第12話:「襲撃後の朝」
魔獣の襲撃から一夜が明けた。
朝日が昇り始め、グリーンヒル村は復旧作業に追われていた。
私はリーナの家の前で、負傷した村人の手当てを手伝っていた。
子供の体でできることは限られているが、包帯を巻いたり、水を運んだりと、できる限りのことをしていた。
リーナは覚醒した魔法の力で多くの村人を癒やしていた。
彼女の緑の光が傷に触れると、出血が止まり、痛みが和らいでいく。
昨夜の激しい戦いで消耗したはずなのに、彼女は休む間もなく働き続けていた。
「リーナ、少し休んだら?」
心配して声をかけると、彼女は疲れた顔に笑顔を浮かべた。
「大丈夫だよ。みんなが助けてくれるから」
周囲では村人たちが協力して倒壊した家屋を修復し、散乱した荷物を片付けていた。
破壊された東側の柵も、男性たちによって急ピッチで修復されつつある。
「ミラちゃんこそ、無理しないでね」
リーナの優しい言葉に頷きながらも、ティアのことが気になった。
彼女はエネルギー残量が少なくなったため、村長の家で太陽光充電をしていた。
できるだけ早く回復してほしいが、充電効率の悪さを考えると時間がかかるだろう。
しばらく作業を続けていると、村長が急いだ様子で近づいてきた。
彼の表情には明らかな緊張感があった。
「ミラ、リーナ、少し話がある。私の家に来てくれないか?」
二人で顔を見合わせ、村長について行く。
村長の家に入ると、ティアがすでにそこにいた。
そして、セバスチャンも。
魔術師協会の調査官は窓際に立ち、私たちが入ってくると振り返った。
昨夜の戦いの後、彼は一時的に調査を中断していたが、今また鋭い視線を向けてくる。
「来たか」
彼の声には昨夜のような感謝の色はなく、冷静な調査官としての態度が戻っていた。
「座りなさい」
村長の言葉に従い、リーナと私は椅子に座った。
ティアは壁際に立ったままだ。
彼女の首元の青い線はまだ弱々しく光っている。
エネルギーはまだ十分に回復していないようだ。
「昨夜の件について、協会本部に報告したところだ」
セバスチャンが静かに語り始めた。
「大規模な魔獣の群れが一か所に集中するのは極めて異常な事態だ。何かが彼らを引き寄せた可能性が高い」
彼の視線がティアに向けられる。
「君のような旧世界の機械生命体が、何らかの磁場や周波数を発していたのではないか?」
その疑いにティアは淡々と答えた。
「否定します。私のシステムは魔獣を引き寄せる信号は発していません。むしろ、魔素の影響でシステムノイズが発生しています」
セバスチャンは小さく唸り、次に私に目を向けた。
「では、あの少女はどうだ? 昨夜の戦いで、並外れた魔法の適性を見せたが……」
彼の鋭い直感に、背筋が凍る思いがした。
昨夜、リーナとの魔法の共鳴は確かに異常なものだった。
「普通の子供です」
リーナが私を守るように言った。
「昨夜は緊急事態で、私の魔法と共鳴しただけよ。子供は魔素に対する感受性が高いって、よく知られてることでしょう?」
セバスチャンは静かに頷いたが、その目には疑念が残っていた。
「確かめさせてもらおう」
彼はポケットから小さな水晶のような装置を取り出した。
約10センチほどの透明な結晶で、中心に複雑な模様が刻まれている。
「これは魔素測定器。魔術師協会の標準装備の一つだ。対象の魔素適合度を測定できる」
セバスチャンはその装置を私に向けて掲げた。
水晶が淡く光り始め、その光が私の体を包み込む。
温かいような、くすぐったいような奇妙な感覚だ。
しばらくすると、水晶の色が変化し始めた。
青から紫、そして深い赤へと。
「これは……!」
セバスチャンの表情が一変した。
驚きと興奮が入り混じったような表情だ。
「魔素適合度……300以上? こんな数値は見たことがない……」
彼の言葉に、村長も驚いた様子で私を見つめていた。
「普通の人間の平均値は50から100程度」
村長が小声で説明してくれた。
「200を超えるのは魔術師協会の上級魔術師レベルだ……」
私の体に何か特別なものがある—その事実に、恐怖と驚きが混ざり合う。
