第13話:「追われる身」
次の数時間は準備に充てられた。
リーナは必要な荷物—食料、衣類、薬草、そして隠し持っていた魔素結晶を集めた。
ティアは村の地図をもとに脱出ルートを計算し、私は村長から最後の魔法の指導を受けた。
「右手の紫色の印は、魔素を集める媒体だ。集中して、魔素を引き寄せるイメージをするんだ」
村長の指示に従って練習すると、手のひらから紫色の光が漏れ出した。
昨夜よりも強く、安定している。
「魔素適合度の高さは、君の大きな武器になるだろう。ただし、魔法の暴走には気をつけるように」
貴重なアドバイスに感謝しながら、心の準備を整える。
午後になり、村長が外から戻ってきた。
彼の表情には焦りが見えた。
「協会からの使者が村に向かっているとの知らせがあった。おそらく2時間以内に到着する」
状況は急を要している。
脱出するなら今しかない。
「計画を実行します」
ティアの言葉に全員が頷いた。
村長の指示で、村人たちが次々と動き始めた。
まず、東側では偽の騒ぎが起こされた。
数人の若者が「魔獣が戻ってきた!」と叫びながら走り回る。
監視員たちが東に集まり始めるのを確認すると、次の段階に移った。
私たちは村長の家の裏口から出て、村人たちが作った人の輪の中を通り抜けた。
彼らは私たちを隠すように体を寄せ、見えないように守ってくれる。
「あそこに荷車がある」
リーナが小声で言った。
村の西側には、干し草を積んだ荷車が待機していた。
モートおじさんが操縦している。
「急いで」
人目を避けながら荷車に近づき、干し草の中に隠れる。
ティアはマントで体を覆い、青い線が見えないようにしていた。
「みんな、ありがとう……」
別れの言葉を村長に伝えると、彼は優しく微笑んだ。
「また会おう、ミラ、ティア、そしてリーナ。いつか平和になったら、必ず村に戻っておいで」
「はい……」
涙をこらえながら答えると、モートおじさんが荷車を動かし始めた。
ゆっくりと村の出口に向かう。
監視員は東側の騒ぎに気を取られているようで、西側の出口は比較的空いていた。
「止まれ」
突然の声に、心臓が止まりそうになった。
セバスチャンだ。
彼は荷車の前に立ち、モートおじさんを見上げていた。
「どこへ行く?」
「畑の肥料を運びに行くだけさ」
モートおじさんは動じることなく答えた。
手に汗握る瞬間。
セバスチャンが荷車の周りを回り、干し草を見つめる。
彼の目がちらりと私たちのいる方向に向けられたような気がした。
一瞬の沈黙の後、セバスチャンは小さく頷いた。
「わかった。気をつけろよ」
彼は道を開け、荷車は再び動き始めた。
彼は気づいていたのか?それとも……?
考えている余裕はなかった。
村を出てしばらく進むと、モートおじさんは荷車を止めた。
「ここまでにしとくよ。あとは森の中を通っていくといい」
私たちは干し草の中から出て、お礼を言った。
モートおじさんは笑顔で頷くと、「気をつけて」という言葉を残して荷車を村へと戻していった。
「さあ、行きましょう」
リーナの言葉に従い、私たちは森の中へと足を踏み入れた。
今回は前回と違うルート—村の西側の山道を通って、リーナの叔父が住む村を目指す。
しばらく歩いた頃、後ろから馬の蹄の音が聞こえてきた。
「隠れて!」
リーナの指示で、私たちは急いで茂みに身を隠した。
道を見ると、数人の騎士が馬に乗って急いでいる姿が見えた。
彼らの服装から、魔術師協会の者だとわかる。
「協会の使者か……」
ティアが小声で言った。
騎士たちが通り過ぎるのを待ち、再び歩き始める。
「何だか不思議な気分……」
一歩一歩進みながら呟いた。
「どういうこと?」
リーナが尋ねてきた。
「つい数日前も、同じように村から逃げ出したばかりなのに。でも状況は全然違う」
前回は魔術師協会から逃げるための計画的な脱出。
今回は緊急の逃避行。
けれども、一緒にいるのは同じティアとリーナ。
二人がいてくれるという安心感は、不安な状況でも大きな支えになる。
「何だか私たち、運命共同体みたいになってるよね」
リーナが笑いながら言った。
その笑顔に、心が少し軽くなる。
「肯定します。私たち三人の生存確率は、共に行動することで5.3%上昇します」
ティアの機械的な分析に、思わず吹き出してしまった。
彼女なりの「仲間意識」の表現なのだろう。
山道は徐々に険しくなっていった。
木々が生い茂り、道はほとんど見えなくなっている。
幼い体では長距離の歩行はつらく、足が痛み始めていた。
「少し休みましょう」
