6 『Live』
「おーす。タケちゃん、サトちゃん、お疲れちゃーん」
陽気な声がして、社長がリズミカルなステップで入ってきた。
「社長、お疲れっす」
タケウチさんが立ち上がってお辞儀をした。
「お疲れ様です」
僕も頭を下げる。
「いいからいいから、楽にしてて」
社長は一番奥の社長席に座った。
「というか君らのほうが疲れてない?」
「そうなんすよ。今日もいっぱいお客さん来たんで」
タケウチさんが煙草の灰を灰皿に落とした。
「そっか。大変だったなあ」
社長も煙草を出した。それを見てタケウチさんがすかさずライターを近づけた。
「気が利くようになったじゃないの」
「社長のおかげっすよ」
社長を前にするとタケウチさんは急に下っ端のようになる。
詳しい話を聞いたわけじゃないが、昔タケウチさんはそれなりの不良だったそうだ。でもただの不良が人生を上手く渡っていけるはずもなく、高校を卒業してからはあてもなくふらふらしてたらしい。そこを社長に助けてもらって、ここで働くようになったとか。
それを思うとタケウチさんと僕の境遇は似ている。お先が真っ暗だったところを社長に拾ってもらったという点で。
でも決定的に違う点があるとすれば、いくら不良だったといってもまさかタケウチさんも人殺しまではしてないだろう。
一線を越えたことがあるか、どうか。
「あれ、何の話だっけか」
「いい加減人増やしてくださいよって話っす」
「ああ悪いな、それ無理だわ。金がねえ」
「いやいや何言ってんすか」
「タケちゃん、FXって怖いな」
「店の金を何にぶっこんでんすか!」
「いやイケると思ったんだよ」
「どこからそんな自信が来るんすか! 去年も先物で大損こいてたでしょうが!」
「あれはコンサルが適当なこと言うからだ! 何が『社長、今年はトウモロコシが来ますよ!』だよ。なあ?」
「なあ、じゃねえっすよ! 俺たちが稼いだそばから金使って! 店潰れたらどうするつもりっすか!」
「いいじゃねえか、こんな店潰れたって」
「うわ最低だ! 最低の経営者だ!」
恩人に対してずいぶん気さくなタケウチさんだった。まあこれがこの二人の距離感なので僕が口を挟む余地はない。
「大丈夫だって。この俺を信じろ」
「どの辺を信じればいいんすか……」
僕は席を立ち、店を閉め始めた。閉めながら聞く二人のやりとりが面白くて噴き出さないようにするのが大変だった。
「じゃあ二人とも、これから飲みに行くか!」
片付け終わると同時に、手をぱんと叩いて社長が言った。
「うわすみません社長、俺これから合コンあるんすよ。無理っすわ」
「そっか。じゃあクビな」
「まじすか!」
けどそう言いつつも「行ってらっしゃい。今年こそ彼女できるといいな」と最終的には送り出してくれるのだから懐の大きい人だ。
「あざっす! 彼女ゲットしてくるっす! じゃあお疲れっす! あ、サトーもお疲れな!」
「お疲れ様です」
タケウチさんは竜巻のように出ていった。あとには社長と僕が残った。
そして沈黙が生まれた。僕はタケウチさんのように積極的に話すタイプじゃないから沈黙が生まれやすい。でも僕はそれを苦とは思わない。
エアコンの音が響く。僕もそろそろ帰ろうかなと鞄に手をかけたら「サトちゃんが来てから、どんくらいになるかな」と社長が煙を吐いて言った。
「四年です」
二十歳で少年刑務所を出て、それから四年。時間にして人生の六分の一か。本当に色んなことがあった。
「そんなになるか。時が経つのは早いねえ」
宙を漂った煙が消えていく。でもなくなったわけじゃない。空気と混ざって透明になっただけだ。
「社長」と僕は立ち上がって頭を下げた。「本当に、ありがとうございます」
「ちょっとそういうのは止めてって言ってるでしょ。ほんと真面目なんだから」
社長は笑った。
「ですが」
「いいっていいって。俺はね、サトちゃんのそういう真面目なとこが気に入ったんだよ。サトちゃんが昔何をしたとか、そんなの関係ない。だってサトちゃんはしっかり罪を償ったんだから、堂々としてたらいいんだよ」
それは四年前にもらった言葉とまったく同じだった。僕がその言葉にどれだけ救われたかわからない。
「まあ俺がこんなんだからさ、タケちゃんと一緒にこれからも頼むよ」
「はい」僕はうなずく。
「じゃあ、これから飲みに行くか!」
「あ、すみません、それはちょっと。嫁さんが待ってるので」
それとこれとは別だった。