幼い体への転生が、魔素との親和性にこれほど影響しているとは。
セバスチャンは水晶をしまうと、すぐに別の装置を取り出した。
羊皮紙のような素材に、魔法の文字が浮かび上がっている。
「本部に緊急報告する必要がある」
彼は羊皮紙に何かを書き込み始めた。
その様子に、不安が募る。
「報告……?」
リーナが心配そうに尋ねると、セバスチャンは書きながら答えた。
「このような異常値は詳細な調査が必要だ。協会本部での精密検査を……」
「そんな! ミラちゃんを連れて行くつもり?」
リーナの声には明らかな怒りと恐怖が含まれていた。
私も体が震え始めるのを感じた。
協会に連れていかれるということは、研究対象にされるということ。
もしかしたら、私の正体—旧世界からの転生体という秘密が明らかになるかもしれない。
「これは協会の規則だ。魔素適合度が250を超える個体は、安全管理のために協会の監視下に置かれる」
セバスチャンの声は冷静だが、その目には何か別の感情も混ざっている。
研究者としての興奮か。
「ミラは子供だぞ、セバスチャン」
村長が静かに言った。
「そうだとしても、規則は規則だ」
報告を終えたセバスチャンは立ち上がり、窓の外を見た。
「本部からの応答があり次第、この子を協会へ連れて行く。AIアンドロイドの方も、もちろん」
ティアとの別れ—その考えだけで胸が痛くなる。
私の手は小刻みに震え、涙が目に浮かんできた。
こんな時に、子供の体の感情反応が出てしまうのは辛い。
「できれば……協力してほしい」
セバスチャンの声には、わずかな迷いが感じられた。
彼は完全な悪人ではなく、ただ自分の職務に忠実なのだろう。
それでも、連れて行かれるのは絶対に避けたい。
「少し時間をくれないか?」
村長の要請に、セバスチャンは少し考えてから頷いた。
「応答があるまでの間だけだ。村の外れに監視員を配置させてもらう。そして……」
彼はティアを見た。
「そのAIアンドロイドのエネルギー源を一時的に預かりたい。逃亡防止のためだ」
「それは……」
リーナが反論しようとしたが、ティアが静かに前に出た。
「了承します。ただし、ミラの安全が保証されることが条件です」
「ティア……」
彼女の決断に驚く。
しかしその目を見ると、何か考えがあるようだった。
セバスチャンはティアが持っていた魔素結晶を受け取ると、小さく頷いた。
「では、連絡があるまで待機していてくれ」
そう言って彼は部屋を出て行った。
セバスチャンの足音が遠ざかるのを確認してから、村長が静かに言った。
「話し合うべきことがある」
リーナが興奮した様子で口を開いた。
「このままじゃ連れて行かれちゃう! 逃げなきゃ!」
「落ち着け、リーナ。協会に対抗するには策が必要だ」
村長の冷静な声にリーナは深呼吸し、気持ちを落ち着かせた。
「ティア、なぜエネルギー源を渡したんですか?」
私の問いに、ティアは静かに説明した。
「渡したのは一部のみです。残りは内蔵しています。また、あの結晶は魔素純度が低く、私のシステムへの充電効率は30%程度です」
なるほど。
完全に無力になるわけではないということか。
「しかし、現在のエネルギー残量は33%。戦闘モードでの活動は18分程度が限界です」
それでも厳しい状況であることには変わりない。
「協会から連絡が来る前に村を出る必要があります」
ティアの分析に、全員が同意した。
「だが、監視員がいる以上、簡単には出られないぞ」
村長の指摘は的確だ。
セバスチャンは油断なく、村の出口に見張りを配置しているだろう。
「協会の連絡はどれくらいで来るの?」
「通常、緊急報告への応答は6時間以内だ。しかし、この事態の重要性を考えると、もっと早いかもしれない」
時間がない。
早急に脱出計画を立てる必要がある。
「村長さん、村人たちは……?」
村長は窓の外を見て、小さく笑った。
「心配するな。グリーンヒル村の者たちは、魔術師協会よりも自分たちの仲間を優先する。特に、昨夜村を救った英雄たちをな」
その言葉に少し安心する。
村人たちの協力が得られるなら、脱出の可能性も高まる。




