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第10話:「夜襲」

 月明かりに照らされた森の中を、私たちは静かに歩いていた。

 グリーンヒル村を後にしてから約30分、まだ村からそう遠くない場所にいる。


 リーナが持つ小さな魔法の灯りだけを頼りに、村長から渡された地図通りの道を進む。

 地面には木の根や落ち葉が散らばり、小さな私の足では時折つまずきそうになる。


「大丈夫? 疲れてない?」


 リーナが心配そうに私を見下ろしてきた。


「うん、まだ平気……」


 そう答えたものの、幼い体はすでに疲れの兆候を見せ始めていた。

 脚の筋肉が少しずつ重くなり、呼吸も少し荒くなっている。


「私が抱えて移動します」


 ティアが前に出てきて言った。

 彼女の声は冷静だが、どこか気遣いが感じられる。


「大丈夫、もう少し自分で……」


 言いかけた瞬間、背後から異様な音が聞こえてきた。

 遠くからの叫び声と、何かが壊れる音。


 三人が同時に立ち止まり、振り返る。


「村の方から……」


 リーナの言葉に、私は耳を澄ませた。

 確かに、グリーンヒル村の方角から騒がしい音が聞こえてくる。


「何かが起きています」


 ティアの首元の青い線が明るく光り始めた。

 彼女が感知モードを強化しているのだろう。


「音響パターン分析の結果、複数の魔獣の鳴き声と人間の叫び声が検出されました」


 その言葉に、リーナの顔から血の気が引いた。


「魔獣が村を襲ってる?」


「可能性は97.8%です」


 リーナと目を合わせる。

 同じ考えが浮かんだことは明らかだった。


「戻らなきゃ!」


 二人同時に声を上げた瞬間、ティアが間に立った。


「待ってください。リスク評価が必要です。魔術師協会の調査官もいる村に戻れば、発見される可能性が……」


「それでも戻る!」


 リーナの声には迷いがなかった。

 私も同じ気持ちだ。

 たとえ自分たちが捕まる危険があっても、村の人々を見捨てるわけにはいかない。


「わかりました。ミラの判断に従います」


 ティアは迷いなく同意し、すぐに私を抱き上げた。


「最短ルートで村に戻ります。時間を節約するため、私が二人とも運びます」


 ティアがリーナまで抱えようとしたが、彼女は首を振った。


「いいの、自分で走れる。エネルギーを温存して」


 その言葉にティアは頷き、私だけを抱えて走り始めた。

 その速さは人間離れしていて、木々の間をすり抜けるように進んでいく。

 リーナも驚くほどの俊敏さで後を追ってきた。


 村に近づくにつれ、騒ぎの音が大きくなっていく。

 悲鳴、怒号、そして魔獣の唸り声が夜の闇に響き渡る。


 村の外れに到着すると、恐ろしい光景が広がっていた。

 東側の柵が破壊され、そこから様々な魔獣が村に侵入している。

 数えきれないほどの魔獣たち—青紫色の狼型、緑がかった爬虫類型、そして空を飛ぶ翼竜型まで。


「こんなに大量の魔獣が一度に……」


 リーナの声が震えている。

 村人たちは混乱の中、あちこちに散らばって逃げ惑っていた。

 数人の男性が即席の武器を手に立ち向かっているが、明らかに数で圧倒されている。


「ティア、状況分析を!」


「現在確認できる魔獣は三種類、合計約40体。北方から来たと推測されます。村の東側が最も被害が大きく、西側はまだ比較的安全です」


 ティアの分析を聞きながら、頭の中で計画を練る。

 幼い体でも、元の高校生の思考能力は健在だ。


「まずは村人を安全な場所に避難させないと」


「村の石塔なら防御力が高いはずです」


 村長の住まいである石塔は、確かに村で最も頑丈な建物だ。


「リーナ、村人たちを石塔に集めて。ティアと私は魔獣の動きを止める」


 もう一度村に目を向けると、セバスチャンの姿が見えた。

 魔術師協会の調査官は、数体の魔獣を相手に魔法を放っている。

 その魔法は見事で、青白い光線が魔獣を撃ち抜いていく。

 しかし、彼一人では全ての魔獣に対応できていない。


「わかった。気をつけて!」


 リーナは村の中心部へと走り出した。

 私はティアの腕から降りて言った。


「ティア、戦闘モードに入って」


「エネルギー残量を確認します……63%。戦闘モード可能です」


 ティアの手首と足首のブレスレットが光り始め、鋭い武器へと変形していった。

 同時に首と手首の青い線が明るく輝き、眼の中にも回路のような模様が浮かび上がる。


 私たちは村の東側へと向かった。

 魔獣たちは家々を破壊し、畑を荒らし回っている。

 村人の中には、すでに怪我をしている人も見える。


「まずはあの大型の狼型魔獣を! 一番被害を出している!」


 ティアは素早く反応し、最も大きな青紫色の狼型魔獣に襲いかかった。