リーナの提案に、安堵の息をついた。
大きな木の根元に腰掛け、リーナが用意してくれた水を飲む。
冷たくて甘い水が、乾いた喉を潤してくれた。
「リーナの叔父さんの村まで、あとどれくらい?」
「このまま進めば、夕方には着くはず。でも……」
彼女は少し心配そうに空を見上げた。
雲が増えていて、風も強くなってきている。
「雨になりそうね」
「悪天候は移動を困難にします。また、ティアのシステムにも影響があります」
確かに、ティアの体に雨水が入れば、ショートする危険もある。
「急いだ方がいいね」
休憩を切り上げ、再び歩き始めた。
予想通り、しばらくすると空から雨粒が落ち始めた。
最初は小雨だったが、徐々に強くなっていく。
「ティア、大丈夫?」
「基本的な防水機能はありますが、長時間の雨は望ましくありません」
リーナはマントを脱ぎ、ティアに被せた。
「これで少しはましになるでしょ」
その優しさに、ティアは静かに頭を下げた。
「ありがとうございます」
雨の中、三人で歩を進める。
視界は悪くなり、道はぬかるんで歩きづらくなっていた。
小さな私の体は、すぐに疲労の限界を迎えそうだった。
「あそこに洞窟がある!」
リーナの声に顔を上げると、山肌に小さな洞窟の入り口が見えた。
三人で急いでそこに向かい、雨宿りをすることにした。
洞窟の中は乾いていて、風も入ってこない。
ティアが周囲を確認し、「危険はありません」と告げてくれた。
「少し休んで、雨が弱まるのを待ちましょう」
リーナの提案に頷き、荷物を降ろす。
彼女は乾いた服と食料を取り出した。
「着替えて、何か食べたら元気出るよ」
彼女の献身的な世話に、感謝の気持ちで胸がいっぱいになる。
ティアはマントの水を切り、洞窟の入り口で見張りを始めた。
「ティア、エネルギーは?」
「残量29%。6時間は通常機能を維持できます」
リーナが魔素結晶を取り出し、ティアに差し出した。
「これを使って。村長さんから特別にもらったやつなの」
ティアは結晶を受け取り、体に吸収させた。
首元の青い線が少し明るくなる。
「エネルギー残量35%。ありがとうございます」
少し回復したようで安心した。
外では雨がまだ降り続いている。
しばらくここで休むしかなさそうだ。
「この魔素適合度のこと……」
ふと気になったことを口にした。
「人並み外れた数値って、どういう意味があるの?」
リーナは少し考えてから答えた。
「魔素適合度が高いほど、強力な魔法が使えるの。でも、制御が難しくなるとも言われてる。特に子供の場合は……」
彼女の言葉が途切れる。
何か言いづらいことがあるようだ。
「特に子供の場合は?」
「魔素過多症って言うんだけど、魔素が体に溢れて暴走することがあるの。だから協会は高い適合度を持つ子供を管理したがるんだと思う」
その説明に、不安が募った。
暴走?それは危険なことなのだろうか。
「私、大丈夫かな……」
リーナは優しく私の頭を撫でた。
「大丈夫だよ。ミラちゃんは強いもの。それに、私とティアさんがついてるから」
その言葉に、少し安心する。
二人がいれば、どんな困難も乗り越えられる気がした。
「注意。接近する人影あり」
突然のティアの警告に、二人は緊張した。
洞窟の入り口に目を向けると、雨の中を何かが近づいてくる。
人影……いや、複数の人影だ。
「協会の者?」
「不明です。しかし、探索パターンから推測すると、探索者であることは確実です」
見張られている—その恐怖感が襲ってくる。
ここまで追ってきたのか。
「裏口はない?」
リーナが周囲を見回すが、洞窟は奥に行くほど狭くなっていて、出口はないようだった。
「ティア、戦える?」
「エネルギー残量を考慮すると、全力での戦闘は推奨できません」
それに、相手が協会の魔術師なら、正面からの戦いは危険すぎる。
「隠れるしかないかも……」
リーナが洞窟の暗がりを指さした。
荷物をまとめ、奥に進む。
洞窟は途中で曲がっていて、入り口からは見えない場所がある。
そこに身を潜め、息を殺して待つ。
足音が近づいてくる。
複数の人間が洞窟に入ってきたようだ。
「ここも探せ。足跡があるぞ」
男性の声。
協会の騎士か?
それとも別の追跡者か?
心臓が早鐘を打つ。
小さな体は緊張で震え始め、制御できない。
リーナが優しく手を握ってくれた。
その温かさに、わずかに落ち着きを取り戻す。
「奥に行くぞ」
声が近づいてくる。
もうすぐ見つかってしまう。
ティアが身構え、リーナも魔法の準備をしている。
そして――それは、新たな試練の始まりだった。




