が高まった。
しかし、追跡者たちも諦めてはいない。
魔法の光が通路に反射し、彼らが近づいていることを示していた。
扉の前に到着すると、ティアがすぐに開けようとした。
しかし、この扉も固く閉ざされていた。
「通常の方法では開けられません」
「また力ずくで?」
「否定。これは電子ロックです。私の認証が必要です」
ティアは扉の横にある小さなパネルに手を当てた。
首と手首の青い線が明るく光る。
彼女がデータを送信しているようだった。
「認証開始……」
時間がかかっている。
追跡者たちの足音がどんどん近づいてくる。
「急いで!」
私の声に、ティアはさらに集中した様子で認証を続けた。
「認証……完了」
扉がゆっくりと開き始めた。
しかし同時に、追跡者たちが通路の曲がり角から姿を現した。
「そこだ!」
先頭の魔術師が魔法の光を構えている。
扉はまだ完全には開いていない。
「リーナ、反撃して!」
私の指示に、リーナは緑の魔法を放った。
今度は霧ではなく、蔦のような植物が通路の床から生え、追跡者たちの足に絡みつく。
「ぐっ!」
先頭の魔術師が転倒し、後続に衝突した。
彼らが態勢を立て直す間に、扉は完全に開いた。
「行くぞ!」
三人で素早く扉をくぐり、向こう側へ。
ティアが中からロックシステムを操作し、扉を閉じた。
「これで安全ですか?」
リーナが息を切らして尋ねた。
「一時的には。しかし、彼らも別の入口を探すでしょう」
周囲を見回すと、そこは広い空間だった。
壁には旧世界の技術を思わせる端末やスクリーンが並んでいる。
そして中央には、巨大なデータストレージシステムのようなものが鎮座していた。
「ここが……」
「中央電子図書館の外周部です。中心部にはさらに重要なデータが保管されています」
ティアの説明に、リーナが感嘆の声を上げた。
「すごい……これが旧世界の知恵の宝庫……」
私も圧倒された。
かつて人類が築き上げた知識の集積所。
ここに来たのは正解だったのかもしれない。
「ミラ、指示は?」
ティアの問いに、少し考えてから答えた。
「まず、追跡者から身を隠せる場所を見つけて。それから図書館の中心部を目指しましょう」
「了解しました」
この戦いはまだ終わっていない。
しかし、初めての本格的な戦闘で、私たちは連携して切り抜けることができた。
特に、私の指示とリーナの魔法、ティアの能力が見事に噛み合った。
幼い体でありながら、私の作戦立案と指揮能力は、元の世界での経験を活かせているようだった。
この能力は、これからも私たちの生存に欠かせないものになるだろう。
「行きましょう」
私たちは図書館の内部へと足を踏み入れた。
ここには、私の体の謎を解く鍵があるのかもしれない。
そして、リーナの魔法の真実も、ティアの修復方法も……。
あらゆる答えを求めて、私たちの探索は続く。