 彼女の動きは流れるように美しく、無駄がない。

 鋭い刃が魔獣の肢を切り裂き、次いで首に致命傷を与える。


 しばらく見ていると、魔獣たちの動きにパターンがあることに気づいた。

 特に翼竜型の魔獣は、上空から急降下して攻撃し、また上昇するという行動を繰り返している。


「ティア! 翼竜型の魔獣を分析して!」


「分析中です……」


 ティアの眼が一瞬明るく光り、データにアクセスしている様子。


「翼竜型魔獣『スカイレイザー』。弱点は翼の付け根と腹部。視覚に優れるが、聴覚は敏感で強い音に弱い傾向があります」


 その情報を元に、近くにいた村人に指示を出す。


「金属や木を叩いて、大きな音を出して!翼竜は音に弱いわ!」


 村人たちは一瞬戸惑ったが、すぐに理解して行動し始めた。

 鍋や農具を叩き合わせ、大きな音を出す。

 すると予想通り、翼竜型の魔獣たちは混乱し、飛行が不安定になった。


「今だ、ティア!」


 ティアはその隙を突いて、低空飛行になった翼竜に飛びかかった。

 見事な跳躍力で空中に舞い上がり、腹部を切り裂く。

 魔獣は悲鳴を上げて地面に落下した。


 村の中心部を見ると、リーナが村人たちを石塔の方へと誘導している姿が見えた。

 子供たちや女性、お年寄りが続々と石塔へと避難していく。


 しかし、まだ多くの魔獣が村をうろついている。

 特に爬虫類型の魔獣は数が多く、あちこちで家や作物を食い荒らしていた。


「ティア、爬虫類型は?」


「『グリーンスケイラー』。皮膚は固く一般的な武器では通じにくいですが、頭部の突起が弱点です。また、火や強い熱に弱い特性があります」


 火……。

 魔法を使えば火を起こせるかもしれない。

 村長から少しだけ教わった魔法の知識を思い出す。


 私は右手の手のひらに集中し、魔素を呼び寄せるイメージをした。

 手のひらの紫色の模様が明るく光り始め、小さな光の球が形成される。

 先日子供たちと遊んだときよりも大きく、強い。


「火よ、現れて!」


 詠唱と共に光の球が炎に変わり、目の前の爬虫類型魔獣に向かって放った。

 炎は魔獣の頭部を直撃し、魔獣は悲鳴を上げて逃げ出した。


「やった……!」


 小さな成功に心が躍るが、まだ多くの魔獣が残っている。

 魔法の詠唱を続け、次々と炎の球を放っていく。

 しかし、幼い体では魔法を何度も使うのは負担が大きい。

 次第に息が荒くなり、頭がぼんやりしてくる。


「ミラ、無理はしないでください。エネルギー消費が激しすぎます」


 ティアの警告に頷きつつも、もう一度魔法を放とうとした瞬間、突然大きな影が上から降りてきた。

 それは今までで最大の翼竜型魔獣。

 羽を広げると5メートルはあろうかという巨体だ。


「危険です!」


 ティアが私に駆け寄るが、間に合わない。

 翼竜が鋭い爪を振り下ろしてくる。

 危機一髪の瞬間、緑色の光の壁が私とその魔獣の間に形成された。


「ミラちゃん!」


 リーナの声だった。

 彼女は両手を前に突き出し、緑色の魔法の壁を維持している。

 しかし、巨大な魔獣の力に抗するには弱すぎるようで、壁にはすでにひびが入り始めていた。


「リーナ!」


 彼女の表情には恐怖と決意が混ざっている。

 全力で魔法を維持しようとしているが、明らかに限界だ。


「もっと……強く……!」


 リーナの叫びと共に、彼女の体が緑色の光に包まれ始めた。

 目が見開かれ、髪が風もないのに舞い上がる。

 緑の魔法の壁が急速に強化され、光の渦のように拡大していく。


 それは、今までのリーナの魔法とは明らかに違う力だった。


「この子を……村を……守る!」


 リーナの叫びと共に、緑色の光の渦が翼竜を包み込み、空高く持ち上げた。

 そして、リーナの手の動きに合わせて、翼竜は村の外へと放り投げられた。


「リーナ……?」


 彼女の体からはまだ緑色の光が漏れ出ていて、目は異様な輝きを放っている。

 普段の優しい表情とは別人のような、力に満ちた姿だった。


「覚醒状態です」


 ティアの静かな声がした。


「魔法の力が急激に増大する現象。強い感情や危機的状況で引き起こされることがあります」


 リーナは私に手を差し伸べ、微笑んだ。

 その笑顔は以前と変わらず優しいが、その背後にある力は全く異なっていた。


「大丈夫、もう怖くないよ」


 その言葉に安心感が広がる。

 しかし、まだ村には多くの魔獣がいる。


「三人で力を合わせましょう」


 リーナの提案に、私とティアは頷いた。


「リーナの魔法で魔獣を包囲して、ティアが弱点を攻撃。私は村人の避難と防御を指示する」


 簡潔な作戦を立て、私たちは行動を開始した。

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